(3)新たな方針
「なにかね? アーシェリー?」
進み出た部下の顔を見つめ、ライザスは静かに問う。
他の特務執行官たちの視線も受けつつ、アーシェリーはゆっくりと己が意見を口にした。
「以前、司令はコスモスティアとの意思疎通を図るため、A.C.Eモードの自由な発動を許可されました。ですが今のままでは、意味がないと思えるのです」
「ふむ……意味がないとは?」
「はい。私は先日、地球でA.C.Eモードを発動しましたが、自意識を繋ぎ止めるだけで精一杯でした。まして戦闘の最中では、とてもコスモスティアの意思を感じ取る余裕はありません」
それは彼女が地球から帰還して以来、ずっと感じていたことだった。
アレクシアとの戦いの最中、アーシェリーは自身で初となるA.C.Eモードを発動した。
しかし、それはあまりに制御が困難なものであり、戦闘終了後に力尽きるという事態を招いている。
「それに場所によっては、発動したくともA.C.Eモードを使えないこともあります。むしろそのような状況のほうが多いと言うべきでしょう」
なにより無差別破壊をもたらすエネルギーの放出は、発動に大きな制約を課している。
元よりそれは周知の事実であったわけだが、【統括者】と相まみえた時だけ無視するというわけにもいかない。
アーシェリーの言葉に、シュメイスやメルトメイアは同意したように頷いていた。
「……それにA.C.Eモードを発動しても、【統括者】には対抗できない」
更に彼女の後ろから言葉を続けたのはソルドだった。
忌まわしい記憶を呼び起こしたように、彼は険しい表情をしている。
「ベルザスで【ハイペリオン】と戦った時、奴が言っていました。そんなものでは自分は倒せないと……」
「……その記録は、私たちも見せてもらった。ただ、奴が言ったことは無為に強大な力を振り回すだけでは、自分を倒すことはできないという意味だと私は解釈した。現にあの時、ソルドは力を制御できない状態にあったのだからな」
「そうであるなら、私たちはなおのことA.C.Eモードに頼るべきではないと考えます」
ライザスの返答に対し、アーシェリーが静かながらも決然と言い放つ。
強大な力を行使できるとはいえ、暴走の危険性を孕むA.C.Eモードを切り札とするのは、やはり好ましくないということなのだろう。
慎重派のアーシェリーらしい意見と言えた。
「それにコスモスティアとの意思疎通なんだけど……あれって別にA.C.Eモード発動が必須でもないわよね?」
そこで口を挟んできたのは、サーナである。
いつもの口調ながらも、その声には真摯な響きがあった。
「ノーザンライトで【テイアー】と戦った時の話か?」
「そうそう。あの時はコスモスティアが力を貸してくれたから、【テイアー】を退けられた。あたし自身、意識していたわけじゃないけどね……」
ソルドの言葉に対し、彼女は思い返すように言う。
絶体絶命の窮地に聞いた謎の声と、もたらされた力――それがなければ、サーナは今こうしてここにいないだろう。
「確かに私も地球でコスモスティアの声を聞いたことで、力を取り戻すことができたが……特に意識したわけではなかったな」
頷きながらソルドも、先日の出来事を思い出す。
イサキを救いたいという強い思いと始まりの記憶とに呼応して、コスモスティアは力を与えてくれた。それは今までにない強大な力で敵を焼き尽くしたばかりか、失われたアオメクジラの意識の再生すら成し遂げている。
ただ、今同じことをやれと言われてできるかどうかは二人揃って否であり、またどちらの事例を取ってもA.C.Eモードは関係なく、コスモスティアとの意思疎通を考えていたわけでもない。
「しかし、それならどうするつもりだい?【統括者】や、その【エリス】って奴相手に渡り合う方法が他にあるとでも?」
それらの意見に対し、口を挟んだのは特務執行官【ディオニュソス】こと、ガルゴである。
