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APOLLON -灼熱の特務執行官-  作者: 双首蒼竜
FILE7 昏き過去と現実と
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(7)惨劇の記憶


 深夜の孤児院の一室で、ソルドとマリスは向かい合っていた。

 誰もが眠りにつき、静けさの支配する時間――しかし外には雷鳴が轟き、薄暗い照明の灯る空間には重苦しい空気が満ちている。


「マリス……今、なんて言った?」

「なんてもなにも……言葉通りの意味さ」


 マリスはいつになく厳しい表情で言い放つ。

 それは彼女を良く知るソルドですら、見たことのない顔だった。


「ルナルが今後、罪もない人々を苦しめるような真似をしたら、私が生命を懸けて止める。けど、もし私がいなくなっていたら……その時はお前が止めろ。たとえあの子を殺すことになってもな……」

「ふざけるな……! マリスッ!!」


 声を荒げ、ソルドは詰め寄る。

 稲光が閃き、次いで激しい音が聞こえた。

 震える拳には、汗が滲む。

 まるで仇を見るような険しい表情の彼を見返し、マリスはその肩に両手を乗せた。


「お前の気持ちはわかるさ。けど、これはゼロじゃない可能性の問題なんだ。必ず起こるとは言わないが、必ず起こらないとも言い切れない……」


 共に兄妹として育ってきた二人だけに、それがいかに残酷なことかは彼女もわかっていた。

 自ら庇って引き取ってきたにも関わらず、矛盾したことを言っているのもわかっていた。

 それでもマリスは、引き下がるつもりはないようだった。


「だから約束してくれ。お前と私だけの……約束だ……」


 あまりに一方的ながらも、ソルドはその瞬間、言葉を返すことができなかった。

 なぜなら言葉を放ったマリスの顔に、強い憐憫と覚悟とが宿っていたからである――。




「そんな……!!」


 アーシェリーは思わずその場で口元を覆い、一歩後退っていた。

 わずかに息をついたソルドは、再びマリスの墓を見つめる。


「ひどい話だ。私は反発したよ。ルナルは絶対そんなことにはならない。そんなことはさせないとな……」


 実際、その話をしたあとのマリスとの仲は、一時的に険悪になったらしい。

 そしてそれ以来、ソルドはルナルに対して過保護とも言える態度を取るようになったとのことだ。

 二人が兄妹にしては親密過ぎる関係に見えた理由は、このことにも要因があったのだろう。


「結果として恐れていたようなことは起こりもせず、平穏に月日は流れていったが……それとはまったく関係なく、十一年前の今日……あの事件は起こった」





 その日ソルドが仕事から戻った時、目の前では惨劇が繰り広げられていた。

 孤児院が炎上を始め、黒煙が辺りに立ち込めている。

 無数の悲鳴がこだまする中、異質な咆哮が響き渡っていた。


「なにが……起こったんだ!?」


 状況をすぐに理解できないまま、ソルドは立ち竦む。

 そんな彼の耳に、聞き慣れた声が飛び込んできた。


「ソルドッ! 逃げろ! こっちに来るなぁっ!!」


 それはマリスの声だった。

 見れば彼女は傭兵時代に使っていたフード付きのマントを羽織り、アサルトライフルを手にしている。

 そんな彼女の前にいたのは、紅い目を爛々と輝かせた初老の男だった。

 ただ、その両手は人間のものと思えないほどに黒く倍以上に肥大化し、指先には血を滴らせる刃のような爪が伸びている。


「すべテを……混沌ニ……帰すルノダ……まりすぅ……」


 謎めいた片言をしゃべりながら、男はマリスに襲い掛かる。

 鋭い攻撃を必死にかわしながらマリスはトリガーを引くものの、放たれた銃弾は男を食い止めることすらかなわない。


「マリスッ!!」

「子供たちを連れて早く逃げろ!! 早く……うあああああああああああぁあぁっ!!」


 必死になって叫ぶ彼女の声が、すぐに断末魔の絶叫に変わる。

 男の爪がマリスの胸を貫き、鮮血を噴き上がらせる。

 次いで振り抜かれたもう一方の手が、引き裂くように彼女の首を斬り飛ばす。


「マ、マリスゥゥゥゥッ!!!」


 絶叫するソルドの目の前で、血にまみれた首が舞った。

 同時に、男の姿が異形に変じていく。

 黒い体色を持った悪魔のような化け物は、転がったマリスの首を拾い上げ、その虚ろな瞳に映し出すように逃げ惑う子供たちの虐殺を始める。


「やめろ……やめろおおおぉぉぉっっ!!」


 圧倒的な恐怖の中、それでも闘志を奮い立たせたソルドは異形の化け物に立ち向かっていく。

 助けを求める子供たちを守るため、彼はマリスの持っていたライフルを手にするが、元より兵士としての訓練を受けたこともないソルドでは、まともに扱うこともできない。

 彼にできたのはその銃を手に、化け物に殴りかかることだけだった。

 しかし、そんな情けない攻撃が異形の相手に通じるはずもない。怪物はソルドをせせら笑うように不気味に口元を歪めると、彼をその剛腕で吹き飛ばした。


「ぐあああああああああぁあぁぁぁっっ!!!」


 あばらの折れる音を聞きながら、彼は施設の塀に勢いよく頭から叩き付けられる。

 そのまま地に落ちた彼は割れた額から多量の血を流しつつ、震える手を伸ばして這い進む。


「ソルドにいちゃああああああぁぁんっっ!!」

「うわああぁぁああぁぁん!! たすけてぇ!! おにいちゃあああぁぁぁぁんっっ!!」


 鮮血が視界を朱に染め、燃え上がる建物が更なる朱へと染め上げていく。

 そして弾ける血飛沫と共に目の前に転がってきたのは、無垢なる残骸だった。

 それが子供たちの成れの果てだとわかっていても、もはやソルドにはどうすることもできなかった。


(す、すま、ない……みん、な……マリ、ス……ルナ……ル……)


