(3)人の生み出した脅威
カオスレイダーの対応に追われる日が続く中、パンドラの司令室にひとつの通信が飛び込んできた。
無機質な空間に光と共に浮かび上がったのは、金髪碧眼の見目麗しき女性だ。
CKO統括副司令の肩書を持つ特務執行官――イレーヌ=コスモフォースである。
『ライザス……だいぶ疲れているようね……』
「……それはお互い様というところではないか?」
開口一番、イレーヌの発した言葉はため息混じりのものだった。
シートにもたれて言葉を返すライザスの声も、意図せず皮肉めいたものになっている。
『そうね……けど、支援捜査官たちの殉職がここまで大きく影響してくるなんて……彼らの存在がいかに重要だったか、改めて思い知らされるわ』
「うむ。この現状をCKO上層部はどう見ている?」
『だいたい想像できるんじゃなくて? オリンポスへの批判や不満、存在意義の是非など、もう言いたい放題よ。なにもしないくせに、みんな口だけは達者なんだから……』
心底嫌気が差したように、イレーヌはつぶやく。
CKOの最上位機関として存在するオリンポスだが、実際その活動は秘匿された部分がほとんどだ。
カオスレイダーの存在が公になれば大混乱が起きるだけに無理のない話なのだが、場合によっては他機関の業務にも大きく干渉してくるだけに、その存在を快く思っていない人間がいることは確かだ。
自身に代わって批判の矢面に立ってもらっているだけに、ライザスは頭の上がらない気持ちになる。
「君には本当に苦労をかけるな……」
『実際に転戦している特務執行官たちの苦労を思えば、どうということもないわよ……それより、ここ最近起きている事件の対応のほうが厄介ね』
「……それは、例の政府要人襲撃事件のことか?」
そこで会話の内容は、大きく切り替わった。
というよりは、こちらの話のほうが今回の通信における本題だったらしい。
『そう。なかなか思うように調査が進んでいなかったんだけど、つい先日、新たな事実が判明してね。それで今回こうしてコンタクトを取らせてもらったの』
「我々にコンタクトを取るということは、まさか、カオスレイダー案件なのか?」
『正確には違うわね。でも、無関係とも言い難い……まずはこれを見てもらえる?』
そこでイレーヌは手を振るような仕草をする。
するとライザスの前に一枚のスクリーンが浮かび上がり、そこに映像が映し出された。
どうやらなにかの録画らしいが、その画面は静止しているにも関わらず、あまり画質が良くない。
「これは……戦闘記録か?」
『ええ。ある政府関係者の護衛についていたアンドロイド兵のものよ。幸いにもメモリーが無事だったので、こうして回収できたってわけ』
説明しながら、イレーヌは映像を再生させる。
車に乗っての移動の最中、突如として飛来した黒い物体の攻撃から、記録は始まった。
フロントガラスが粉々に砕け散り、ルーフが吹き飛んでオープンカーのようになった車がスピンするように停止する。
周りにいた護衛のバイクも止まり、数名の武装した男たちが白髪の男を守るように展開する中、ネオンを背に姿を見せたのは黒いボディスーツを纏った二名の男女である。
すぐに男女と判別がついたのは、スーツ自体が身体にフィットするものであり、体型が判別しやすかったからだ。ただ、その頭はヘルメットのような仮面に覆われ、表情すら窺い知ることはできない。
赤く輝くバイザー越しに殺意が放たれる中、護衛の者たちの攻撃が開始される。
マズルフラッシュとブラスターの閃光が周囲の薄闇を照らし出し、銃声が重なり合う。
しかし、放たれた銃撃の先に二名の襲撃者はおらず、風となった彼らは護衛の者たちを易々と屠っていく。
すれ違いざまに繰り出されたレーザーダガーが首を搔き切り、放たれた鋭い蹴りが耐弾性のボディアーマーをも粉砕する。
血飛沫が舞い、絶叫が轟く中、一方的とも呼べる殺戮が繰り広げられる。
この映像を記録していたアンドロイド兵もまた、突き込まれた手刀にボディを破壊され火花を上げた。
