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APOLLON -灼熱の特務執行官-  作者: 双首蒼竜
FILE EX3 月は闇に揺れ動く
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(8)新たな計画


 フェリアに偽装しマンションを出たルナルは、その後とあるホテルの最上階にあるレストランを訪れていた。

 面積こそ広くないが、火星産の材木を使った内装は温かみに満ちており、同時に洒落た雰囲気もかもし出している。

 セレストでも通好みの人間たちに人気のある店であり、SSS代表のイーゲルも良く通う店だった。


「遅くなって申し訳ありません」


 その店に入り、窓際に面したテーブルに案内されたルナルは、すでにそこに座っていたイーゲルに深々と頭を下げた。


「いや、美人に待たされるのは悪くないものだよ。もっとも、君にしては珍しいとは思ったがね」


 わずかに笑んだイーゲルはすっと立ち上がると、対面の椅子を引く。

 少し頬を赤らめつつ――正確にはそのように見えるよう外面を操作しながら、ルナルは促されるままに席に着く。


(この男がイーゲル=ライオット……SSSのトップか。一見、紳士的だけど……)


 改めて向かいに座った男を観察しながら、ルナルは思う。

 立ち振舞いや態度などは洗練された印象を受ける。見た目も雰囲気も落ち着いており、第一印象は良い部類に入るだろう。

 ただ、同時にその鋭い目の奥にはわずかばかり剣呑な輝きが垣間見え、見る者が見れば油断のならない人物と考えたかもしれない。

 特務執行官としてそれなりに人を観察してきたルナルとしても、抱いた印象は後者のほうが強かった。


「しかし、こうして君とディナーをするのも久しぶりだな。フェリア……」


 食前酒のグラスを合わせたあと、それを傾けながらイーゲルは切り出す。

 わずかに愛想笑いを浮かべつつ、ルナルはそれに答えた。


「そうですね。ここしばらくは代表もお忙しい日が続いておりましたし……」

「おいおい、二人きりの時は代表は止めてくれと言っただろう?」

「そ……そう、でしたね。イーゲル……」


 ただ、返された言葉に彼女は思わずドキリとしてしまう。

 どうやら二人の間には、代表と秘書というだけでないプライベートな関係があるようだった。


迂闊(うかつ)……状況が状況だけに仕方なかったとはいえ、二人の関係はもう少し調べる必要があったわ……)


 運ばれてきた食事を楽しみつつ、他愛もない会話に興じる二人。

 その話をする中でルナルはいかに自然な会話をするかということに、意識を向ける羽目となった。






「では、三日後の十八時に襲撃計画を発動すると?」


 廃屋の一角で、ダイゴは訝しげに眉をひそめていた。

 前回と同じように彼の前にはコンピューターの端末があり、そこに【宵の明星】月支部長レイドリックの姿がある。


『そうだ。最大の採掘プラントであるセレスト・セブンを攻略することで、世間に我ら【宵の明星】の力を知らしめる』

「しかし、お言葉ですが……採掘プラントでも最重要視されているセレスト・セブンをこのタイミングで狙うのはいかがなものかと。政府側も今は警戒を強めている最中のはず……」


 次回作戦の詳細を聞くべく再度レイドリックと接触したダイゴだが、告げられた内容は相当に意外なものだった。

 セレスト・セブン――政府直轄の採掘プラントの中でも最大級の規模を誇る施設に襲撃を仕掛けようというのだ。

 それも日程が急な上、わざわざ警戒の強まっている中での決行だ。ダイゴでなくとも相手の正気を疑わずにいられなかっただろう。

 しかし、レイドリックの表情はまるで動かず、ただ鋭い視線と強い声音とを向けてくるのみだ。


『貴様は、我らの計画にケチをつけるつもりか? それとも自信がないということか?』

「いえ、そういうわけではありませんが……」

『ならば、従ってもらおう。これはすでに決定事項なのだ』


 有無を言わせぬ物言いで、画面の男はダイゴを牽制した。

 あくまで自分たちが主導権を握っているのだということを強調するように。


『決行日時は先ほど伝えた通り……そこでセレスト・セブンに攻撃を仕掛ける。今回はこちらも傭兵含めた多数の戦力を投入する。貴様らの要望を受け入れるかどうかは、この作戦における活躍次第ということだ』

