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APOLLON -灼熱の特務執行官-  作者: 双首蒼竜
FILE EX3 月は闇に揺れ動く
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(14)動揺を越えて


 小惑星パンドラの司令室に、滅多にない驚愕の声が響き渡った。


「ルナルがさらわれただと?」

『申し訳ありません。司令……自分の力不足です』

「シュメイス……いったい、なにがあったというのだ?」


 司令官のライザスは身を乗り出しながら、光の向こうのシュメイスに向けて問い掛ける。

 そのシュメイスもまた、いつになく沈んだ表情を見せていた。

 続けて部下の口から語られた報告を聞くと、ライザスは大きく息をつく。


「そうか……【統括者】と相まみえたのか。そして【エリス】だと……?」

『はい。奴は【統括者】すら退け、ルナルを連れ去りました。なんの目的があってかはわかりませんが……』

「わかった。シュメイス……とにかく自分を責めるな。ルナルの捜索に関しては考えるとして、今はセレスト・セブン襲撃計画を防がねばならん」


 ねぎらうような言葉をかけたあと、彼は表情を引き締める。

 特務執行官の拉致は確かに緊急事態ではあったが、今は判明している大規模襲撃計画の阻止のほうが最優先事項だ。


「敵の集合拠点を潰すため、CKOの特殊部隊が奇襲作戦を敢行する。先ほどロウガとメルトメイアをそちらに向かわせた。お前は現状の任務から離れ、二人と共に特殊部隊の援護に当たってくれ。現地での判断や指示は一任する」

『はっ……了解しました』


 その言葉にシュメイスは、改めて強く頷く。

 元より特務執行官の中では感情を引きずらず行動できる彼だけに、今すべきことに対する反応も素早かった。

 通信を終了し、改めて静けさの戻ってきた司令室に、次いで立体映像が浮かび上がる。

 それはオリンポス・セントラルのオペレーター――【クロト】であった。


『司令……ルナルがさらわれたというのは、どういうことなのでしょう?』


 通信の内容は聞いていたのか、彼女はいつもながらの愁い顔で尋ねる。

 ライザスはシートに背を預けながら、再び息をついた。


「わからん……だが、シュメイスの報告に嘘があるはずもない」


 正直、今回の拉致の件は彼としても信じられない話であった。

 中空を見据えるその表情は、いつになく険しい。


(かつて混沌の下僕として活動していたアレクシアという女……なぜ奴が【統括者】を退け、ルナルをさらった? その目的はいったいなんなのだ……?)


 そもそも特務執行官以外に【統括者】と渡り合える者がいること自体、衝撃だった。

 しかも【ハイペリオン】を出し抜いてルナルを連れ去ったということは、【エリス】を名乗る今のアレクシアは現特務執行官以上の力を持っていることになる。

 仮に敵だとするなら、恐ろしい相手となることは間違いない。


『……このことをソルドが聞いたら、どう思うでしょうか?』


 思案に耽るライザスに、【クロト】は静かに言い放つ。

 ルナルと強い絆を持つ青年がこのことを聞けば、どのような反応を示すかは容易に想像がついた。


「……これはオリンポス全体で共有すべきことだが、今の段階では皆に伏せておいてくれ。襲撃計画の一件が片付くまで、無用な混乱は避けたい」

『はい……了解致しました』


 その司令官の言葉に、電脳人格は頷くのみだった。

 ソルドだけに限った話でなく、このことを知れば他の特務執行官も動揺を隠せなくなるだろう。

 それに目的はさておき、さらったということは【エリス】はルナルに直接危害を加えるつもりはないということになる。ならば時間的にも猶予はあるはずだ。

【統括者】にやられたルナルの容態だけが気掛かりであったが、即座に打つ手がない以上、それは考えても仕方のないことだった。


(次から次へと、厄介な出来事が続くものだ……)