アーシェリーの懸念やソルドたちの事例はさておき、今のままでは代案がないことも事実だ。
「司令……ひとつ提案があるんですがね」
誰もが押し黙り思考の海に沈んだ中、やがてそれを破ったのはロウガであった。
「なにかね? ロウガ?」
「アーシェリーが言ったように、今の俺たちじゃA.C.Eモードを使っても振り回されるだけです。コスモスティアとの意思疎通に関しても、はっきりと条件はわからない……」
いつになく落ち着いた様子の彼は、訥々と自身の考えを語る。
そこには【イアペトス】と戦った時同様に、現状を打破しようという強い意思がみなぎっているようだった。
「なら、ここはA.C.Eモードを発動しても、普段通りに被害を抑えて戦えるような訓練をしてみるべきじゃないですかね?」
「つまり、A.C.Eモードの完全制御ってことか?」
「ああ。お前の戦った【ハイペリオン】って奴は、力を振り回すだけじゃ自分は倒せないみたいなことを言ったんだろう? だったら意識的に力を使えれば、話は別ってことじゃねぇのか?」
言葉を差し挟んできたソルドに、彼ははっきりと告げる。
元より、無為な力の行使を嫌うロウガである。A.C.Eモードを使うにしても、ソルドの犯した過ちを自らも辿りたくないのだろう。
ただ、それを聞いたアーシェリーは目を見開いていた。
「あのモードを完全に制御するのですか? 相当難しいと思いますが……」
「難しいのは承知の上さ。けど、今のところ他に手はねぇと思うがな」
そんな彼女に対しても、ロウガはやはり決然と言い放つ。
現状で考え得る中、戦力を増強する手段はそれしかないという結論に彼は行き着いたようだ。
因縁の敵【イアペトス】も遠からず、力を取り戻して現れるだろう。そうなった時に今のままでは確実に敗北する。
なにも手を打たないまま敗れることは、負けず嫌いな性格以上に彼にとって屈辱的なことだった。
「ふむ……なるほどな」
その進言を黙って聞いていたライザスは、そこで納得したようにつぶやいた。
ボルトスもまた同意を示すように大きく頷く。
「ライザスよ。ここはその提案、採用してみてはどうだ? 全員一気にとはいかないだろうが、個別に少しずつ時間を取れれば……」
「うむ……しかし、普段の掃討任務を疎かにするわけにもな……」
ただ、ライザスの表情は晴れない。
そもそも、特務執行官の数は限られている。今も新種への対応のため、単独での任務を減らしている状況だ。
この上、訓練の場を設けることで稼働人数が減ってしまえば、カオスレイダーによる被害はより拡大してしまうだろう。
「いえ。私もその提案を採用する価値はあると思います。私たちを取り巻く状況は確かに厳しくなっていますが、敵も単純に力を増しているわけではありません」
その懸念に対し、改めて口を開いたのはエルシオーネだった。
彼女は中空に新たなスクリーンを浮かべると、表示されたデータを全員に向ける。
「エルシオーネ……これは?」
「ここ最近の各地におけるカオスレイダー被害の推移を表したものです。新種の出現による突発的な被害は拡大していますが、それと反比例して通常のカオスレイダーによる被害は減少しています」
いくつかのウインドウに分割された地図とグラフによるデータを見せながら、彼女は続ける。
「まだ期間が短いゆえに正確な統計は取れていませんが、先月同時期までの被害発生件数と比較すると七十パーセントまで減少しています。これはオリンポス創設以来初めてのことです」
「どういうことだ?」
誰もが怪訝そうな表情をする中、ソルドはふと思い出したようにつぶやく。
「そういえば……確かノーザンライトで初めて新種が現れる前、カオスレイダー寄生者が拉致されていたな」
「あったわね。そんなこと……ってことは……?」
サーナもまたそこで気が付いたように声を上げる。
それを見て取ったエルシオーネは頷いて、自身の意見を告げた。
「これはあくまで推論になりますが、新種を生み出すためには既存のカオスレイダーが相当数必要となるのではないでしょうか?」
