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APOLLON -灼熱の特務執行官-  作者: 双首蒼竜
FILE8 広がりゆく亀裂
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(4)模索する者たち


【統括者】の本拠とも言える異相空間の浮き島に、ふたつの影があった。

 銀の瞳を持つ影が、しゃがみ込むようにしている金の瞳の影に語り掛けている。


「……あの女が、我らの眷属覚醒の手助けをしているだって?」

「ええ……」


 それらの影――二人の【統括者】の間に、澱んだ空気が満ちる。

 やがて銀の瞳を持つ【テイアー】は、静かに話の続きを始めた。




 それは先刻、【テイアー】が寄生者を拉致すべく行動を起こしていた時のことだった。

 夜の街に瞬く光の下、アスファルトに広がる澱んだ血溜まりに男の遺骸が横たわる。

 咆哮を上げた狼のような異形の怪物が、その場を跳ぶように立ち去っていく。

 やがて怪物の向かった先から、破壊の音と人々の悲鳴が聞こえてくる。

 横たわる遺骸の傍で、その惨劇のメロディーを耳にする一人の女がいた。


「アレクシア……」


 姿を見せた【テイアー】は、銀の視線をたたずんでいる女へと向ける。

 わずかに黒髪が揺れ、緋色の瞳が【統括者】を捉えた。


「あら?【テイアー】……久しぶりね」


 今気付いたと言わんばかりに、その女――【エリス】は笑みを浮かべる。

 それはかつてのアレクシアと異なり、どこか不気味さを感じさせる表情であった。


「これはどういうことかしら?」

「どうもこうも……あなたたちの眷属――カオスレイダーを目覚めさせてあげてるのよ」


 地に転がる遺骸を踏みつける彼女は、【テイアー】の問いにさらっと答える。

 それはあまりに意外であり、同時に恐ろしさを感じさせる返答でもあった。なぜなら混沌の【統括者】である【テイアー】であっても、寄生者の覚醒を早めることは不可能だからである。

【エリス】がなぜそのような能力を持っているのか定かではなかったが、【テイアー】は問い掛けを続ける。


「……なぜ、そのようなことを?」

「以前は世話になったから。その恩返しというところね……」

「……そんな戯言を信じろというのかしら?」

「疑り深いわね。あなたはもう少し私を信じてくれてると思ったけど……」


 どこか警戒した様子の【統括者】に、【エリス】は苦笑と共に嘆息した。

 もっとも、彼女がアレクシアであった頃から、二人の間にそこまで強い信頼関係があったわけではない。

 今の言葉と態度は、いわば彼女なりの皮肉だ。


「まぁいいわ。あなたと敵対するつもりはないから……()()()()()()()()()()、ね」

「なんですって?」

「また会いましょう。【ハイペリオン】によろしくね。フフフフフ……」


 余裕の態度の中に殺意を潜ませて告げると、【エリス】は背を向け歩み去っていく。

 夜よりも深い闇へ呑まれるように消えた彼女を見送りながら、【テイアー】はその目に動揺と怖れとを浮かべるのだった。




「確かに得体の知れない存在になっていたわ。アレクシアは……」


 その時のことを改めて思い返したのか、【テイアー】の声は警戒心に満ちたものになっていた。

 そんな同胞の様子を眺めながら、【ハイペリオン】はつぶやく。


「僕の言ったことが、少しは理解できたようだね」

「ええ……けど、これからどうするつもりかしら?」

「奴の正体も目的も定かじゃないけど……僕たちの敵であることに変わりはない」


 いまいましさを感じさせる声でありながらも、彼は本来の落ち着きを取り戻していた。

 その目は、いまだにその形を完全に取り戻していない己の手を見つめている。


「ただ、闇雲に手を出すのは賢くないようだ。しばらくは様子を窺ったほうが良いかもしれないね……」

「そうね……」


 戦いが想定外の変化を見せ始めていることに、彼らもまた気付き始めていた。

 イレギュラーと呼べる【エリス】たちの存在もそうだが、秩序の戦士の力を受け継ぐ宿敵――特務執行官もまた警戒すべき敵へと成長を始めている。

【ハイペリオン】は己と同じ色の瞳を持つ青年のことを思い浮かべながら、その目をわずかに歪ませた。


(特務執行官【アポロン】も、秩序の光の力を目覚めさせつつある。陰には()の存在もあるようだしね……癪ではあるけど、今は本来の目的のために力を注ぐべきか……)






 同じ頃、その特務執行官【アポロン】ことソルドは、パンドラのレストスペースにいた。

 制御訓練が一段落したのも束の間、最近はカオスレイダーの掃討任務に駆り出される日が続いている。彼がここに戻ってきたのも十分ほど前のことで、今は緑茶を嗜みつつ身を休めているところだ。

