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APOLLON -灼熱の特務執行官-  作者: 双首蒼竜
FILE EX3 月は闇に揺れ動く
131/305

(7)苦悩の謎


 SSSの本社は、セレストに居を構えている。

 ただ、表向きの業務――人材派遣会社としては中堅どころの企業に過ぎず、社屋自体もビルの数フロアを借り切る程度のものでしかない。

 部署も多くなく潜入自体は容易と言えたものの、同時に社員全員の顔が知れ渡っているため、知らない人間が紛れ込めばすぐにわかってしまう。

 そういう意味では、アマンド・バイオテックへの潜入のように人知れず行動するのは難しいと言えた。


(人材派遣である以上、表向きの設備自体はそう必要ないってことね。そしてここから裏の業務の実態に迫ることも難しい)


 登録説明会参加者の立場でSSSにやってきたルナルは、周囲の様子を観察しながら思う。

 こうして見る限りではまったく普通の会社であり、スタッフや内部の雰囲気も平穏そのものだ。

 少なくとも、兵士の育成派遣といった裏の血生臭さを感じさせる要素はなにもない。


(カオスレイダーや【宵の明星】との繋がりを探るなら、やはりそれに関わる人物に接触することが一番ということね……)


 元より、表と裏の業務とに相関があるとは考えにくい。このままここにいても、埒はあかないだろう。

 次のアプローチをどうするか――それを考え始めたところでルナルは、ふと目を見開いた。

 なぜなら受付の辺りに、知った顔の人物が姿を見せたからである。


(あれは……フェリア=エーディル?)


 それは先刻、シュメイスが教えてくれたイーゲルの個人秘書の女であった。

 実際目の当たりにした赤毛の女性は、理知的で実務的な印象を受けるも、同時に少し明るげな雰囲気も漂わせている。


「あれ? フェリアさん、今日はすいぶん早いですね?」

「ええ……少し用事があってね。たまにはそういう日があっても良いでしょう?」

「へ~、とかなんとか言ってますけど、実はデートのお誘いなんじゃないですか? もしかして代表からとか?」

「な、なに言ってるの! 勝手な憶測は止めてちょうだい!」


 受付嬢と他愛もない会話を交わした彼女は、少し顔を赤らめながら社屋となるフロアを出ていく。

 その姿を目で追いながら、ルナルはわずかに笑みを浮かべた。


(どうやらこのまま帰宅するようね。これは好都合だわ……)


 不自然にならないよう人に紛れつつフロアを出ながら、彼女はフェリアのあとを追った。






 社屋のあるビルから数百メートルほど離れた場所に、フェリアのマンションはあった。

 佇まいはこぢんまりとしていたが、セキュリティ自体はかなり高度なものだ。どうやら女性入居者限定のマンションであるためらしい。

 もっともセキュリティの大半を無効化できる上、肉体を一時的に光子変換までできるルナルにとっては、まったく意味のないものではあったが。


「ふ~、ここ最近は多忙だったからなぁ……なんかこういう時間も久々」


 シャワールームから出てきたフェリアは、バスタオルを巻いただけの姿で息をつく。

 ほんのりと色づいた肌に水滴の滴る様は、なんとも言えぬ艶めかしさを感じさせる。


「でも、約束の時間まで四十分か。あまりのんびりしている暇はないわね」


 時計を確認してつぶやいた彼女は、クローゼットの扉を開ける。

 そこにはスーツに混じってフォーマルなドレスなども掛かっていた。その中から適当な服を選ぶべくハンガーを動かすフェリアだったが、ふと異質な気配に気付いて手を止める。


「あなたがフェリア=エーディルね」

「な!?」


 いきなり背後からかけられた声に驚く彼女に対し、その声の主――ルナルは速やかに当て身を食らわせる。

 特に身体強化されているわけでもなかったフェリアは、なす術もなく意識を失い、その場に崩れ落ちた。


「ずいぶん浮かれていたわね。生命を売り物にする人でなしのくせに……」


 半裸で横たわる女を見据え、ルナルはどこか憎悪すら感じさせる声でつぶやく。


「これでイーゲル=ライオットへ近付く手はずは整ったわね。あなたの姿……しばらく借りるわ」


 そのまま彼女はフェリアの頭部に手を当てると、ナノマシンを使ってDNAデータの採取を行う。

 同時に脳に麻酔をかけ、その意識がしばらく戻らないよう処理を施す。

 数分後、すべての行程を終えたルナルの姿は、見下ろすフェリアと瓜二つの姿へ変わっていた。


(麻酔の効果は、もって二十四時間といったところ……場合によっては再処理をしないといけないわね)


