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APOLLON -灼熱の特務執行官-  作者: 双首蒼竜
FILE EX3 月は闇に揺れ動く
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(11)戦いの向かう先


 夜の闇の中、ダイゴは無人のビルの屋上で再び【ハイペリオン】と向き合っていた。

 金眼の【統括者】の傍らには、赤い目をした黒い影――【イアペトス】の姿もある。


「へぇ……つまりダイゴは、僕たちに力を貸して欲しいと言うんだね?」

「誠に恐れながら……御身の手を煩わせるような真似はしたくないのですが……」


 跪いた状態でダイゴは告げる。

 彼がセレスト・セブン襲撃計画の切り札と考えたのは、他でもない【統括者】たちであった。

 確かに戦力として考えた場合、これほど頼もしい存在はいない。

 ただ、下僕であるはずのダイゴが主を手駒と考えたことは、【統括者】たちとしても意外なことであった。


「フフフ……まさか君がそんなことを言い出すとはね。なかなか興味深いよ……」


【ハイペリオン】はいつも通りのようでありながら、どこか感情を読ませない口調でつぶやく。

 それに対し、傲然(ごうぜん)とした様子で答えたのは【イアペトス】だ。


「面白いではないか……その話、我が乗るとしよう」

「やれやれ……君もそんなに暴れたいのかい?」

「無論だ。こうしてじっとしているのは性に合わんのでな」


 その声は、どこか嬉々としている。

 彼自身、小細工を弄するタイプではなく、立場の違いやその思惑といったものも気にしていないようだ。

 そんな仲間を見て肩を竦めるように【ハイペリオン】はつぶやく。


「ま、いいだろう。君にとっても良いウォーミングアップになるかもしれない。ダイゴ……【イアペトス】が力を貸してくれるようだよ」

「ありがとうございます」

「それと、ひとつ気になったことがあるから伝えておこうか」

「は……なんでございましょう?」


 そこでわずかに顔を上げたダイゴは、すぐ目の前に主の金眼が近づいたことに気付く。

 続いて囁くように【ハイペリオン】が放った言葉は、彼にとっても意外なものであった。


「まさか……? そのようなことが……!?」


 驚きに目を見開く下僕を再び見下ろしながら、【ハイペリオン】はわずかに笑ったようだった。


「まぁ、ここでせっかくの計画を台無しにされるのも面白くはないよね。だからそこは、僕が力を貸してあげるよ……」






 同じ頃、半日ほど時差のあるスペースコロニー・イプシロンの宇宙港では、出発の準備をしているシャトルがあった。

 通常の旅客用シャトルではなく、政府関係者などのVIPが使用するシャトルである。

 イプシロン特有とも言える厳重な警戒の中、乗降ゲートへ向かうのは白い軍服調の服装に身を包む人間たちだ。

 その胸元にはCKOを表す徽章が輝いている。


「統括司令……今更なお話ですが、今回の視察は見送られたほうが良かったのではありませんか?」


 その内の一人である金髪の女性が、傍らを歩く老年の男に語り掛ける。

 男はわずかにヒゲを弄びながら、女性にわずか視線を向ける。


「君も意外と心配性だな。だが、ここまで来て中止にはできん」


 その男――CKO統括司令のアルベルト=グラングは、落ち着いた口調で答えた。


「細かいことは専門家たちに任せれば良いが、【宵の明星】による襲撃がいかに苛烈なものであったかは、この目で確認しておきたいのだよ」

「しかし……」

「上でふんぞり返っているだけでは、見えないこともある。今後の被害を最小限に食い止めるためにも、上辺だけの情報で判断することは危険なのだ」


 そう言う男の瞳には、強い意思と同時にわずかな後悔も垣間見える。

 これまで長いこと【宵の明星】の襲撃を退けてきたがゆえに、セレスト・ワン襲撃時にも一律な対応を取ってしまった。

 危機感が薄かったのである。敵を侮らず、もっと戦況の変化を敏に感じ取っていたなら、甚大な被害は防げたかもしれないのだ。


「それに万一危険なことが起きたとしても、私には信頼できる部下たちがいる。もちろん君も含めてな……頼りにしているぞ。フォートベルク副司令」

「……かしこまりました」


 そんな男の思いを感じ取りながら、金髪の女性――イレーヌは嘆息する。

 彼女の脳裏には、先刻オリンポスとやり取りした通信の内容が蘇っていた。





「セレスト・セブンの襲撃計画ですか?」

『そうだ。シュメイスとルナルが調べてくれた情報だ』


 ライザスよりもたらされたその情報は、あまり感情を表に見せないイレーヌにしても意外なものであった。


「この警戒が強まっている今を狙ってセレスト最大の採掘プラントを襲撃するというのも、妙な話ですね」

『うむ……普通に考えればな。だが……』


 光の向こうでライザスは頷くと、手を軽く振る仕草をする。

