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APOLLON -灼熱の特務執行官-  作者: 双首蒼竜
FILE8 広がりゆく亀裂
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(6)闇に潜む老博士


 軍事基地から再びパンドラに舞い戻ったソルドは、自室に籠りながら調査を続けていた。

 目の前のコンピューター端末に浮かび上がる文字の羅列を睨みながら、彼は疑念と焦燥とを募らせる。


(まさか……こんなことが……)


 様々な公的データバンクを検索したところ、生体工学の博士号を持ち現在も生存しているムラカミという人物は、あのダイモン以外にいないという結果に至ったのである。

 三十年前の事件だけに、当時存命していた人物で考えれば候補は他にもいたが、死者に話を聞くことができない以上、そこで手掛かりは途絶えてしまうことになる。


(あのデータには、施設責任者のムラカミ博士は行方不明と書かれていた。ダイモン=ムラカミ博士の所在が確かなことを考えれば、彼でないと考えるのが妥当だが……)


 内心思いつつも、同時にソルドはダイモンが当初見せていた厭世的な態度が気になっていた。

 あの時は気に留める余裕もなかったが、老人の過去に原因となる事件があったであろうことは想像に難くない。

 もちろん、それと今回の件を結び付けて考えるのも短絡ではあったのだが――。


『ソルド……いますか?』


 その時、ドア脇のコンソールに内蔵されたスピーカーから呼び出し音と共に、声が聞こえてきた。

 声の主が誰かわかったソルドは、入るように促す。

 ドアがスライドし、そこに姿を見せたのは緑の髪の女――アーシェリーであった。


「……あれから、進展のほうは、いかがですか……?」


 室内に足を踏み入れつつ問い掛けてきた彼女だが、その顔はひどく疲弊した様子だった。

 バランスを崩し、傾いだ身体をソルドは慌てて抱き止める。


「だいじょうぶか? シェリー?」

「は、はい……まだ少し、ダメージが残っているようで……ごめんなさい」

「言っただろう。あの訓練のあとは、まともに動けなくなると……無理をしなくて良い」

「でも……やはりじっとしていられなくて……」


 想い人に身を預けながら、アーシェリーは力なくつぶやく。

 嬉しい気持ちもあるが、それ以上に無理をしがちな彼女の行動にソルドは嘆息した。

 少し休むように告げると、彼はアーシェリーをベッドに横たえ、自身は再度端末に向かい合う。

 どこかせわしなくも見える男の背中を、翡翠の瞳が静かに見つめていた。


「……ムラカミ博士が……? そんな……?」


 それから数分ほど時が経ったところで、アーシェリーは驚きの声を上げていた。

 軍事基地で調べた内容を語り終えたソルドは、再びのため息と共に端末をシャットダウンした。

 立ち上がり振り向いた黄金の瞳には、決意の光が覗いている。


「私も人違いだと思ってはいるがな。ただ、こうしていても埒が明かないようだ。直接聞いてみるのが一番手っ取り早い」

「フジ島へ行くのですか? でしたら……私も同行します」

「しかし……」

「だいじょうぶです。この程度でへたばっていたら、ルナルを救うことなどできません」


 その眼差しを受け、アーシェリーはゆっくりと身を起こす。

 ただ、彼女の声には強い意思と共に、どこか優しげな雰囲気も感じられた。


「それに……不謹慎かもしれませんが、こんな機会でもないとイサキちゃんに会うことは難しいですからね……」

「……そうだな」


 続けて放たれた言葉にソルドはふっと息をつきつつ、軽く頷くのだった。






 やや薄暗い通路を、並んで歩く人影がある。

 足下に整然と列になって灯る青い光が、その姿をおぼろに照らす。

 ビジネススーツに身を包んだ二人の男女は、硬質な床を踏み鳴らしながら、言葉を交わし合う。


「そうか……博士が例の細胞を……」

「はい。制御する方法を見つけたとのことです。ただ、あまり簡単な話でもないとはおっしゃってましたが……」

「ふむ……しかし、この短期間でその術を見つけ出すとは、さすが世紀の天才と呼ばれただけのことはある」


 感心したように、男――SSS代表取締役のイーゲル=ライオットはつぶやく。

 傍らを歩く秘書のフェリアは、それに対して静かに頷くのみだ。

 やがて二人は通路の行き止まりにある部屋の入口に着く。

 コンソールを操作し自分たちの到着を告げると、備え付けのスピーカーからしわがれた男の声が聞こえた。

 早く入れというつっけんどんな言葉に、わずか肩を竦めながら、イーゲルはドアをスライドさせる。


「どうも。ご無沙汰しております。ムラカミ博士……」


 室内は、かなり広い空間であった。

 壁際にはいくつもの計器が並び、奥のほうには人が一人収まるほどの強化クリスタル製の培養槽が数基ある。

