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APOLLON -灼熱の特務執行官-  作者: 双首蒼竜
FILE7 昏き過去と現実と
146/304

(1)交錯する感情


 その日、小惑星パンドラは今までにない緊張感に包まれていた。

 異例の事態とも言える全特務執行官緊急招集のためである。

 時間にすれば二時間にも満たなかったものの、秘匿記録開放の時ですら揃うことのなかった彼らは今、さらわれたルナルを除いて、本拠となる虚空の地に集結していた。


「シュメイスッッ!!」


 いつものレストスペースにやってきたソルドは、その場にいたシュメイスの姿を見るや否や凄い勢いで駆け寄り、痛烈な拳の一撃を見舞った。

 轟音にも近い音を立てて金髪の青年が吹き飛ばされ、壁に激突する。

 それは敵に対する攻撃並みに、容赦のない一撃であった。


「なぜ……! どうしてだ!? どうしてお前がついていながら、ルナルをっ!!」


 詰め寄ったソルドは彼の襟首を掴みながら、更に拳を振り上げる。

 そんな相手の様子を力のない視線で見返しながら、シュメイスはつぶやいた。


「すまん……ソルド。言い訳はしないさ……」

「謝って済む話だと思っているのかっっ!!」


 再び拳を叩き込もうとするソルドだが、その腕を後ろからすがりつくように止めた女性がいた。

 鮮やかな緑の髪が印象的な女性――アーシェリーである。


「やめて下さい! ソルドッ!! シュメイスを責めてどうするんですかっ!!」

「放せ! シェリー!!」

「ソルドも知っているじゃないですか!【統括者】が、どれほど恐ろしい敵なのか!!」


 悲鳴にも近い声を上げながら、彼女はソルドに訴えかける。

 その表情は、どこか悲痛なものを感じさせた。


「それに責めるなら、私を責めて下さい! アレクシアを……彼女を倒したつもりになっていた私をっ!!」

「シェリー……くっ……」


 それを見たソルドは、握り締めた手を緩めて顔を逸らした。

 強く心を交わした女性の辛そうな様子は、興奮した彼の頭に冷水を浴びせていたのだ。

 襟を離されたシュメイスもまた、その場に力なく尻をつく。


「ソルド……お前にシュメイスを責める資格なんてあんのかよ?」


 そんな動きを止めた三者のところに現れ、声を掛けてきたのはロウガだった。

 彼の傍らには栗色の髪の女性――メルトメイアの姿もある。

 わずかに苛立ちを覗かせた紺の髪の青年は、赤い髪の青年に向けて強い非難の眼差しを向けてきた。


「お前だって【統括者】にやられて、腑抜けてただろうが。それともなにか? 自分ならなんとかできたとでも言うのかよ?」

「そ、それは……」


 その指摘に、ソルドは言葉を失う。

【ハイペリオン】に手も足も出ずやられたという点では、彼も同じだ。ましてその後しばらく彼は、特務執行官として役立たずの状態となっていた。

 シュメイスがルナルを救えず、【エリス】にさらわれる要因を作ってしまったことを責める資格は、確かにないと言えただろう。


「ソルド……気持ちはわかりますけど、今は落ち着くべきだと思います。【統括者】を凌ぐほどの相手が出たというなら、なおさら……」


 メルトメイアの言葉が、静かにその場を包み込む。

 少なくとも今言葉を交わした者たちは皆、【統括者】の力を目の当たりにしている。

 あの敵の前では、人を超えたはずの自分たちですらが卑小な存在だと思い知らされる。他者どころか自分の身すら満足に守れないのだから。

 誰もがやるせない思いを抱えてたたずむ中、重苦しい空気を打ち砕くべく、密やかに一人の女性が現れる。


「ふっふっふ……お久しぶりのメルちゃぁ~~んっっ!!」


 手をわきわきと動かしながら、栗色の髪の女性に抱き着いたのは薄桃色の髪を持った女だ。

 全身をくまなく揉まれ触られたメルトメイアの口から、とんでもない絶叫が迸る。


「きゃああああああああぁあああああぁぁああああああぁぁぁぁぁっっ!!」


 暴れるように拘束から抜け出した彼女を見て陶酔した表情を浮かべたのは、特務執行官【アフロディーテ】こと、サーナである。


「あ~、やっぱメルちゃんたら最高っ! その均整の取れた身体に、可愛らしい叫び声……お姉さん興奮しちゃう♪」

「サ、サ、サーナッッ!! 毎度毎度なにをするんですか!! は、破廉恥にも程がありますっっ!!」

「出たわね。メルちゃんの破廉恥発言!! んもう、相変わらず潔癖症ねぇ♪」


 顔を真っ赤にしながら詰め寄ってきたメルトメイアに対し、彼女は予想通りと言わんばかりの反応を見せる。


「ま、お姉さんは良いけど、そんなことじゃロウガ君には飽きられちゃうわよ? 男なんてみんなスケベなんだから」

「潔癖症とか関係ありません!! 破廉恥は破廉恥です!! それにどうしてそこで、ロウガの名前が出てくるんですか!!」


 普段の落ち着きはどこへやらという様子で、メルトメイアがまくし立てる。

 これほど激昂した彼女を見るのは、この場にいる者の中でも少数であったろう。


「そもそも私は、こんなガサツな人なんかなんとも思って……!」

「あ? んだとメル!! 誰がガサツだって!?」

「だって、ガサツじゃないですかっっ!!」


 聞き咎めたように反論するロウガに対し、彼女はくるりと向き直って肩を怒らせる。


