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APOLLON -灼熱の特務執行官-  作者: 双首蒼竜
FILE9 凶気と野望の演者たち
172/304

(1)幕開けの惨劇


 深き闇がもたらした亀裂は、未来を混迷へと向かわせる。

 秩序と混沌の対立構造は変化し、戦いもまたそれまでの在り様を大きく変えていく。

 生まれる数多の思いが複雑に絡み合い、新たな舞台の幕が上がる。

 まず、その壇上に上がるのは、野望に満ちた人間たち――物語の端役に見えたはずの者たちは、なにを思い、どこへ向かうのか。

 そして、その中で明らかになる意外な真実とは――。




 夢であれば良いと、誰もが思う光景だった。

 しかし、あいにくとそれは現実である。

 昼下がりのオフィス街は血煙と黒煙の漂う惨劇の場と化した。

 打ち倒された街路樹、炎を上げる車、ひび割れたアスファルトに散乱する粉雪のようなガラスの破片――。

 その中に累々と横たわるものは、形を失った人の死骸だ。それも一人や二人ではない。百人に近いほどの人間の成れの果てだ。

 そこには一般人のみでなく、保安局の警官たちの姿もある。


「こいつはまた、派手だねぇ……」


 血みどろの光景を眺めながら、男はため息をつく。

 ただ、特に衝撃を受けた様子もないことから、彼にとっては日常の光景に近いのだろう。もちろん、慣れたいと思うものでもないのだろうが。

 特徴的なオレンジの髪を持つ特務執行官――コードネーム【ディオニュソス】こと、ガルゴ=スピリットフォースは、頭を掻きつつ独り言のようにつぶやいた。


「ま、あまり悠長に見ているわけにもいかないがね。ICコードのほうはOKかい? ラケちゃん?」

『MCNフィールドの展開は完了してるよ。ぱっぱと片付けちゃってよね』

「了解、了解。んじゃま、行きますか」


 簡易通信で【ラケシス】とのやり取りを終えた彼は、この惨劇を生み出したものの元へ向かう。

 ナノマシンによる精神管制領域下の無人空間の中で、死と破壊の主は狂ったような咆哮を上げていた。


「カオスレイダーさんよ……ここいらで暴れるのは止めてもらうぜ?」

「コントンニ……スベテヲオォォォ……!!!」

「……ってまぁ、言われて止めるような相手でもないわな」


 異様に筋肉を隆起させた三メートルほどの巨人にガルゴは語り掛けるも、それに対する返答はよく耳にするお題目のみだった。

 混沌の異形カオスレイダー――今、目の前にいるその敵は、咆哮と同時に凄まじいエネルギーを迸らせている。

 誰も近付かせないかのような破壊の暴風が吹き荒れる中を、ガルゴは歩む。

 その瞳には闘志の輝きが浮かび、口元にはわずかばかりの笑みも浮かんでいた。


「我は熱情……魂の守護者。心持たぬ狂える輩に、熱き魂の迸りを見せん。我が名は、特務執行官【ディオニュソス】!」


 名乗りの言葉と共に地を蹴った彼は、異形の敵に殴りかかる。

 突き出された拳が相手の顔面を捉え、轟音を響かせる。

 しかし混沌の巨人はわずかに傾いだだけで、すぐに反撃の拳を放つ。

 唸りを上げて振るわれたそれは、宙で硬直したガルゴの身体に直撃したように見えた。


「違う違う。俺はそんなところにいないぜぇ?」


 次の瞬間、カオスレイダーは背後から野太い声を聞く。

 敵を捉えたと思った拳は空しく宙を切り、相手の姿はその視界から消えていた。

 次いで後頭部に強烈な衝撃が走り、今度こそ異形の巨人は地響きを立てて地に倒れる。


「力が強くなっても、脳筋はどうにもならないってことさ……」


 地に降り立ったガルゴは口元を歪めつつ、自身の頭を指差して嘲る。

 咆哮を上げた巨人が起き上がり、振り向きざまに腕を振るうと凄まじい衝撃波が放たれる。

 ただ、それがガルゴに当たることはない。先ほどと同様に特務執行官の身体は、陽炎のように消え失せていた。

 衝撃波はそのまま近場にあったビルに直撃し、表面に巨大な亀裂を刻む。


「無駄だよ。俺はそんな簡単に捉えられないのさ」


 余裕しゃくしゃくといった様子でガルゴは、カオスレイダーに告げる。

 彼の姿は先ほどいた位置から巨人を挟んだ反対側に現れていた。


「けど、こっちも悠長に遊んでるわけにゃいかなくてな……さっさと決めさせてもらうぜ」


 そして闘志を込めた声が放たれると同時に、男の姿は敵を囲むように十人に分身していた。