 すると、イレーヌの目の前に一枚のスクリーンが浮かび上がった。


『イレーヌ、奴らの襲撃実行予定としている日時を見て欲しい。なにか気付かんか?』


 その内容を確認したイレーヌは、上官の言葉を受けてわずかに眉を動かす。


「これは……専門家会議の視察団によるセレスト・ワン視察の日時に近いですね」

『そうだ。本来なら専門家会議の視察団をどうこうしたところで、【宵の明星】側にさほどのメリットがあるとは思えん』


 息をつきつつ言葉を紡いだライザスは、そこでわずかに身を乗り出すようにしながら問い掛ける。


『しかし、今回の視察には統括司令のグラング殿も同行されると聞いた。それは間違いないか?』

「はい。それは確か……!? 待って下さい。司令、まさか……?」

『うむ。【宵の明星】が急遽セレスト・セブンの襲撃を計画した背景には、グラング殿の生命を狙う目的があるのではないかと推察できる』


 驚きに目を見開いた部下に対し、彼は自らの考えを語る。

 アルベルト=グラングは長いことCKOの最高責任者を務め、特に【宵の明星】の活動には率先して対応してきた。

 そんな彼は普段イプシロンにいることが多く、人前に姿を見せることはほぼない。しかし今回のセレスト・ワン陥落で、自らその現場を視察すべく行動を起こそうとしている。

 どこからその情報を得たかはさておき、煮え湯を飲まされ続けてきた反政府組織にとっては、今までの借りを返す千載一遇のチャンスと言えたのだ。


『ただ、そのままでは成功の可能性は低い。しかし、セレスト・セブン襲撃という盛大な囮を用意できたなら……?』

「CKOの在住戦力は一時的とはいえ、そちらに集中する。必然的に統括司令の護衛も手薄となる。【宵の明星】は、そのタイミングを狙うつもりだと……?」

『確証はないがな』


 ライザスの言葉に頷きながら、イレーヌは表情を厳しくする。

 今のはあくまでも推察に過ぎない。しかし、早急過ぎる襲撃計画の裏を考えれば、これ以上納得できる話もないと思えた。


「わかりました。私から統括司令にはお話してみますが……視察を中止にするかはわかりません。一度信念をもって決めたことは覆さない……あの方は、そういう方ですから」


 わずかに瞑目したあと、イレーヌは苦い口調でつぶやいた。

 アルベルトという男のことを近くで一番見てきているだけに、彼女はその説得が難しいものであることを実感していた。

 それはライザスも理解していたようだ。麗しい金髪の部下を見つめ、彼は決然としたように言い放つ。


『わかっている。だが、イレーヌ……もし万が一の事態が起こったならその時は構わん。()()()()()をもって、グラング殿を守りたまえ』

「司令……! ですが、いかに【宵の明星】が敵対勢力でも、特務執行官である私が人間と戦うわけにはいきません! それはオリンポスの存在意義に反してしまいます!」


 その言葉には、さすがのイレーヌも驚き反発した。

 整った顔に、怒りにも似た表情が浮かぶ。


『君の言うことはもっともだ。しかし、世の乱れは混沌の力を高めることにも繋がる。【統括者】が現れ、新種のカオスレイダーも生まれた今、状況は以前にも増して逼迫(ひっぱく)している……』


 光の向こうで嘆息したライザスは、その反論に静かな口調で返した。

 そこには、彼の持つ苦悩がわずかに感じ取れた。


『別に人殺しをしろと言っているのではない。力を振るうことをためらうなと言っているのだ。我々にとってもグラング殿は重要な人物……ここで失うわけにはいかんのだ』


 相手の瞳をじっと見つめながら、彼は続ける。

 次いで放たれた言葉には、どこか温かみを感じさせる響きがこもっていた。


『それに……君ならうまくやってくれると信じている。昔から、その辺りの手際の良さはお手の物だったろう?』

「ライザス……あなたという人は本当に……もう……」


 イレーヌは息をつきながら、どこか呆れたようにつぶやく。

 それは常に厳然とした彼女と異なり、親しい間柄とも言える空気をまとった言葉であった。


「了解しました。統括司令のことは、私が守ります」

『よろしく頼む。こちらは襲撃作戦の阻止に専念しよう』


 ライザスは最後に再び表情を引き締めると、通信を終了した。

 光が去り一人となった空間の中で、イレーヌは窓の外を眺め思う。


(セレスト・セブン襲撃計画……その裏にある【宵の明星】と混沌側の思惑……)


 その目に映る光景は平穏であり、これからも変わることのないもの――変わって欲しくないものだ。

 しかしその平穏の影には、血生臭く悪意に満ちた思いと、それを望む者たちの存在がある。


(人の悪意と結びつき、力を強めていくカオスレイダー……果たしてこの戦いは、どこへ向かおうとしているのだろう?)


 迫りくる嵐を予感しながら、金髪の特務執行官はその視線を天に投げかけた。


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