 非情とも呼べる決断を下さざるを得ない現状に陰鬱な表情を浮かべながら、ライザスは大きくため息をついた。







 セレスト・セブンは、エリア・セレストのほぼ中央部に位置する最大の採掘プラントである。

 敷地面積三平方キロのプラント内には何台もの採掘マシンや倉庫が並び、運搬用の車両が絶え間なく行き来している。

 政府直轄のプラントとして様々な鉱物資源を産出しており、世界経済を大きく支える屋台骨ともなっていた。

 ただ、本来なら施設関係者しかいないはずの敷地内には今、完全武装した兵士たちが駐留している。

 CKOの誇る陸戦部隊は居心地の悪さを覚える施設関係者たちを尻目に、剣呑な殺気を外部へと向けていた。

 そんなセレスト・セブンの様子を、数百メートルは離れて停車中の車の中でダイゴ=オザキは見つめている。

 やがて携帯端末が鳴り、応答と同時にイーゲルの声が聞こえてきた。


『ダイゴ……首尾はどうだ?』


 その声に対し、ダイゴはいつもの葉巻を燻らせながら答える。


「問題ない。それはそうと、秘書殿は無事だったのか?」

『ああ。自宅で眠らされていた。まさか、すり替わられているとは思わなかったが……』

「そうか。生命に別状なかったようで、なによりだ」

『まったくだ。それにしても、よく見破ったものだな?』

「うむ……少し不自然なところがあったものでな」


 ルナルの偽装を見破ったことで、本物のフェリアは救助されていた。

 特に貸しを作るつもりもなかったが、フェリアには元から良い印象を持たれていなかっただけに今回の件で少しは関係性もマシになるだろう。

 SSSという会社内で自由に立ち回るには、悪くない展開だ。


『それよりも計画が漏れたということは、いらぬ邪魔が入るのではないか?』

「もちろん、その可能性は高い。しかし、それはさほど重要なことではない」


 そこでダイゴはわずかに視線を上げると、紫煙を吐き出す。

 立ち昇った煙が、空いた窓の外に流れていく。


「前に話したように、レイドリックはこの襲撃計画が成功しないと考えているはずだ。政府側の警戒が厳しい中、多くの人間が動きを見せれば怪しまれることもわかっているだろう。恐らく織り込み済みなのだろうがな」


 言いながら彼は再びセレスト・セブンに視線を戻す。

 ちょうど治安維持軍の車両が数台、正門前に着いた様子だ。中から降りた人間たちを観察していると、それは防衛のための陸戦部隊とは異なる印象を受けた。

 ダイゴたちSSSの手勢も含めたセレスト・セブン襲撃部隊は現在、近場の工場などを中心に集結を始めている。

 その動きをただ漫然と眺めているほど、CKOも愚かではないということだ。


『【宵の明星】側の真の目的のためか……それについては、なにか掴めたのか?』

「この間のセレスト・ワン陥落によって、政府側で専門家会議が設けられたのは知っているな? その視察団のやってくる日時が、襲撃計画の日時とほぼ一致するのだ」

『それは視察団を狙って、別に襲撃を仕掛けようということか?』

「正確には違う。なんでもその視察にCKOの統括司令がやってくるようでな……」


 葉巻を灰皿に押し付けながら、ダイゴはその目を細めた。

 声量を落としつつ、やや低い声音で続ける。


「【宵の明星】側はその男の行動予定を把握し、直属の精鋭を密かに動かしているということだ。恐らく奴らの狙いは統括司令の暗殺にあるのだろう」


 これらの情報は、すべて【サイバー・バイパー】よりもたらされたものだった。

 一日程度の猶予しかなかったとはいえ、凄腕の情報屋の調べ上げた情報はダイゴにとっても納得のいく内容であった。

 CKO最高責任者の暗殺――その囮の計画としてセレスト・セブン襲撃を考える辺り、【宵の明星】も相当本腰を入れているようだ。


『なるほどな。それで、お前はどうするつもりだ?』

「言っただろう。奴らの目論見をあえて外してやるのも面白かろうとな……」


 ダイゴは葉巻を口元から離すと、蛇のように歪めた。

 その目には剣呑さに加え、どこかイタズラを思いついた子供のような光も覗いていた――。





 同じ頃シュメイスは、セレスト・セブン敷地内で到着したばかりの軍部隊の様子を見つめていた。


(あれがCKOの特殊部隊か……こうして見るのは初めてだが、だいぶ雰囲気が違うな)


 全身を黒のボディスーツに包んだ男たちは剣呑な雰囲気を持ちつつも、どこか機械的な印象を受けた。

 敬礼の動きなどを見ていても整然としており、一人の例外もなく統制が取れている。


(ただ、襲撃前準備のところを狙うとはいえ、SPS兵が待ち構えていたら厳しい戦いになる。それなりに対策は練っているみたいだが……)


 セレスト・ワン防衛時の反省やオリンポスからの情報提供もあり、彼らは治安維持軍で主流となっている光学系の武器を携行していなかった。

 代わりにグレネード装備のアサルトライフルや高出力の火炎放射器など、明らかに対SPS兵を意識した武装となっている。


(それにあの時の通信でルナルは、敵にバレたと言っていた。それが事実なら、計画の内容に変更が生じてもおかしくはない。【宵の明星】が動かなくとも、SSSやダイゴ=オザキがなんの手も打たないとは思えないな……)


 ただ、シュメイスにとっての懸念は別のところにあった。

 先んじて敵の集合拠点を奇襲するという今回の作戦が、すでに察知されている可能性は高い。

 いつになく厳しい表情を見せていた彼はそこで、聞き慣れた仲間の声を耳にする。


「よぉ。色男……また一緒の任務とは奇遇だな」


 そこに現れたのは、二人の特務執行官――ロウガとメルトメイアだった。

 奇しくもセレスト・ワンで共闘した仲間同士が、また同じような任務で顔を突き合わせるとは確かに因果なものである。


「まぁな。そういうこともあるんじゃないか……」

「なんだ? えらく辛気臭いツラしやがって……お前もソルドみたいに腑抜けちまったのか?」

「そんなわけあるか。ま……ちっとばかり面倒なことがあったのは事実だがな」


 いつになく影を感じさせるシュメイスの様子に、ロウガたちは首を傾げる。

 ただ、それも一時のことであり、次いでメルトメイアが彼に訊ねた。


「ところでシュメイス。任務の概要は聞きましたけど、私たちはどう動くべきでしょうか? 司令はあなたに現地での指示を任せるとおっしゃっていましたが……」

「ああ。それについてだが……」


 そこでわずかに表情を変えたシュメイスは二人に向き直ると、今後の行動計画を語り始めた。


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