「口は悪いし大雑把だし乱暴だし、いつもいつも無茶ばっかりするしっ!! 今回だってそうじゃないですかっ……!! わ、私がどれだけ心配したと、思って……ぅ……」


 ただ、声を張り上げながらメルトメイアは、セレスト・セブンでの一件を思い出したようだ。

 その表情が見る見る内に歪み、瞳から大粒の涙が溢れだしたのを見て、詰め寄られていたロウガが思わず顔を逸らす。


「なっ……あれはお前……しょ、しょうがねぇだろうが! あの時はああする以外なかったんだよ!」

「で、でも傷だらけで倒れてて、動かなくて……私、死んじゃったとばかり……」

「バ、バカ! 俺がそう簡単にくたばるかよ! そもそもお前だってズタボロだっただろうが……」


 泣きじゃくる仲間の頭をそっと撫で、彼はバツが悪そうにつぶやく。

 戦闘では勇猛極まりない姿を見せるロウガも、こういう状況は苦手であった。


「あらぁ。ロウガ君たらメルちゃん泣かせちゃって、罪な男ねぇ。でも、そこはそのままギュッといかないといけな……あぐぅっ!!」


 そんな二人をニヤニヤ眺め、はやし立てるサーナであったが、次の瞬間、脳天に響いた衝撃に奇声を上げる。

 突っ伏すように倒れた彼女を見下ろし、一人の男が冷めた口調でつぶやいた。


「その辺にしておけ。皆が迷惑するだろう」


 サーナの頭に拳を叩き込んだのは、大柄な体躯とスキンヘッドが特徴的な壮年の男である。

 この男の名はランベル=アイアンフォースといい、【ヘパイストス】のコードネームを持つ特務執行官である。

 特務執行官の中で最も頑丈な身体を持つ彼の拳は文字通りの剛拳であり、あらゆる物を粉砕すると言われている。本気の一撃でないとはいえそんなものが脳天に直撃したら、たまったものではないだろう。

 しばらく苦痛に呻いていたサーナだが、やがてすっくと立ち上がると、今しがたのメルトメイア張りに肩を怒らせてまくし立てた。


「ちょっとラン君っ!! か弱き乙女の頭を拳で……グーで殴るってどういうことよ!? 今ので脳みそ三十万個くらい死んだわよ!? これ以上バカになったら、どうするつもり!?」

「お前は、このくらいしなきゃわからんだろう。とりあえず今の発言で気になった点がいくつかあるが、どこから突っ込んで欲しい?」


 それに対しランベルは意に介した様子も見せず、淡々と答える。もう慣れたと言わんばかりの態度だ。

 実際、サーナの暴走を容赦なく止められるのは、オリンポスでも彼くらいである。

 ぐぬぬと歯を軋らせているサーナに対し、最後にその場に現れた銀髪の少女がため息を漏らした。


「相変わらずですわね。サーナ……今はおちゃらけてる場合じゃないですわ。ルナルの件で、みんなデリケートになっているというのに……」

「わかってるわよ。だから、雰囲気和らげようとしてたんでしょ!!」


 その少女――フィアネスに対して、サーナは自分の取った行動の正当性を主張する。

 その主張はさておき、手段としてセクハラ行為が正しいかは、果てしなく疑問なところである。


「ま、サーナの言うことにも一理あるねぇ。こんなところで暗~い青春ゴッコしてても仕方なかろう?」


 ただ、雰囲気を和らげるという目的に同意した者はいた。

 シュメイスと共に初めからこの場にいながら、一連の様子を他人事のように眺めていたオレンジの髪を持つ壮年の男である。

 彼は立ち竦むソルドの肩に肘を乗せ、その眼前に酒瓶を生成してちらつかせた。


「こういう時は、とりあえず飲むのさ。そうすりゃちったぁマシな考えも浮かぶかもしれんぞ。ソルド」

「いらん」


 我に返ったソルドは、その提案を跳ね除けるように酒瓶を手で弾く。

 思わず取り落としかけた瓶を慌てて掴み直しながら、男はやれやれといった様子で頭を掻いた。


「まったく……相変わらずつっけんどんだねぇ」

「ガルゴ……発言はもう少し時と場所を選んで下さい。それにつまらないことに原子変換システムを使わないで下さい」

「おいおい、つまらなくはないだろう? 酒は人生の楽しみの半分を占めるもんだ。それにデータさえありゃ、貴重な古酒から人気の新酒まで作り放題……有効活用しない手はないってもんさ」


 ため息交じりに言ったアーシェリーに対し、彼は悪びれることもなく答えると、酒瓶の蓋を開けて中の液体を豪快にあおった。

 特務執行官の原子変換システムは制約こそあるものの、任意の物体を容易に作り出せるゆえに乱用は禁止されている。それを自身の趣味のために使っているのだから、アーシェリーの指摘ももっともである。

 ちなみにこの男は【ディオニュソス】のコードネームを持つ特務執行官で、名をガルゴ=スピリットフォースと言う。

 空気を読んでいるようでありながら、その実、空気を読まない態度が特徴的な人物だ。


「……すまなかった。シュメイス……」


 そんな仲間たちのバタついた様子を尻目に、ソルドはいまだ座り込んだままのシュメイスに対し謝罪すると、手を差し伸べる。

 しかし、それに対し金髪の青年は、わずかにかぶりを振るだけだった。


「気にすんな。お前の怒りはもっともだからな……」

「シュメイス……教えてくれ。いったい、ルナルになにがあった? どうしてこういうことになったのかを詳しく知りたい」


 手を取ろうとしないシュメイスに対し、ソルドは身をかがめて視線を合わせると、訴えかけるように問うのだった。


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