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APOLLON -灼熱の特務執行官-  作者: 双首蒼竜
FILE7 昏き過去と現実と
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(13)月の幻影


 文字通りの衝撃的な出来事のあと、一時の静寂が生まれた中でソルドは己の手を見つめていた。


(なんだ……? 今のは……?)


 混沌の力によって砕けそうになっていた利き手は、元の形に戻っている。

 そこには今しがた流れ込んできた光が残滓となってくすぶっていた。

 逆にその場から退き、消え失せた手の先を見つめていた【ハイペリオン】は、目に動揺を浮かべてつぶやいた。


「い、今のは……()()()!? バカな……なぜだ!?」

「奴の力……?」


 そのつぶやきを聞いたソルドは訝しげな表情をするも、すぐに気が付いたように視線を動かす。

 紅い目を輝かせた女寄生者が、咆哮を上げて彼に迫ろうとしていた。

 すかさず残滓の輝く手を突き出した彼は、灼熱の炎を顕現する。

 一瞬で高まり膨れ上がったそれが撃ち出され、寄生者の身体を包み込んだ。


「ウオオオォォアアァァアァァァァ……!!」


 絶叫と共に寄生者は燃え上がり、灰となって崩れていく。

 いまだ人の姿を留めていた相手だけに、その光景は残酷と言えた。

 ソルドは憐憫の眼差しと共に、マリスに似たその相手に小さく祈りを捧げる。


「く……特務執行官【アポロン】! 今日は……ここまでだ!!」


【ハイペリオン】は己が目的が達せなかったことを知ると、目に強い憎悪を宿して消え失せる。

 去り際に放たれた彼の声は、今までにない震えの混じったものであった。


(助かったのか……? しかし、あの力はなんだったんだ?)


 息をつきながら、ソルドは改めて思う。

【ハイペリオン】を傷つけた謎の力――あれは地球でイサキを救ったものとは明らかに違っていた。

 彼の内側から生まれた力ではなく、外からもたらされた力だった。


(そうだ。それよりも今は……)


 ふと我を取り戻した彼はアルティナの傍に跪き、その状態を確認する。

 幸い生命に別状はなく、負った傷も短時間で回復できる程度のものだ。

 安堵しつつナノマシンヒーリングを施し始めた瞬間、彼の頭に声が聞こえてきた。


『に…………さ……』

「誰だ!?」


 それは謎の力が発現した時に聞いた声だった。

 驚いて辺りを見回すものの、特に誰の姿も見えない。そもそも声自体は直接頭の中に響くものだったからだ。

 わずかに時を置き、それはよりはっきりと聞こえる形でソルドの脳裏に再生される。


『にい……さま……』

「ルナル!?」


 ソルドは思わず立ち上がって叫んでいたが、それきり声は聞こえてこなかった。

 呆然としつつ、天を仰ぐ。

 声の主は間違いなく、彼の知る愛妹のものだった。


(どういう……ことだ? なぜ、ルナルの声が聞こえて……?)