「……かしこまりました」


 本来の立場や力の差はさておき、今のダイゴはSSSの参与でしかない。取引相手の意向を無視することはできなかった。

 その後、集合場所や段取りといった幾ばくかのやり取りを経たあと、レイドリックは健闘を祈るという言葉を最後に姿を消す。

 辺りに澱んだ静寂が戻り、モニターの弱い光のみがダイゴの顔を照らした。


(ずいぶんと強引なことだ。条件を厳しくすることで、この間の報酬増額の件を断りやすくする気か……)


 愛用の葉巻を取り出して火を灯しながら、彼はいまいましげに顔を歪める。

 思うように事が運ばないのは仕方のないことといえ、ここまで強引に押し切られる形となったのは、彼の人生でもそう多くはない。


(だが、そんなくだらない理由だけで無理な襲撃を推し進めはしまい。この計画の裏には、なんらかの思惑がある)


 ただ、彼は同時にレイドリックがなにかを隠していることに気付いていた。

 そもそもセレスト・ワンへの侵攻は、SSSが独自に行ったSPS兵のプレゼンだった。

 セレスト・セブンへの襲撃計画はその結果を受け、【宵の明星】側が即興で企てたものである可能性が高い。


(もっとも、ここでセレスト・セブンを攻略することは悪い話でもない。抵抗は厳しいだろうが、うまくいけば世情はより混乱する。混沌の力を強めるには良い機会か……)


 廃墟の部屋を出た彼は、待ち構えていた【宵の明星】の男たちに付き添われながら歩いていく。

 強い臭いの紫煙に顔をしかめる彼らを無視し、ダイゴは考えを巡らせる。


(問題は戦力の確保が急がれる点だな。セレスト・ワンの時のように投資家どもを巻き込んで準備している時間はない)


 今回の作戦計画で最も厄介と言えたのが、準備の時間がほとんどないという点にあった。

 SPSや新種カオスレイダーの性能は基となる人間の能力に左右されるものではないが、それを投与する人材の確保は容易ではないからだ。


(……とりあえずはイーゲルに掛け合うとするか。そして場合によっては……)


 外に出た彼の目に、星の闇が映る。

 どこか肌寒い空気に身を晒しながら、ダイゴはなにかを決意したかのように紅く光る眼で天を仰いだ。






 ある意味で油断のならなかったディナーを終え、再度フェリアのマンションへ帰宅したルナルは、ドアを閉めたと同時に大きなため息をついた。


(はぁ……なんとかボロは出さずに済んだかしら。任務と言えど、他人になり切るのは難しいわね……)


 彼女はベッドで眠る本物のフェリアの状態を確認すると、コンピューターの端末が置かれた机の前に座る。

 DNAデータを得たことで完全とも言える偽装を行えるようになったものの、残念ながらすべてにおいてフェリア=エーディルという人物になり切れるわけではない。

 なぜなら本来のフェリアが持つ記憶は、共有できないからだ。

 事前に調べた情報だけでフェリアを演じるには、再現できる幅があまりに狭い。勘の鋭い人間であれば、早い段階で気付かれてしまうだろう。


(でも、フェリアがイーゲルにとって、かなり近しい存在であることは確認できた。これなら早い内に敵の目的を探り当てることができそう……)


 もっともルナルとて、そう長いことフェリアを演じ続けるつもりはない。

 SSSの裏の顔を暴き、カオスレイダーとの繋がりと目的とを探り出せれば良いのだ。

 端末を操作し、イーゲルのスケジュールを確認したルナルは、そこに記されていたひとつの項目を見て目を細める。


(明日の予定……明日は参与との打ち合わせが予定されている。この参与が本当にダイゴ=オザキということなら……)

『抹殺しなければならない』

「くぅっっ!!」


 しかし、そこで再び彼女は襲ってきた頭痛に顔をしかめた。

 例の声が、より響きを増してルナルの心を苛む。


『抹殺……抹殺……すべて抹殺……』

「も、もう……やめてっっ!!」


 椅子から転げるように落ちた彼女は、誰に言うともなく叫ぶ。

 無限稼働炉が病んだ心臓のように不規則な鼓動を打ち、その苦しみの最中でルナルは本来の姿に戻ってしまう。

 やがて苦痛の時が過ぎ去ったあと、彼女は自身の状態が想像以上に悪いことに気付き、戦慄の伴った汗を垂らす。


(偽装が解けるなんて……無限稼働炉の制御にも影響が出始めているの? このままじゃまずい……もしイーゲルたちの前でこんなことになったら……!)


 机に手をかけて這い上がるように立ちながら、ルナルは最悪の状況を思い描き、暗澹たる思いに駆られた。


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