次いで映像が回転し、天地が何度も入れ替わりながら、最終的に空を見上げるような形で止まる。
あっけなく訪れた静寂の中で、それを最後に記録は終わりを告げた。
「……恐ろしいパワーとスピード、運動性能だ。人間のものではない……いや、サイボーグや生体強化兵ですら、この動きをすることは不可能だろう」
一連の映像を見つめていたライザスは、わずかな戦慄を込めてつぶやいた。
黒スーツの襲撃者の動きは予想以上に速く鋭く、それでいて攻撃の狙いも的確だった。普通の人間の目に止まらないことは間違いなく、殺された者もなにが起きたのかわからなかったろう。
少なくとも人類圏で実用化されている生体兵器や強化兵士の中に、このような能力を持つ者はいない。
唯一、異星の技術と理論を応用し生み出された特務執行官を除いては――。
『そうね。戦闘形態の私たちに追随するだけの能力を持っているわ。そしてこの部分を見て』
淡々と答えつつイレーヌは映像を戻し、スロー再生して一部を拡大させる。
それは護衛の銃撃がかすめた黒スーツの男の腕のアップだったが、一瞬飛び散った血がすぐに消え、元の無傷な状態へと戻っていた。
スーツの裂け目から覗いたその肌は、やや緑がかっているように見える。
「傷がほぼ一瞬で再生しているだと……!? それに、この色はまさか……!?」
『ええ。恐らくこの敵は、SPS細胞を有している』
断言するかのような彼女の言葉に、ライザスは唸るような声を漏らす。
アイダス=キルトの生み出した悪夢の細胞SPS――それはカオスレイダーとの高い親和性を持ち、人類の脅威ともなりかねない危険な代物だ。
この細胞に侵された者たちが混沌の尖兵としてセレストの悲劇をもたらした事実は、記憶にも新しい。
ただ、同時に違和感もあった。
「だが、この者たちの動きは明らかに理性的だ。セレストを襲った集団と違って隙がない……どういうことだ?」
SPS細胞に侵食された生物最大の欠点は、自我を失ってしまうということだった。
それゆえに【統括者】やカオスレイダーによる操作が可能ともなるのだが、この襲撃者たちは立ち居振る舞いが人間的であり、銃撃をかわしたり急所を狙うといった行動を意図して行っている。
『考えられることはひとつ……何者かがSPS細胞を用いた新たな生体兵器を生み出したということね。それも操り人形ではない、自らの意思を持った兵士よ』
「バカな……!」
『それも相当に戦い慣れた者たちがベースになっている……恐らくは傭兵の類ね』
改めて映像を分析しつつ、イレーヌが語る。
豊富な実戦経験を積んだ者がSPSの能力を得れば、こうなるのだと――それを実証するかのような戦いぶりだった。
『そして政府関係者を狙うからには、反政府組織が絡んでいるのは間違いない。セレストでの件も含めて考えれば、これはまず……』
「SSSの仕業ということになるか……!」
驚愕の中、彼女の言わんとするところを察したライザスは、その手を握り締める。
混沌の下僕であるダイゴ=オザキが潜む死の人材派遣会社SSS――その企業の動向は、カオスレイダー案件に次いで気にかけねばならない重要な問題だった。
「わかった。すぐにシュメイスに調査を命じよう。あとは可能であれば、この者たちへの対応も考える」
『……ごめんなさい。今のオリンポスに余裕がないのは知っているけれど……』
「気にするな。SPS絡みとなれば、裏に敵の思惑が潜んでいてもおかしくない。それにこの者たちに対抗できるのは、今のところ特務執行官しかいないだろう」
申し訳なさげに目を伏せるイレーヌに、彼は力強く告げる。
それは気遣い以上に、強い危機感が男の頭を支配していたからであった。
(セレストでのやり口を考えると、この襲撃事件はテストケースの可能性が高い……もし、この兵士を大量生産して実用化を視野に入れているのなら、大変なことになる。なんとしても、そうなる前に叩き潰さなければ……!)
人を守るために生まれた特務執行官の力で、人が生み出した脅威に対抗する――そこに矛盾めいたものを感じつつも、ライザスは密かな決意を固めていた。