 フェリアを抱き上げてベッドに寝かせたルナルは、彼女の選ぼうとしていた服をスキャンし体表に構成する。

 このあとから彼女はイーゲルの秘書として振舞うことになるのだが、情報収集に時間がかかりそうなら定期的に麻酔処置の更新は必要となるだろう。

 ただ、ここがフェリアの自宅である以上、彼女が覚醒しない限り他者にすり替わりがバレる心配はまずない。

 予想よりも順調に事が運んだと思いつつ、ルナルが眠る女を一瞥して踵を返そうとした瞬間だった。


『抹殺しなければならない』

「くぅっ!?」


 あの声が、また彼女の脳裏に響き渡った。

 その場に崩れるように膝をついたルナルは、頭を抑えつつ歯を噛み締める。


『抹殺……すべて抹殺しなければならない』

「ううぅっ! もう、やめてっ!!」


 まるで鐘の音のように、声は頭の中で反響する。

 同時に襲い来る頭痛に耐えながら、ルナルはそれを振り払うべく叫びを上げる。

 視界が揺らぎ、無限稼働炉の鼓動が不規則になる中、彼女はただひたすらその苦しみに耐える。

 しばしあって声は徐々に遠ざかり、同時に苦痛も遠のいていった。


(お、治まった……の? でも……私は、いったいどうしてしまったの? これじゃ昔に……)


 脂汗を流しつつ荒く息をついたルナルは、自身の過去の記憶を掘り起こして身を震わせる。

 それは特務執行官になる前――人としての彼女が抱えていた苦しみの記憶であった。

 もう二度と思い出したくもなかった記憶――ただ、あの当時と比較して決定的に違っていたところは、彼女を傍で支える青年の不在にあった。


「兄様……助けて……」


 孤独の中、幽霊のように立ち上がった彼女は一言、か細くつぶやいた。






 ルナルがフェリアとの接触を図っていた頃、パンドラのライザスはここまでの調査報告をシュメイスより聞いていた。


「そうか。【宵の明星】と繋がりの深いSSSという企業に、あのダイゴ=オザキの影があるというのだな」

『はっ。まだ確証を掴めたわけではありませんが……その辺の真偽は、潜入捜査に入ったルナルからの連絡待ちです』


 光の渦の中、淡々と語る部下に、ライザスは神妙な面持ちで頷く。

【統括者】の下僕の暗躍に早々に辿り着くことができたのは僥倖だが、まだ敵の思惑は明らかになっていない。

 ルナルの潜入が成功してからが、ある意味本番と言えるだろう。


「うむ……だが、油断は禁物だ。ルナルにはくれぐれも慎重に捜査を進めるよう伝えてくれ」

『はっ……』


 ただ、注意を喚起した彼は、シュメイスがいつになく厳しい表情をしていることに気付いた。

 怪訝そうに眉をひそめ、彼は部下に問い掛ける。


「どうした? シュメイス……なにか問題でもあるのか?」

『問題というか、少し気になることがありましてね……』


 そうつぶやくと、シュメイスは先刻のルナルとの通信の際に覚えた違和感について報告する。


「ルナルの様子がおかしいと?」

『ええ……元々あいつは任務の際、別人のように冷静になる傾向はありました。しかし、今回のはそうでない気がするんです。俺の考え過ぎなら良いんですがね……』

「そうか……」


 そこまで聞いたところで、ライザスはなにかを思い出したように顎に手を当てる。


『司令……なにかご存じなんですか?』

「いや……ただ、それは確かに気になるところだな」


 シュメイスが訝しげに問い掛けてくるものの、実際は彼も明確な答えを持っているわけではなかった。

 ライザスが次いで放った言葉は、あくまで先の注意喚起の延長線上のものに過ぎなかった。


「シュメイス……ルナルの捕捉を怠るな。どのような不測の事態になろうとも、すぐ対応できるようにしておくのだ」

『はっ……了解しました』


 納得いかない様子のシュメイスではあったものの、それ以上の追及は意味のないことと気付いたらしい。

 わずかに敬礼を返しつつ姿を消した金髪の青年を見やりながら、ライザスはシートに深く背を預けた。


(ルナルは特務執行官としての最終調整の際も、極めて難航した経緯がある。どうやら彼女には我々の知らない秘密があるようだ……)


 無人となった空間で、彼は思う。

 全特務執行官の中で唯一、調整に膨大な時間がかかったのがルナルであった。

 当時もその原因ははっきりとしていなかったものの、結果的に覚醒できたため問題視しなかった部分はある。

 しかし、それはやはり捨て置くことではなかったのかもしれない。


(特務執行官の過去は、すべてが明るみになっているわけではない。ソルドよ……お前はこのことを知っているのか?)


 視線を上げたライザスは、恐らくその謎に一番近しいと思われる青年の顔を思い浮かべ、わずかに息をついた。


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