 その前に頭頂部の禿げ上がった白髪交じりの男がおり、挨拶したイーゲルを見据えた。


「フン……来おったか。イーゲルの小僧が」

「……その呼び方は、いい加減やめて頂きたいですね。これでも今はSSSの代表取締役なので……」

「わしにとって小僧は小僧よ……なにも変わらぬわ」


 慇懃無礼な態度で吐き捨てる男に対し、イーゲルは嘆息する。

 もう何回かは繰り返したやり取りだが、この老人は一向に取り合う気配がなかった。


「それで博士……SPS細胞の制御方法を見つけ出したそうで……」

「フン……若造が作り上げたものにしては、確かに大したものじゃったがな」


 面倒とばかりに話を進めたイーゲルに、ムラカミと呼ばれたその老博士は鼻を鳴らした。


「じゃが、特性がわかれば、対処は簡単よ。問題はそのための手間がかかるということだけじゃな」

「手間がかかる……とは?」

「あれは通常の生物……人間であれなんであれ、すべての細胞を上書きする強い侵食性を有しておる。そのまま人体に投与すれば脳細胞の機能も破壊され、記憶や人格をほとんど失ってしまうわけじゃが……金属などの無機物に対しては、その侵食性は発揮されないのじゃ。これがどういうことかわかるか?」


 どこか得意げな様子で語りつつ、彼は問い掛ける。

 それに対し、イーゲルは首を傾げるだけだ。


「やはり小僧よな。お前は……この程度のこともわからんか」


 出来の悪い生徒を嘲るように、老博士は口元を歪める。


「脳を破壊することなくSPSを制御し、その力を活用する術――それは脳を覆う骨格自体を機械化することよ」

「それはつまり、サイボーグ化した人間にSPSを使用するということでしょうか?」

「フン……そこの嬢ちゃんは聡明じゃな。平たく言えばそういうことよ」


 代わりに返答したフェリアの言葉に、彼はやや満足げに頷いた。


「脳を電子頭脳に置き換えるというのもひとつの手段じゃが、それだと記憶などの移行に時間がかかる。かといってプログラム任せでは臨機応変な判断に欠ける上、ハッキングされる可能性もある……」


 饒舌に説明を続けながら、手元のコンソールを操作する老博士。

 中空に浮かび上がったスクリーンに、人の骨格に似たフレームの画像が映し出される。


「そこで脳自体を金属化した骨格――内部フレームに収納し、SPSによって肉体となる部分を構成する。もちろん神経伝達も人工神経に置き換えることで対応する。こうすれば自我を保ったまま、SPSの性能と再生力を生かした強化兵士が出来上がるという寸法よ」

「それなら単純に強化外骨格にSPSを用いる方法もあるのでは?」

「バカめ。それではSPSの力に人間本来の肉体が耐え切れん。それに外部からのダメージなどで不測の事態が起きた場合、着用者が侵食される危険もある」


 やや神妙な表情でイーゲルは口を挟むが、それに対する返答は変わらずに慇懃無礼なものだ。


「兵士――いや、兵器としての有用性を考えた場合、わしのプラン以外の選択肢はあり得んわ」

「しかし、元々サイボーグ自体が高い戦闘能力を持ちます。SPSをわざわざ用いることは……」

「わかっとらんな。貴様、SPSの性能を見くびっておらんか? 圧倒的なパワーに加え、生物本来の運動性や柔軟性、更には高い再生能力……単純な機械任せのサイボーグより、遥かに高性能なのじゃぞ?」


 なおも食い下がるイーゲルに、老博士はいい加減にしろとばかりに声を荒げる。

 どうやら彼にとって持論を否定されることは、よほど腹に据えかねることらしい。

 自身の功績でもないSPSの性能の話を持ち出す辺り、その狭量さが窺える。


「ま、ケチな小僧の発想では、その程度が関の山か。有用な投資がなにかを見極めることもできんようでは話にならんわ。リンゲルもあの世で呆れておるじゃろう」

「やれやれ、相変わらず口達者な方だ……」


 散々なことを言われつつも、イーゲルは特に憤りをあらわにすることなく、言葉を続けた。


「いいでしょう。それほどの性能を見込めるなら、こちらとしても否というつもりはない。SPSを用いた強化兵士の開発……よろしくお願いします」

「フン……」


 頭を下げる彼に、老博士は再び鼻を鳴らすとそっぽを向く。

 それ以上は特になにも言うことはなく、イーゲルはフェリアを促して部屋をあとにした。


「相変わらずですね。ムラカミ博士は……」

「ああ。だが、もう慣れたよ。あれでもやるべきことはしっかりやる人間だ。物は使いようだよ……」


 嘆息した秘書に対して苦笑気味に答えながら、イーゲルは思う。


(だが、これが実用化できれば、今まで一方的とも言えた戦いの趨勢は変わってくるだろう。人が人らしくあるために……私が理想とする世界は近付いてきた)


 その内に黒き思いを秘め、彼は口元を歪めた。

 甲高い足音を響かせながら通路を戻っていく男と女――その後ろ姿を、歪に輝く紅い瞳が見つめていたのだった。


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