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APOLLON -灼熱の特務執行官-  作者: 双首蒼竜
FILE9 凶気と野望の演者たち
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(2)熱き想いと冷めた思惑と


 闇を照らすのは灼熱の炎。

 真夜中に訪れた惨劇の中で、竜巻となった炎が狂える獣を灰と化す。


「我は太陽……炎の守護者! 絶望導く悪の輩を、正義の炎が焼き尽くす! 我が名は、特務執行官【アポロン】!!」


 猛る名乗りの言葉と共に、赤い髪の青年は目の前の敵を見つめる。

 すでに元の形すらもわからなくなった異形の獣が、閃光と高熱の中で悲鳴を上げている。

 黒い塵となって消えゆきながら、その獣は天に向けて手を掲げていた。

 ただ、それも一時のことであり、やがて形を失った獣と共に荒れ狂っていた炎も散るように消える。


(この惨状は、あまりにひどすぎる……)


 静寂の戻った空間で、青年――ソルド=レイフォースは思う。

 戦場となった場所は、廃ビルなどが立ち並ぶ一角だ。

 ボロを纏い、家を失って細々と暮らしていた者たちの遺骸が、あちらこちらに横たわる。半径数十メートルに渡り、同様の光景が広がっているのだ。

 カオスレイダーによる被害は何度見ても苦い思いしか生み出さないものだが、今まで以上に彼はそれを強く実感していた。

 熱き風と飛び交う火の粉の中で、ソルドは祈りを捧げるかのように瞑目する。

 その脳裏には、先日の記憶が蘇っていた。




 それは【ヘカテイア】の排除命令が下された少しあとのことである。

 任務や調査で自由になる時間のほとんどない中、ソルドとアーシェリーはプライベートルームで肌を重ね合っていた。

 ベッドが軋み、甘い嬌声が狭い空間に響き渡る。

 元々色事に疎く、積極的でも器用でもない二人だが、その時はどうしようもなく互いを求め合った。

 嵐のように荒れ狂う様々な思いが、彼らを獣の時へと駆り立てたのかもしれない。


「……ボルトスはああ言ったが、我々は無理に離反行為をすべきではない……」


 やがて静けさと落ち着きとが戻ってきた中で、ソルドは低くつぶやいた。

 熱気と疲労、そして気怠さを残しつつ身を寄せていたアーシェリーが、翡翠の瞳をその顔に向けてくる。


「……その理由を、教えてもらえますか……?」

「……理由はふたつある。ひとつは情報収集の面……【ヘカテイア】たちがカオスレイダーの覚醒を狙っているなら、それに先んじて手を打つ必要がある。しかし、カオスレイダー案件に関わる情報はオリンポスの重要機密だ……つまり、ここ以上に彼女らの動向を掴みやすいところはないと言える」


 情事のあとに話す内容ではないと思いつつも、ソルドは続ける。

 こうして誰にも憚ることなく、互いの本音を言い合える時間は限られている。


「それに私たち以外にも、ルナルのことを信じてくれる者たちはいる。ボルトスもそうだが、シュメイスやサーナ……彼らの力もいずれ必要となってくる気がするんだ」

「そうですか……もうひとつは?」

「我々は、特務執行官だということだ。ルナルを救いたいのはもちろんだが、そのためにカオスレイダーの犠牲になる人々を増やすわけにはいかない……」


 言いながら、彼は己が手を目前で握り締める。

 その表層が汗ばんでいるのは、彼自身の内から生まれる思いが籠っているからでもあったのか。


「力無き者を守るために、私は特務執行官としての運命を受け入れた。そのことをまた忘れようものなら、今度こそコスモスティアは私を見放すだろう……シェリーは、どう思っている?」


 そしてソルドは、静かに問い掛ける。

 アーシェリーはゆっくりとその身を起こし、青年の問いに答えた。


「……私も同意見です。私たちは私欲のために、特務執行官になったわけではありません」


 わずか乱れた息と共に緑の長髪がさらりと流れ、汗の滴る豊満な胸元を覆い隠す。

 それは平時なら心を乱されそうな光景であったが、今は互いに気を取られることもなかった。


「……確かに私たちはルナルを敵と見做すことはできません。ですが、特務執行官の大半も割り切って考えていないでしょう……仮に本気で相対したとしても、今の彼女は簡単に対抗できない相手です。なら、まだ時間的余裕はあります」

