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APOLLON -灼熱の特務執行官-  作者: 双首蒼竜
FILE EX3 月は闇に揺れ動く
137/305

(13)戦慄の再生者


 闇に沈みかける意識の中で、声が響く。


『……抹殺……』


 それは機械のように無機質で冷たい声だ。

 そして、もう何度も耳にした声だ。


『……抹殺……』


 ただひたすらに繰り返される言葉。

 それは呪いのように、心を侵す旋律。


『すべてを抹殺する……それがお前の存在意義……』


 どのような状況にあろうと、声は変わらずに告げるだけだ。

 たとえ、自身が死に瀕していようとも――。


『すべてを抹殺するのだ……』





 地に落ちたルナルは、硬い地面の上に血まみれの裸身を投げ出していた。

【ハイペリオン】の一撃は、かつてのソルド同様に彼女の身体をズタズタに破壊したのだ。

 女神のように美しかった姿は今や見る影もなく、骨格の歪んだ腕を宙に伸ばしながら彼女は呆然とつぶやく。


「……すべ、てを……まっさ、つ……」


 その声は弱々しいながらも、妙な存在感を持っていた。

 瞳に浮かぶ光もまた、人の温かみを感じさせない虚ろなものである。

 その様子は傍から見ると、壊れたアンドロイドのように見えなくもなかった。


「……かろうじて耐えたようだね。でも、呆気なさ過ぎて拍子抜けだ」


 ただ、【ハイペリオン】にとっては、特に気に留める話でもなかった。

 敵の様子がどのように変化しようとも関係はない。そして、これから彼がやるべきことも変わらなかった。


「【アポロン】の時はつまらない邪魔が入ったけど……君の【秩序の光】は、確実に打ち砕いてあげよう」


 横たわるルナルの元へ滑るように移動してきた【ハイペリオン】は、その手に混沌のエネルギーを集約する。

 それは先ほど放ったエネルギーを更に上回る威力を秘めたものだ。

 ルナルの生命そのものと呼べる無限稼働炉――コスモスティアを破壊すべく、【統括者】はその手を握り締める。

 しかし、それを振り下ろそうとした瞬間、響き渡る声があった。


「おっと、そこまでだぜ!【統括者】!!」

「なに?」


 続けてその場に飛んできたのは、かまいたちのような見えない斬撃である。

 それは周囲の大気を切り裂きながら、【ハイペリオン】のいた空間を薙ぐ。

 さすがに後退してその一撃をかわした彼は、金眼を細めた。


「ふむ……その力、君も特務執行官かい?」


 声の方向に視線を向けた【ハイペリオン】は、そこに金髪の青年の姿を見る。

 碧眼にわずかな怒りを宿した男は、特務執行官のシュメイス=ストームフォースであった。

 通信の途絶から異変を察知した彼は、驚異的とも呼べる速度でこの場へ駆け付けたのである。


「我は疾風……神速の守護者! 暗き猛威吹き荒れる時、正義の風が巻き起こらん。我が名は、特務執行官【ヘルメス】!」

「やれやれ……まさか、前と同じように邪魔が入るとは思わなかったよ」


【ハイペリオン】は嘆息したようにつぶやきながら、名乗りを上げた青年に向き直る。

 異様な存在感を放つ影を見据え、大きく息を吐いたシュメイスは次の瞬間、強く地を蹴った。


「くらえっ!」


 手刀にエネルギーを宿し、彼は【ハイペリオン】に斬りかかる。

 そのスピードは、まさに閃光と見紛うほどだった。

 しかし金眼の【統括者】は、その斬撃を寸前で回避する。


「へぇ……凄いスピードだねぇ」


 やや驚いた様子を見せつつ、【ハイペリオン】はつぶやく。

 それに対し攻撃をかわされたシュメイスもまた、表情を歪めていた。


(マジかよ!? あれをかわしただと!? 今まで見切られたことすらないってのに……!)


 それは特務執行官として戦ってきた彼の戦歴の中でもなかったことであった。

 セレスト・ワンで初めて遭遇した新種ですら、彼の本気の動きにはついてこれなかった。

 しかし【ハイペリオン】は、その攻撃を容易く見切ってみせたのである。


(これが【統括者】の実力ってことか。だが、ここでA.C.Eモードを使うわけにもいかない。それに……)


 そこでシュメイスはちらりと、横たわるルナルに目を向ける。

 ズタボロになった仲間はいまだ全身から血を流し続けており、死が迫るのは時間の問題だった。


(このままじゃ、ルナルがヤバい……仕方ない。ここは逃げの一手か……!)