 声にならない慟哭を上げながら、彼は赤い闇の中へと沈んでいった。




「カオスレイダー……ですか」


 その回想を、アーシェリーは顔を俯けながら聞いていた。

 あまりに残酷な結末――彼女自身が死に至った時もひどかったが、ソルドの経験したそれは想像したくもないものであった。

 青年はそんな恋人の様子を悲しげに見つめながら、言葉を紡ぐ。


「そうだ。寄生者は孤児院の院長だった。彼はとても温厚で自制心も強い人物だったが、それが逆にたたり……オリンポスも寄生者だと察知することができなかったようだ」

「つまり、サプライズ・ケースだったということですね……」

「私は子供たちを守ろうとして返り討ちにあった。ルナルはたまたま買い出しに出ていて、その時は難を逃れていたが……戻ってきたところを、奴に殺された」


 ソルドの目にした記憶はそこまでだったが、耳にした声や音の記憶はもう少し先まで残っていた。

 惨劇の嵐の過ぎ去ったあと、最後に意識を失う前に彼が聞いたのは、今となっては聞き慣れた特務執行官の名乗りの文言だった。



『我は大海、怒涛の守護者! 混乱の波荒れ狂いし時、正義の怒りが渦を巻く! 我が名は、特務執行官【ポセイドン】!!』



「そのカオスレイダーは、ボルトスが掃討したのですね」


 それを聞いたアーシェリーは、ソルドたちを助けたのが誰かということに気付いた。

 同時に、なぜボルトスがソルドの行き先を知っていたのかの理由も悟った。

 青年は否定することもなく、ゆっくりとその場に立ち上がる。


「ああ。掃討後に彼は私とルナルが資格者だということに気付き……コスモスティアの力で死に至るはずだった私たちの生命を繋ぎ止めたんだ」


 そこで彼は、アーシェリーのほうを向いた。

 黄金の瞳が光を受けて、淡く輝く。


「それからあとは、君とほぼ同じだ。私はコスモスティアの意思と共に特務執行官となり、ルナルも同じように蘇ることとなった。もっとも、あいつの場合、すんなりといかなかったところはあるが……」

「それに関しては、少し聞いています。ルナルの最終調整が難航していたと……」

「ああ。結果としてルナルと君は、同じ時期に特務執行官となったわけだな……」


 吹き抜ける風が赤い髪を静かに揺らす中、ソルドはその時のことを改めて思い出す。


(今にして思えば、ルナルがなかなか目覚めなかった理由も、例の声にあったのかもしれん。特務執行官になったことでそれが消えたと思ったのも、私たちの思い込みだったのだとしたら……)


 特務執行官として蘇った者は、生前健康時の生体情報に基づき身体が再構成される。

 仮に持病などを抱えていたとしても、蘇った時点でそれはすべて消え失せるのだ。

 ただ、精神に関する病まで治るかは不明だ。元よりルナルの中に潜んでいた悪しき声が異物でも疾患でもなかったのなら、そのまま残っていた可能性は否定できない。

 拳を握り締めた彼がふと我に返ると、アーシェリーがマリスの墓の前に跪いていた。

 彼女は両手を組み、静かに祈りを捧げている。

 聖女のようにも見えるその様子を、ソルドはどこか穏やかな面持ちで見つめた。


「ごめんなさい。ソルド……あなたにとって大切な日に、邪魔をするような真似をしてしまって……」

「なにを言っている。シェリー……私こそ、君に謝らなければならない。君を不安にさせてしまったことを……」


 やがて立ち上がったアーシェリーに、彼はふっと微笑む。

 狂おしく乱れていた心が、凪のように落ち着いていた。それは彼女と初めて会った日に感じたあの感覚と同じだった。

 アーシェリーもまた口元を緩め、彼との間に流れる穏やかな風をしばし感じ取る。


「……でも、今日ここに来たのは、マリスさんたちの墓参りのためだけではないんですよね?」


 ややあって、彼女は問い掛けてきた。

 その言葉の意味を悟ったソルドは、わずかに目を見開く。


「……君も本当に鋭いな。確かに行方の手掛かりがない今、もしルナルが無事だったなら……ここに来るんじゃないかと期待はしていた」


 そのまま彼は、丘を見渡すように視線を移す。

 己が名ともなっている大いなる星の光が降り注ぐ中、ソルドは連れ去られた愛妹のことを思った。


「私たちは毎年の命日に、ここを訪れていたからな……」


 思いを馳せるようにつぶやいた彼の周りを、再び風が吹き抜ける。

 葉擦れの音に重なって草を踏み締める音が聞こえてきたのは、それからすぐのことだった――。


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