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APOLLON -灼熱の特務執行官-  作者: 双首蒼竜
FILE8 広がりゆく亀裂
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(10)非情と無情の現実


 薄闇の空間に、重い雰囲気が立ち込める。

 空気そのものが重量を持ったように感じられるというべきか。

 それを生み出すのは、場に集った者たちの放つ感情。

 深く強く入り乱れる思いは、彼らが敵とする混沌と同質の澱みを持っていた。

 それは戦士である者たちもまた、人の心を持つことの証であったのか。


「……確かなのだな?」


 その空間の中で、黒髪に口ヒゲを持つ男は問い掛ける。

 それに対し冷めた声で返答するのは、同じく黒髪に切れ長の眼を持つ男だ。


「……嘘をついても仕方なかろう。そんなことをしても、誰の得にもならん。疑うのならフィアネスに、メモリーデータの提出をしてもらっても構わないが……」

「いや……お前たちがそこまでして探ってくれた真実を疑うつもりはない。元よりあった強い疑惑が確信に変わった……それだけのことだ」


 オリンポス司令のライザスは、押し殺したような声で言う。

 ウェルザーもその言葉に対して瞑目するのみだ。

 そんな二人を、銀髪の褐色肌の男が腕組みをして見つめている。


「ボルトス……お前はどうだ? なにか言いたそうだが……」

「ない……とは言わん。だが、厳然たる事実が存在する以上、それを否定するつもりもない」


 司令官の問いに対して、ボルトスは淡々とつぶやく。

 ただ、その手に力がこもっていることを見逃す者はいなかった。


「そうか……」


 嘆息しつつ、ライザスは宙を仰ぐ。

 無機質な球状の天井を見つめるその目は、戦いに赴く者のように厳しい。


「どうやら、彼女らに対するオリンポスの対応は決まったな」

「ああ……それで、どうするつもりだ?」

「是非もない。たとえかつての仲間であっても、このような横暴を許すわけにはいかん……【ラケシス】!」


 ウェルザーに告げ、彼はいつになく激しい声で電脳人格の名を呼んだ。

 それに応えて中空に、黒髪短髪の少女が光を伴って現れる。


『はい。司令、呼びました……でしょうか?』


 今までにないほど張り詰めた雰囲気を感じ取ったのか、【ラケシス】は緊張した面持ちを見せる。

 そんな彼女に対し黒髪の司令官は、気遣う素振りもなく告げる。


「全特務執行官に伝達せよ。我々オリンポスは、【エリス】と【ヘカテイア】の両名を敵性勢力と断定する。以後、両名との接触があった場合の交渉及び説得は不要とし、速やかに排除行動に移れとな」


 その言葉の意味するところを知った【ラケシス】は、息を呑む仕草をする。

 ボルトスやウェルザーに目を移す彼女だが、二人の男もただ無言でたたずむのみだ。


『りょ、了解……しました……』


 結果、彼女はその言葉を絞り出すのが、やっとだったようだ。

 居心地悪さを感じたように【ラケシス】は、そのまますぐに姿を消す。

 次いでウェルザーもくるりと背を向け、その場をあとにした。


(やはり、こうなってしまったか。ソルド、アーシェリー……お前たちは、これからどうするつもりだ……?)


 無言を貫くライザスから目を背け、苦々しげな表情を浮かべてボルトスは思う。

 わかってはいたことだが、疑惑が確信へと変わる速度は想像以上に早かった。元のルナルを取り戻すべく奔走する青年たちの行動は、これで大きく妨げられることになる。

 彼らの思いが、どこに向かうのか――表立って庇えなくなった現実を前に、男は答える者のいない問いを心の中でつぶやくのみだった。





 司令室を立ち去ったウェルザーの姿は、自身のプライベートルームの前にあった。

 そんな彼の前には、銀の髪を持った少女がいる。

 悲しみとも憤りともつかぬ複雑な表情を浮かべ、その少女――フィアネスは男の顔を見上げていた。


「ウェルザー様……」

「フィアネス……今回はご苦労だったな。嫌な役回りを押し付けてしまってすまない」


 厳しさの中に柔らかさを湛えた瞳を向け、ウェルザーは謝罪する。

 フィアネスは想い人の言葉に対して、静かにかぶりを振った。


「いえ……誰かがはっきりさせなければいけないことですわ。このまま支援捜査官たちに不安を抱かせるわけにはいきませんもの……」


 支援捜査官殺害の真相――それは紛れもない【ヘカテイア】の仕業だった。

 カオスレイダー掃討のため、日夜戦い続けるという意味では特務執行官も立場は変わらない。

 しかし、一度死んでいる彼らに対し、支援捜査官たちは今を生きている人間たちだ。任務に生命を捧げる覚悟はあっても、理不尽に殺されることを許容しているわけではない。

 その理不尽をもたらしたのが、かつての特務執行官ならば、なおのことだ。


「……だが、彼女らの力は強大だ。いかに特務執行官といえど、まともに戦えるかもわからない……制御訓練も含め、これまで以上に対抗策を練らねばならんだろう……」


 ウェルザーは、改めて表情を厳しくする。

【ハイペリオン】を退けた【エリス】、そしてソルドたちを屠った【ヘカテイア】――敵と見做すにしても、オリンポス側の戦力が劣っていることは明らかだ。

 更にはフィアネスの目撃証言から、彼女らにはカオスレイダーの覚醒を促す力もあるようだ。

 元々の相手に加え、強大な敵が増えてしまったという現実は、今後の戦いをより困難な道へと導くものだった。


「はい。ですが……私はルナルの言葉の意味が、気になりますわ」


 ただ、フィアネスはそこでぽつりとつぶやいた。

 彼女の顔を見つめ、ウェルザーは報告の内容を思い返す。


「ふむ……彼女はオリンポスの真の目的と、自分たちの目的が同じだと言ったのだな?」

「はい。そしてよく考えれば、自分たちの行動の意味もわかるはずだと……」

「オリンポスの真の目的……つまりは【レア】が言っていた使命のことか……」


 瞑目し、男は考える。

【レア】から与えられし使命は、カオスレイダーの根源である【統括者】、更にはその王となる存在を打倒することだ。


(それがどうして支援捜査官を殺し、カオスレイダーを覚醒させることに繋がる? なにかヒントが……)