 意を決したシュメイスは、腕を振るって真空の斬撃を【ハイペリオン】に飛ばす。

 続けざま、横っ飛びにルナルのほうに向けて跳躍した。


「おっと、そうはいかないね」

「な……!?」


 しかし敵は、その動きを読んでいた。

 真空斬撃をすり抜けるように飛んできた黒い影は、シュメイスの眼前で衝撃波を撃ち放つ。

 強烈な一撃が金髪の特務執行官の胸板に炸裂し、その身体を大きく吹き飛ばした。


「がはっ! な、んだと……!?」

「甘いねぇ。そんな考えが読めないとでも思ったのかい?」


 血を吐いて地面を滑ったシュメイスの前に、【ハイペリオン】は降り立つ。

 その手には、先ほどルナルに振り下ろそうとしていた強大なエネルギーがみなぎっていた。


「僕としても、そう何度も君たちを逃がすつもりはないんでね。ちょうど良い機会だから、二人まとめて始末してあげるよ……」


 いつになく殺意をみなぎらせた声で、【統括者】は告げる。

 その様子を歯噛みしながら、シュメイスは見上げることしかできなかった。



「……残念だけど、それはこっちとしても都合が悪いのよね」



 ただ、その瞬間にまた別の声が響き渡る。

 どこか冷たさを感じさせる女の声――それにすかさず反応したのは【ハイペリオン】だ。


「その声は……まさか!?」


 珍しく強い感情を覗かせた声で、彼は叫ぶ。

 無理もないことであった。

 なぜならそれは、決してここに現れるはずのない女の声だったからである。


「ごきげんよう。【ハイペリオン】……フフフフフ……」

「お前……アレクシアか!? なぜ!?」

「アレクシア……だと……?」


 ふたつの影を見下ろすように宙に浮かんでいたのは、緋色の瞳を持った女だ。

 アーシェリーとの因縁を持ち、地球で葬り去られたはずの覚醒者――しかしその姿は、かつてのアレクシアと似ているようでいて非なるものであった。


「フフフ……私が死んだとでも? まぁ、確かにそれは当たってるんだけどね」


 以前のライダースーツではなく黒の軍服調の服をまとった彼女は、()()()()()()()()を掻き上げた。

 漆黒の中に浮かび上がる緋色の瞳――【統括者】を思わせる色合いでありながら、その毅然とした姿は特務執行官に通ずるものがある。

【ハイペリオン】はすかさず、その手に収束していたエネルギーを砲弾のように繰り出す。

 周囲の空気を震わせて進んだエネルギー弾は女に直撃するかと思われたが、口元に笑みを浮かべつつ女が腕を突き出すと、それは霧のように消えてしまった。


「なに!?」

「人の話も聞かずに攻撃なんて、ずいぶん嫌われたものね」


 驚きに目を見開く【ハイペリオン】に、女は高速で突っ込んできた。

 そのまま繰り出された回し蹴りが、【統括者】に叩き込まれる。

 物理的に触れることすらできないはずの黒い影が、なぜか激しく後方へ吹き飛ばされた。


「な、なんだこれは!? 混沌の力ではない……!?【秩序の光】!? いや違う。もっと……!?」


 すぐに体勢を立て直すものの、【ハイペリオン】は普段の言葉遣いを完全に忘れ、戦慄に満ちた声を上げた。

 彼の肉体とも呼べる影の一部が歪んだように形を失い、黒い霧と化している。

 そんな彼に対し、アレクシアの姿をした女は愉快そうに笑う。


「フフフ……お前にしては珍しく動揺しているわね。そんなにビックリしたかしら?」

「アレクシア……どういうことだ!? お前はいったい……!?」

「説明すると長くなるけど、一言だけ言わせてもらうなら……私はもう、アレクシア=ステイシスじゃないってことかしら」


 そう言うと彼女はルナルの傍らに移動し、その傷付いた身体を抱き上げた。

 そして、血を思わせる緋色の瞳を閃かせる。


「私は生まれ変わったの。今の私は……【エリス】」

「【エリス】だと!?」


 次の瞬間、空に穴のような黒い渦が生まれる。

 ふわりとその姿を浮かび上がらせながら、女は威圧的な空気と共に告げる。



「我は憎悪……災厄の使者。深闇(しんあん)より出で、復讐の名の下にすべてを葬り去る者……我が名は、虚無の断罪者【エリス】」



 それはまるで、特務執行官のような名乗りの文言であった。

 そしてそのまま【エリス】は、黒い渦の中へと身を沈めていく。


「今日は挨拶代わりよ。【ハイペリオン】に、特務執行官……この女はもらっていくわ」

「なに!?」

「今度会う時は、もっとゆっくり相手をしてあげる……」


 あとを追うべく宙に飛び上がった【ハイペリオン】だが、その動きは一足遅かった。

 甲高い笑い声を残しながら女たちの姿は消え、辺りには変わらぬ空が戻ってくる。


「【エリス】だって!? あの力はなんだ……!? それにこの僕が、出し抜かれるなんて……!!」


 口調こそ戻ったものの、悔しげな感情を覗かせた【ハイペリオン】は金眼に強い憤りを浮かべつつ、その姿を消す。

 そしてその場には、ただ一人シュメイスだけが残された。


「助かった、のか……? しかし、どういうことだ? あの女……【エリス】ってのはいったい?」


 危機は脱したものの、続けざまに襲ってきた驚愕の事実に、彼は呆然とつぶやくのみだった。


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