 光輝くそれらの分身たちは、おぼろながらも確かな存在感をもって、その場に佇む。

 リンクしたように同じ動きを見せた彼らは、次いで思い思いの動きに切り替わり、異形の巨人に連続で攻撃を繰り出していく。

 拳が、蹴りが、輝くエネルギーを纏って炸裂し、巨体を打ち砕くように分解する。

 手がちぎれ、足が吹き飛び、血飛沫を上げてバラバラにされたカオスレイダーは、苦痛と断末魔の咆哮を上げた。

 やがて地に落ちた頭に向けて、集合した十人のガルゴが一斉に拳を振り下ろす。


「これで、ジ・エンドってやつさ……」


 無慈悲な言葉と共に異形の頭を文字通り粉砕したガルゴは、その姿をまた元の一人に戻していた。

 返り血を浴び、身を赤く染めた男の口元が不敵に歪む。

 それはどちらが化け物なのかわからなくなるほどの恐ろしさに満ちていた。


「掃討完了だ。そいじゃ、ラケちゃん……ICコードの解除を頼むぜ?」

『はいは~い。ガルゴ、お疲れさん……んで、司令から次の任地へ向かってくれってオーダーが来てるよ』

「はぁ? もうかい? 少しは休ませて欲しいもんだがねぇ……」


 得意げにつぶやいたガルゴは次の瞬間、驚きに満ちた表情を浮かべた。

 混沌を掃討する使命を帯びた特務執行官に勝利の余韻など必要なかったが、それにつけても慌ただしいことである。


(しかしまぁ、支援捜査官の数が減ると、こうなっちまうってことか……厄介なもんだねぇ)


 愛用のリキュールボトルを具現化させて中身を煽りつつ、ガルゴは思う。

 その顔には、あまり彼らしくもない苦々しさが覗いていた。






『ガルゴには次の指令、伝えておきましたよ』


 やや間を置き、パンドラの司令室で、電脳人格の【ラケシス】はライザスに告げていた。

 その口調と雰囲気はいつもの状態に戻っているようだったが、どこか不自然さを窺わせる態度でもある。

 もっとも、今この場にいるのは彼女も含めた二人だけであり、相対する司令官はあえてそのことに触れるつもりはないようだった。


「そうか。ありがとう。【ラケシス】……しかし、ここ一週間で二件目になるか。()()()()()()()()()()を許してしまったのは」

『上級クラスにまで達しなかったのは幸いですけど、対象地域の被害は甚大ですね。人類圏各地で観測されるCW値も軒並み高くなっています。先月同時期と比較すると平均で二百二十パーセントにまで上昇していますね』

「それほどにか……」


 苦い表情を浮かべ、ライザスはつぶやく。

 今回、ガルゴに掃討してもらった敵は、いわゆる中級クラスのカオスレイダーだ。

 覚醒から経過した時間は五時間ほどに過ぎなかったが、これまでの事例から照らし合わせると早過ぎる進化と言えた。

 そして、カオスレイダーの放つエネルギーを数値化したCW値は、いわば危険度の指標である。

 全体で二倍以上の数値ということは覚醒者の数も同規模に増えたということであり、その力に感化されて各個体の進化速度が早まったという見方はできる。


(オリンポス稼働初期も似たような有様だったが、当時はまだカオスレイダーの出現数が少なかった。今は寄生案件が圧倒的に増加しているからな……これもすべては支援捜査官の殉職が原因か……)


 実際、今のオリンポスは支援捜査官の半数にも上る殉職で、初期対応の不足と遅れが発生している。

 本来、覚醒前に対応できたはずの寄生案件はいくつもあったのだが、【ヘカテイア】たちの暗躍によってそれが瓦解してしまったのだ。

 ボルトスやウェルザーも今は掃討任務に就いているが、状況は好転しない。この調子では、また新たな【統括者】の復活を促すことにもなってしまうだろう。

 そしてこの現状を生み出した【ヘカテイア】たちだが、敵性勢力への決定通達と同時に活動をぱったりと止めてしまっていた。

 正確には、フィアネスによる囮捜査以降と言うべきだろうか。

 その真意はまったく見えないが、ライザスは今の惨状が無関係でないことは感じ取っていた。


(彼女らはまるで、こちらの対応を見透かしていたかのようだ。このまま加速度的に悪化する状況を、我々はどう処理していけばいい……)


 頭を押さえつつ、ライザスはただ歯噛みするしかない自身の不甲斐なさを呪うしかなかった。


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