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APOLLON -灼熱の特務執行官-  作者: 双首蒼竜
FILE7 昏き過去と現実と
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(11)苦い記憶の街にて


 カオスレイダー寄生者掃討協力の要請を受け、ソルドが訪れたのは火星であった。

 光となって飛来した彼は、岩場が残る荒野のような土地に降り立つ。

 熱く吹き抜ける風が、赤い砂をわずかに運んでくる。


(まさか、要請のあった場所がこことはな……)


 荒れた地に立ち、彼は目の前に広がる街を見つめる。

 立ち並ぶビル群、宙に曲線を描いている道路とそれを支える高架、そして砂煙の中に浮き上がる天を貫く巨大な柱と煌めいている光。

 そこは高度な文明と原始の荒野のコントラストが印象的な赤道直下の都市レイモスであった。


(このタイミングで、ここに来ることになるとは皮肉なものだ……)


 わずかに嘆息し、ソルドは思う。

 かつてルナルと共に任務を遂行し、ミュスカ=キルトを死なせてしまった地。そしてSPSの脅威を実感し、あの【ハイペリオン】と初めて遭遇した因縁の地でもある。

 とにかく彼にとっては、あまり良い思い出の残る場所ではなかった。


(思えば、あの頃からか。私たちの戦いが変化を見せ始めたのは……)


 道路に積もる乾いた砂を踏み締めて、青年は歩く。

 じゃりっとしたやや不快な感覚を足下から感じつつ、街へ入っていく。

 塀や防壁といった囲いのない都市の外縁部は人の少なさもあってか、どこか物悲しい印象を与えた。

 やがて都市の中枢部へと続く大きな通りに出ると、道路脇に停車した赤い車が目に入った。

 その車にもたれるようにしていた女が、近付いてくるソルドに目を向ける。


「あ、来た来た。ご無沙汰ね。ソルド」


 茶色にオレンジのメッシュの髪を持つ彼女は、軽く手を上げつつ声を掛けてきた。

【アグライア】のコードネームを持つ支援捜査官――アルティナ=サンブライトである。

 その姿はパーティードレススタイルの以前とは当然異なり、革のジャケットにパンツルックといった動きやすさ重視の服装であった。


「ああ……君も元気そうだな。アルティナ」


 努めて作った穏やかな口調で、ソルドは答える。

 ただ、彼をじっと見たアルティナの反応は、少し訝しげなものだった。


「一応はね。でも、そういうあなたはどうしたのよ? なんかいつも以上に暗い顔してるけど?」

「そうか……?」

「そうよ。ソルドって仏頂面のように見えて、意外と感情が表に出やすいのよね」


 ため息を漏らしつつ、彼女は言う。

 仕事柄のせいか他に要因があるかはさておき、自分の周囲にいる女性は妙に鋭い観察眼を持っているとソルドは思う。


「で、なにがあったの? ルナルと兄妹ゲンカでもした?」

「兄妹ゲンカ? いや、別にそういうわけではないが……」

「そう? まぁ、いいわ。時間もないから早く乗って」


 ある意味で的に近い表現をされた彼はわずかに声を上ずらせたが、アルティナは深く追及してこなかった。

 むしろ自分から振った話題をさっさと切り上げ、車に乗るよう促す。

 釈然としないままソルドが助手席に乗り込むと、間髪入れずにエンジンが始動した。

 低い唸りを響かせつつ発進した車はすぐにスピンターンすると、市街地へと向かってゆく。


「……つまり、その傭兵上がりの寄生者を掃討するために力を貸して欲しいというわけか」


 腹に響く振動を感じつつ、今回の要請の内容を確認したソルドは、運転席に座るアルティナを見やった。

 彼女が現在追っている寄生者は、つい最近まで傭兵を生業としていた女ということだった。


「そう。元々、高度な生体強化を受けていたようで、私だけじゃ厳しいと思ってね。レイカもそれで痛い目見たって言ってたし……」

「なるほど。了解した」


 詳細を聞いた彼は、続いて納得したように頷く。

 侵食末期の寄生者は、人を超えた力を発揮し始める。その時点ですでに厄介なのだが、そこに生体強化兵の能力が加わった場合、支援捜査官一人の手には余るほどの強敵となってしまう。