 ただ、自前で淹れた茶の味は妙に渋く、お世辞にも美味とは呼べない。それは茶の淹れ方もさることながら、今の彼の晴れない心情も大きく左右していたからだろう。

 背もたれに背を預けてため息をつくと、そこに救い主と呼べる人物が現れる。


「ソルド」

「シェリーか……」


 特務執行官【アテナ】ことアーシェリーもまた任務を終え、戻ってきたばかりであった。

 一時だけ彼女は相好を崩したものの、すぐにソルドの様子を見て表情を曇らせる。


「だいじょうぶですか? だいぶ疲れたように見えますが……」

「ああ。問題ない。ありがとう……」

「お茶、淹れ直しますね。少し待っていて下さい」


 言うが早いかアーシェリーは湯呑みを取り上げ、カウンターに向かう。

 手慣れた様子で作業を行う彼女をぼんやりと眺め、ソルドは再び息をつく。

 何度かこうして茶を淹れてもらうことを繰り返す内、アーシェリーの腕前は格段に上がっていた。今ではルナル以上かもしれないと思うことがある。

 やがて戻ってきたアーシェリーは、かぐわしい香りを漂わせる湯呑みを卓上に置いた。


「制御訓練は大変だったようですね。この間、サーナもしんど過ぎるとぼやいてました」

「ああ。あまり勧められるものではないな。こんな状況でなければ正直、またやりたいとは思わない。そういえば、次は君の番だったか……無理しないように気を付けてくれ」

「はい。肝に銘じておきます」


 新しい茶を口に運んでようやく人心地ついたのか、ソルドはわずかに表情を緩めた。

 脇に並んで腰掛けながら、アーシェリーはしばし彼を見つめる。


「ルナルのこと……進まないですね」


 やがて彼女はぽつりと、一言を口にする。

 ソルドは思わず目を見開くものの、彼女が自分と同じ心境であったことに気付き、静かに頷いた。


「ああ……あいつを救うと言ってはみたものの、手掛かりもなにもないからな。最近は掃討任務も妙に増えたから、思うように時間も取れない」

「そうですね。ですが、良くない話を耳にしました。この任務増加の裏にルナルの……【ヘカテイア】の暗躍があると」

「【ヘカテイア】の?」


 初耳となる内容に訝しげな表情をした彼に、アーシェリーは続ける。


「彼女が支援捜査官たちを殺害しているというのです。そのためカオスレイダーの覚醒事案が増えてしまったのだと……」

「バカな……!?」

「そればかりではありません。先日【クロト】がハッキングを受けて緊急停止に追い込まれた事件……あれも彼女の仕業ではないかという疑いがあるんです」


 口にしながら、アーシェリーの表情も曇っていく。

 それは彼女自身も信じたくない思いが強かったからであろう。


「どちらも今のところ、確証は掴めていません。ですが証拠がはっきりすれば、オリンポスは【ヘカテイア】を排除対象にするでしょう。そうなれば、私たちの調査活動に支障が出てしまうことは間違いありません」

「く……どういうつもりだ。【ヘカテイア】……!」


 ソルドは震える手で湯呑みを卓上に置く。

 叩き付けたわけではないものの、想像以上に大きな音が響き、わずかに残った茶が宙に躍った。

 表情を歪める彼を見やりながら、アーシェリーは膝上で両手を握り締めた。


「ソルド……実はひとつ考えていたことがあるのですが……」

「なんだ?」

「ルナルは生まれながらにして、謎の声に苛まれていたということでしたよね?」

「ああ。そうだ」

「その声の正体……いえ、ルナルの出自の謎。そこに彼女が【ヘカテイア】と化した秘密があると思うんです」


 彼女の放った意外な言葉に、ソルドは目を見開く。


「それを調べることが、ルナルを救うことに繋がるかはわかりません。ですが、当てもなく動き回るよりは、なにかヒントが掴めるのではないでしょうか?」

「ルナルの出自の謎か……」


 その内容を頭の中で反芻しながら、彼は改めて考える。

 生前はマリスが頑なに口を閉ざしていたため、その秘密を調べることは叶わなかった。

 特務執行官となって以降は、謎の声自体が鳴りを潜めていたこともあってか、あえて調べる気も起きなかった。

 だが、このままルナルの正体に目を瞑り続けても、状況の好転に繋がる可能性は低い。

 元よりできることはなんでもやると考えていたのだから、打てる手は早く打つべきだろう。


「確かにそれは、はっきりさせておく必要があるかもしれない。早速、調べてみるとしよう」

「はい。私も訓練が終わり次第、協力します」

「いや……ここは私一人で良い。あの訓練を侮ったら危険だし、なによりしばらく動けなくなるからな」

「で、ですが……」


 決意も新たに立ち上がったソルドは、食い下がろうとする恋人を手で制する。


「だいじょうぶだ。進展があったらすぐに連絡する。それと……ありがとう。シェリー」


 笑みと共に礼の言葉を残して立ち去る彼を、アーシェリーは揺れる瞳で見送った。


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