「確かに【統括者】の力があったとはいえ、ああも容易く覚醒期間を短縮できる種子を生み出せたのは不自然な話だ。今の推論が確かなら、奴らの取っていた拉致行動の謎や新種出現数の少なさに対する説明もつく」
ウェルザーが同意したようにつぶやく。
彼がベルザスで目にした巨大な欠片――【ハイペリオン】は新種を生み出すための触媒と呼んでいたが、あれだけでカオスレイダーを新種に進化させられるのなら、今頃世界は新種だらけになっているはずだ。
しかし現実に、まだ新種は少数しか出現していないのである。
「あまり好ましい話ではないが……それが事実なら、確かに特務執行官の稼働数を抑えることもできる。その余剰分を訓練に回せばどうかということだな?」
「はい。その通りです」
複雑な表情を見せつつも納得した様子の司令官に、エルシオーネは再び頷く。
しばし考え込むライザスだったが、やがてその眼にいつもの力強い輝きが浮かんだ。
「よし。では、ロウガの意見を採用しよう。A.C.Eモードの制御訓練プログラムを作り、ローテーションオーダーに組み込むことにする。エルシオーネ、【クロト】たちと一緒にプログラムの作成を早急に頼む」
「了解しました」
司令官の指示にエルシオーネは頷く。
敵への対抗手段に関する方向性が見えたことで、特務執行官たちの間に新たな決意と緊張感とが生まれていた。
「司令……敵への対抗手段も重要ですが、動向を探ることも重要じゃないですかね?」
ただ、そこで改めて別の意見を述べたのは、シュメイスである。
全員の視線が彼に集中する中、ライザスは静かに問い掛ける。
「……シュメイス、それはSSSの話かね?」
「ええ。ルナルがさらわれたことでうやむやになってしまいましたが、SSSの参与として、あのダイゴ=オザキが入り込んでいることは事実です。このまま見過ごすわけにはいかないと思いますが……」
敵の脅威にばかり目を奪われがちだったが、シュメイスはその思惑が気になっている様子だった。
改めてそれを突き付けられた一同の間に、沈黙が流れる。
「確かにあの男がなぜSSSに入り込み、【宵の明星】の作戦行動に関わったのかは謎のままだったな」
「SSSに関しては諜報部でも以前から探りを入れていたけど……とにかく実体の見えない企業よ」
ライザスの言葉に対し、表情も厳しくイレーヌが続けた。
「オリンポス創設以前から【宵の明星】とは密接な関係があり、独自に兵器開発や違法な実験も行っている。反政府側の投資家や研究施設などの出資もあってできた企業で、裏における規模も今は相当に拡大しているらしい……」
「現代表のイーゲル=ライオットとダイゴ=オザキには、以前から交友もあったようです。その関係もあって、奴は参与に収まったようですが……」
話を聞くにつれ得体の知れなさを増していくSSSの現状に、一同も表情を険しくする。
セレストのような大規模破壊活動が再び行われれば、損害なく食い止めることは難しい。それは更なる状況の悪化を招き、新たな【統括者】の復活も早めることとなるだろう。
「いずれにせよ、今後もSSSが【宵の明星】に関わってくることは確かだ。新たな被害の発生を防ぐためにも、動向の監視は必須になるな」
「うむ……では、これに関しては、シュメイスを中心に支援捜査官をフォローに回す形で対応しよう。それでいいな?」
「了解しました」
「諜報部からも人員を回すよう手配するわ。オリンポスだけに対応を任せっきりにするわけにもいかないしね……」
反政府組織絡みの案件であるだけに、イレーヌもそれに対するフォローを約束する。
オリンポス以外の組織が関与することはあまり好ましくなかったが、シュメイスは異を唱えることをしなかった。
かくして特務執行官たちによる意見を交えつつ新たな方針は決まっていったものの、その中でソルドの表情だけは、最後まで晴れることはなかった。