 実際、アルティナの友人でもあるレイカは、同じようなリサという寄生者によって重傷を負った。

 あの時は救出に行ったソルドも、生きた心地がしなかったものだ。


「ところでアルティナ……さっきの話だが、なぜ兄妹ゲンカだと思ったんだ?」


 わずかに時を置き、ソルドは先ほどの話を蒸し返すように、感じた疑問をぶつけた。

 それに対しアルティナは一瞬だけ視線を向けると、特に感情を滲ませることもなく言い放つ。


「別に深い意味はないわよ。なんとなくそう思っただけ……あなたとルナルってケンカしたことなさそうだしね」

「言われてみれば、確かにそうだな」

「本当にないの? ケンカしたこと?」

「ああ……ないな」


 宙を見上げながら、ソルドは返答する。

 生前から始まり特務執行官となって以降も、彼にはルナルとなにかで争った記憶がなかった。もちろん感情的になったことはあるが、それをぶつけて非難したりしたことはない。

 直近で考えれば、特務執行官としての能力を失っていた時に、無理矢理突っぱねたのが近いと言えただろう。もちろんあの時のソルドは平静ではなかったのだが――。

 ただ、それらの話を聞いたアルティナは意外な反応をした。


「そうなんだ。変な兄妹ね。あなたたちって……」

「変……?」

「そう。長いこと一緒にいれば、普通はケンカぐらいするでしょ。気を遣う関係ってわけでもないんだし……」

「そういうものか……?」

「もちろん、絶対とは言わないけどね。でも、不自然と思う人は多いんじゃないかしら」

「不自然、か……」


 その言葉を脳内で反芻しつつ、ソルドは考え込むように視線を落とすのだった。





 やがて車は中央市街地に入ったのち、数キロほど走ったところで停車した。

 そこは均等に区画が整理された、中流階級層が主に住まう住宅街であった。

 二人は揃って地に降り立つと、周囲を見回す。

 立ち並ぶ家々はまるでコピーのように似通った造りをしており、美しくはあれど人間味はあまり感じられない。言い方としては奇妙だが、平面的なハチの巣を思わせる造りだ。

 ただ、その区画外れに一軒だけ、異質さを感じさせる家が建っている。

 外観自体は他の家と変わらなかったが、内部から漂ってくる不穏な空気が周囲から浮いた雰囲気をかもし出していたのである。


(……これは殺気か。異常とも言える殺気……カオスレイダー寄生者というだけでは説明のつかないものだな……)


 その雰囲気を感じ取ったソルドは、表情を厳しくする。

 傍らに歩み寄ったアルティナが、緊張の面持ちで語り掛けてきた。


「……わかったと思うけど、ここがターゲットの住処よ」

「ああ。傭兵上がりというだけのことはある……」


 その言葉に答えながら、ソルドはふと懐かしいような気持ちに囚われてもいた。


(そういえばマリスも時折、こんな空気を振り撒いていたな……)


 生前の恩人であるマリス――傭兵を生業としていた彼女もまた同じ雰囲気を持つ人間だった。

 ソルド自身は意識しなかったものの、たまに孤児院を訪れた人間は彼女を恐れるような目で見ていたものだ。


「だが、こんな雰囲気を放つ人間を、近隣の住民はどう思っていたんだ?」

「ここに来たのは半年前ということだったけど、その時は全然違ったらしいわ。気の良いおばさんって感じだったようで……」


 彼の問いに答えながら、アルティナは油断なくターゲットの住処を見つめる。


「でもここ最近態度が変わって、人を寄せ付けなくなったそうよ。表向きは家から出ることもなくなっていた」

「表向きか……だが、その女が寄生者であるなら……」

「そう。人知れず出歩いて、見ず知らずの誰かを手にかけていたのね。元々が傭兵だから、証拠を残すようなヘマもしなかった……」


 実際、彼女の追っていた連続殺人の被害は、広範囲に渡っていたらしい。

 そのためこの女に辿り着くまで、アルティナも相当苦労をしたようだ。


「あれこれアプローチをかけて、ようやく彼女が寄生者だって確証を掴んだの。もっとも時間がかかり過ぎたせいで、すでにヤバいくらいの末期症状は出てるんだけど……」


 そこで彼女はコンパクトを取り出して開く。

 表面に指を滑らせてなにかを確認したあと、改めてその瞳が青年を見つめた。


「ICコードの申請は完了しているわ。今、この付近にターゲット以外の人間はいない。私たちを除いてね……」

「そうか。なら、手早く終わらせるとしよう。正面から行くぞ」


 その言葉に頷いたソルドはいつもの口調で告げると、表情も厳しく目的の家へと駆け出す。

 アルティナもまたそのあとに、速やかに続いた。


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