 愕然たる表情を浮かべ、彼はたたずむ。

 思考を巡らせても、答えは出てこない。問い掛けても、答えを返す者はいない。

 ただひとつ言えたことは、聞こえてきたルナルの声がひどく悲しげで寂しげなものということだけだった。

 吹き抜けた風が、漂う熱と共に天空へと舞い上がっていく。

 ソルドはその中で再び手を見つめて握り締めると、改めてアルティナの傍に跪くのだった。


「……特務執行官【アポロン】……」


 風の行く先となった空で、そんな青年を人知れず見下ろす影があった。

 闇を凝縮したような、実体なき黒い影である。

【統括者】に似た不気味さを持ちながらも、その影は静謐な白い輝きを瞳に宿していた。


「絆の光は……まだ消えていない……」


 誰に言うともなく放たれたつぶやきと共に、影は陽炎のように空に溶け込んでいった。






 ソルドと別れたあと、パンドラのプライベートルームに閉じこもったアーシェリーは、一人ベッドに座り込んでいた。

 無機質に降り注ぐ光の下、重苦しい静寂だけがその場を包んでいる。


「ルナル……」


 瞳からとめどもなく涙を流しつつ、彼女は己が膝に顔を埋める。

 傍らに置かれた眼鏡が、わずかに鈍い煌めきを放つ。


「私は……私はそんなに、あなたに憎まれていたんですか……?」


 美しい顔をくしゃくしゃに歪め、アーシェリーはつぶやいた。

 彼女の脳裏に蘇っていたのは、ルナルとの邂逅の記憶――特務執行官として目覚め、このパンドラで初めて顔を合わせた時のことだった。




 ルナルを初めて見た時は、どこか冷たい雰囲気がある女性だと思った。

 透き通るような青い髪に、金属を思わせる銀の瞳――それは人を捨てた特務執行官であったとしても、どこか人間味の薄い容姿に思えた。

 もちろんそれはコスモスティアの影響で変色したからなのだが、当時は慣れていなかっただけに違和感を隠せなかったものだ。


「初めまして。特務執行官【アルテミス】……」


 声をかけた時も、どこか緊張したのを覚えている。

 ただ、その声に気付いて目を向けてきたルナルは、容姿と裏腹に子供っぽい反応を返した。


「あ、え~と……あなたは?」

「私は特務執行官【アテナ】――アーシェリーと申します」

「ああ。あなたが……!」


 アーシェリーの言葉を聞いた彼女は、そこで相好を崩した。

 ほぼ同じタイミングで特務執行官となったという話は聞いていただけに、ルナルも気にしていたようだ。

 仮面のように見えた顔が人の温かさを持った笑顔を浮かべた時、アーシェリーもどこかほっとした気になった。


「よろしくお願いするわね。その……生前はいろいろあったと思うんだけど、これからは一緒に戦うことになるんだものね」

「はい。よろしくお願いします。【アルテミス】」

「……ルナルでいいわよ。そんなコードネームで呼び合うんじゃ、堅苦しくて仕方ないでしょ?」

「はい……ですが……」


 緊張が解けたように話を始めた二人だが、そこでルナルは少し顔を逸らす。

 影となったその顔に、どこか苦悩にも似た表情が垣間見えた。


「なんかね……そういうのって性に合わないの。どこか冷たい感じがして……」


 次いで放たれた言葉にアーシェリーはやや目を見開いたものの、すぐに彼女の思いを察する。

 自らも少し肩の力を抜き、微笑みかけながら次の言葉を発する。


「そうですか。では、ルナル……これからよろしくお願いします。これで良いですか?」

「ええ!」


 そんなアーシェリーの態度に、ルナルもまた屈託のない笑顔を浮かべて答えるのだった。




 同期とも呼べる二人は、それからも事あるごとに話をしたりと交友は深めてきていた。

 少なくともアーシェリーはそのつもりだったし、ルナルを信頼もしていた。

 しかし、ルナルにとっては違っていたのかもしれない。特にソルド絡みの話になった時、彼女は敵意とまで言わぬものの、強い対抗心を燃やしてきていた。

 今にして思えば、それは彼女がアーシェリーを恋敵のような存在と見做していたからなのだろう。


(でも……まさかあなたがソルドと兄妹ではなかったなんて……)


 アルファでの出来事で、アーシェリーは彼女の秘められた想いを知ることとなった。

 そして彼女が放ったいくつもの口汚い言葉に、その想いの強さを感じ取ってもいた。


(こんなことになるなら……私は……)


 涙に濡れた顔を上げ、アーシェリーは思う。

 特務執行官として罪を犯し続けた自分が、やはり人と同じ想いを抱いてはいけなかったのだと。

 ルナルが【ヘカテイア】と化したのも、すべては自分の愚かさが招いた結果のひとつだったのだと。

 無機質な天井を見つめながら、彼女はずっと温め抱いてきた想いが、己を締め付ける咎人の鎖となったことに皮肉を感じずにはいられなかった。

 そしてその想いを今、殺さなければならないと一人思い込んでいたのである。


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