【ヘカテイア】たちの行動には、矛盾があるようにも思える。

 しかし、戯言と切り捨てるには意味深過ぎる発言でもあった。

 改めてウェルザーは、過去の記憶を掘り起こす。



『災厄の種は生命と同化し、新たな獣を生み出すでしょう。そして、獣の力が高まることで混沌の力が満ち溢れ、【統括者】たち……王もまた力を取り戻すはずです』

『あなたたちは戦わねばならない。獣を滅ぼすため、【統括者】や王を倒さねばならない。それが光を受け継いだあなたたちの使命……』



【レア】の言った言葉を脳裏に蘇らせていた彼は、そこでふと目を見開く。

 するとその変化を見て取ったフィアネスが、不思議そうに尋ねてきた。


「ウェルザー様? どうされましたの?」

「いや……なんでもない」


 ウェルザーはつぶやきつつ、彼女から目を逸らす。

 その顔には動揺と同時に、冷や汗が浮かんでいた。


(まさか……そんなバカげた話があるはずもない。だが、仮にそうだとすると、やはり彼女たちの裏には……!)


 図らずも辿り着いてしまった推論に、男は恐怖にも似た感情を覚えていた。






 同じ頃、セントラルエリアでは、エルシオーネが【クロト】の再起動調整を終えていた。


『管理者による特殊コードの入力を確認。ナンバー・ワン【クロト】……再起動します』


 無機質な機械音声が告げる中、クリスタルの球体に再び強く青い輝きが灯った。

 それに呼応したように、中空に黒髪女性の立体映像が浮かび上がる。


「……調子はどう?【クロト】……」


 どこか恐る恐るといった様子で、エルシオーネは問い掛ける。

 しばし呆然とした様子の【クロト】だったが、やがて眼下の母親に目を向けた。


『エルシオーネ母様……? わたし、は……?』

「あなたは侵食を受けてシステムダウンしたのよ。覚えてない?」

『はい……ここ三百時間以内のメモリーデータがすべて消えてしまっているようです……』

「そう。それは……仕方ないわね」


 その答えにエルシオーネは、安堵と落胆とを含んだため息をつく。

 予想していたこととはいえ、やはり侵食前後の状況を訊き出すのは不可能なようだ。


『申し訳ありません。エルシオーネ母様……』

「いいのよ。あなたが無事なだけでも良かったわ」


 訳が分からないながらも頭を下げてくる【クロト】に、彼女は改めて笑顔を向ける。

 情報よりも今は、彼女の復旧が無事成ったことを喜ぶべきだと思った。


『姉貴!!』


 そんな二人の元に、一人の少女が姿を見せる。

 正確には中空に、もうひとつの立体映像が浮かび上がった。電脳人格の【ラケシス】である。


『良かった……姉貴。無事に再起動できたんだ。本当に、良かった……』


 涙ぐんだ表情を見せながら、彼女は【クロト】に語り掛ける。

 エルシオーネも、その様子を温かな瞳で見つめた。

 しかし、二人の思いに対する【クロト】の反応は、意外なものだった。


『?……あなたは……誰ですか?』


 それは感情の欠片もない、冷たく無機質な声であった。

【ラケシス】の顔が、驚愕に固まる。


『え……? な、なに言ってんの? 姉貴……あたしだよ!【ラケシス】!!』

『【ラケシス】……データ検索を完了。なるほど……【モイライ】の二番機を統括する電脳人格ですね』


 詰め寄るように身を乗り出す仕草をした【ラケシス】に、【クロト】は作り笑顔めいた表情を浮かべ、頭を下げる。


『初めまして。私は一番機のシステムを統括する【クロト】と申します。以後、よろしくお願い致します』

「【クロト】……あなた……」

『どうかされたのですか? エルシオーネ母様?』


 目を見開くエルシオーネに、【クロト】は首を傾げる仕草をする。

 凍り付いたような空気が流れる中、【ラケシス】は震える声で姉に問い掛ける。


『嘘……だよ、ね……? 冗談だよね!? 姉貴、あたしのこと……覚えて、ないの……?』

『覚えているとは? 私とあなたは初対面のはずですが。なにか認識が間違っていますか?』

『そんな……!! じゃあ、アトロのことも覚えてないの!?』

『アトロ? なんのことでしょう? あなたの言っていることは理解できかねます。詳細な情報の提供を求めます』


 まったく嚙み合わないやり取りの内容を聞きながら、エルシオーネは愕然とする。

 前にウェルザーに伝えたように、今の【クロト】はメモリーデータの四十パーセント以上を失っている状態だった。

 それは皮肉にも、姉妹として生まれ、共に長い年月を過ごしてきた【ラケシス】たちとの記憶に及んでいたのである。


『……嘘だ……嘘だ……嘘だって……嘘だって言ってよ!! 姉貴いぃぃぃぃっっ!!』


 そして静謐なはずの広大な空間に、狂乱じみた少女の絶叫が響き渡った――。


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