「そうだな……悠長に構えてもいられないが、今は自分たちにできることをこなしつつ、機を窺うしかないだろう……」


 息をつきつつ、ソルドもまた身を起こす。

 一人だったら、こうも落ち着いていられなかったかも知れない。今、自分を見失うことなくいられるのは、アーシェリーがいてくれるからだ。

 再び近付いた距離の中で、彼は口調を和らげて想い人を見つめた。


「……ありがとう。シェリー……」

「……礼などいりませんよ。言ったでしょう? 私も、あなたやルナルを信じているって……」


 そんな青年の思いを受け止めつつ、アーシェリーは笑みを浮かべて再び男の首元に顔を埋めた。




(だが、あれから【ヘカテイア】たちは姿を見せなくなった。支援捜査官が理不尽に殺されることはなくなったが、接触する機会も失われた今、こちらとしても打つ手がない……)


 暗い現実に意識を戻しながら、ソルドは拳を握り締めた。

【ヘカテイア】たちの所在が知れない以上、向こうから行動を取ってこない限りどうにもならないのは事実だ。

 もちろん、支援捜査官殺害のようなことを二度とさせるわけにもいかなかったが、状況の進展もあり得ない。

 その心には、焦燥が満ちていた。


『ソルド、掃討は完了したの?』


 そこに簡易通信で話し掛けてきたのは、少女の声である。

 声の主が誰か悟ったソルドは、手の平を上に向けて通信回線を開いた。

 やがて光の渦の中に浮かび上がったのは、オリンポス・セントラルの電脳人格【ラケシス】だ。


「ああ……今、終わったところだ。それで、次の任務でも入ったのか?」

『ん……まぁね。覚醒者の掃討じゃなくて捜査みたい。座標はすぐ送るけど、まずはベータに飛んで欲しいって』

「了解した」


 どこか淡々とした様子でつぶやき、通信を切ろうとするソルドだが、そんな彼に【ラケシス】はおずおずと問い掛けてくる。


『ねぇ……ソルド』

「なんだ?」

『まだ……ソルドは、ルナルのことを信じてるの?』

「もちろんだ……なぜ、それを聞く?」


 やはり淡々とした返答の中、問い返された言葉に【ラケシス】は反応できない。

 その表情には以前の憎悪めいたものに加え、苦悩のような感情も垣間見えた。

 わずかに息をつくと、ソルドは返答を待たずに決然とした口調で言い放つ。


「……ひとつだけ言えることは、私はルナルの兄だということだ。共に生き、共に歩んできた私があいつを疑ったら……誰も信じる者はいなくなる。たとえ誰がなんと言おうと、私はルナルを疑うつもりはない」

『……それで、自分が殺されることになっても?』


 どこか意地の悪い問い返しにも聞こえる言葉を受け止めながらも、彼の表情は変化しなかった。

 黄金の瞳に灯る光が、電脳人格の瞳を捉える。


「それが……信じるということだ」


 自らの心にも刻み直すようにそう告げると、ソルドは改めて空いた拳を握り締めた。






「……思った以上に、効果はあったようだな」


 遥か上空より、同じ惨劇の現場を見下ろしながら、その影はつぶやいた。

 漆黒を塗り固めたような姿の中に、瞳のように輝く白い光が印象的だ。どこか中性的な声音は、清らかさと不気味さとを併せ持っていた。

 そんな影の背後から、語り掛けてくる者がいる。


「……伺っても良いでしょうか? なぜ、急に襲撃行動を中止にしたのか……?」

「……お前たちとしては、物足りないといったところかな?」


 そこに浮遊していたのは、紅と銀の瞳を持つ女たちだ。

 訝しげな視線を向けてくる二人――【エリス】と【ヘカテイア】を一瞥し、影は続けた。


「理由は簡単だ。調整のためだよ……」

「調整?」


 予想だにしなかった言葉に、【エリス】が首を傾げる。

 高空の冷たい空気の中、氷のような声が響く。


「我が目的を果たすため、()()()()()()()には瓦解してもらう必要がある。しかし、まだ特務執行官の力は私の求めるレベルに達していない……」


 影は諭すように語るものの、そこにある感情は見えない。


「悠長過ぎてもダメだが、性急に事を運び過ぎてもいけない。()を倒すために、彼らの力は必須となる……そのための調整だよ」

「私たちだけの力じゃ、不足ってこと?」

「……お前たちの力は、もちろん理解しているとも。ただ、単純に力があれば良いという話でもないのだよ……」


【ヘカテイア】の憮然とした言葉にも、影は淡々と返すだけだ。

 特務執行官や【統括者】を出し抜くほどの二人も、その影の前では大人しいものだった。


「それに人類の中でも、興味深い動きをする者たちがいるようだ……」


 そこで影は少し口調を転じた。

 どこか愉快げにつぶやきながら、二人の女に向き直るように輝く目を向ける。


「お前たちに動いてもらう時は、またすぐに訪れる。今は気休めがてら、観客に徹してみようではないか。意外と面白い舞台が見られるかもしれん……」


 まだどこか納得のいかない様子を見せる【エリス】たちだったが、それ以上口を開くことはなく、わずかに頭を下げるのみだった。


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