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APOLLON -灼熱の特務執行官-  作者: 双首蒼竜
FILE EX3 月は闇に揺れ動く
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(4)怒りと野望と


「SSSって企業の背後に、あのダイゴ=オザキ……【統括者】の下僕がいるですって?」


 電脳空間での情報収集を終え、古いアジトに戻ったシュメイスは、待ち構えていたルナルとその内容を共有していた。

 視線も厳しく問い掛けてきた美しき仲間を見返し、彼は嘆息気味に告げる。


「ああ。断言できる情報ではないが、九割方は当たってると思うね」


 冷たい輝きが、青年の顔を照らす。

 そこにはいつにない神妙な面持ちがあった。

 ルナルはメモリーデータを検索したあと、少し訝しげに言葉を継ぐ。


「そもそも、そのSSSって会社はいったいなんなの? 人材派遣業ってことはわかったけど……」


 どうやら彼女の持ち合わせる情報の中では、そこまでのデータしか存在していないようだった。

 世間の認識におけるSSSは一介の中小企業に過ぎず、アマンド・バイオテックのように知名度も高くはない。

 無理もないことだと思いつつ、シュメイスは補足する。


「それは表向きの話だな。実際、裏では戦争のための人材を貸し出している……言ってみりゃ傭兵斡旋業に近い」

「近いっていうのは?」

「ああ。傭兵に仕事を紹介するんじゃなく、SSS自体が兵を貸し出すのさ」


 その言葉に、ルナルの表情はますます訝しさを増した。

 兵を貸し出すということはつまり、会社自体に戦闘に習熟した者たちが集っていることになる。


「それってつまり、SSS自体が軍隊並みの人材を抱えているってこと?」

「言い得て妙だが、そういうことになる。【宵の明星】の作戦行動には、奴らの兵士が多く参加しているな」


 シュメイスは自らのメモリーデータを参照しながら答える。

 彼自身が蓄えるデータは裏社会からの情報も加味されている分、ひとつの事柄に対しても段違いの精度と量を誇る。

 戦域情報管理官としての面目躍如ともいえる。


「でも、そんな人材をいったいどこから確保しているのよ?」

「詳しい内情まではわかってないが……SSSは独自に兵士を育成しているらしい。その人員の確保は浮浪者や犯罪者に始まり、孤児なども含まれるみたいだ」


 ただ、どう考えてもまともではないと思われる企業の在り様に、彼自身も嫌悪感を示しているようだった。

 その中でルナルが強く反応したのは、あるひとつの単語であった。


「孤児……ですって?」

「ああ。噂では、一部の孤児院を買収したりもしてるようだな。まだ社会に染まり切っていない子供たちなら、兵士としての育成も容易ってことだろうな」

「!? ふざけないで! シュメイス!!」


 唐突に美眉を吊り上げたルナルは、シュメイスの襟首を掴む。

 その銀の瞳にはいつにない熱がこもっているように感じられた。

 さすがの金髪の青年も驚いたように、目を見開く。


「お……おいおい、どうしたんだ!? ルナル、落ち着けよ!!」

「あ……ご、ごめんなさい! つい……」


 はたと我に返ったルナルは慌てて手を引っ込めながら、謝罪する。

 ソルド絡みで感情的になった彼女を見慣れていたシュメイスだが、今の激昂ぶりはそれ以上に激しいものだった。

 息をつきつつ乱れた襟を正しながら、彼は改めて言葉を紡いだ。


「まぁとにかく、これで取っ掛かりは掴めたわけだ。まずはSSSを調べることから始めようぜ」

「わかったわ。なら、シュメイス……私がSSSに潜入する。ダイゴ=オザキの件も含め、奴らの内情を全部暴き出してやるわ」

「……えらく気合入ってんな。ま、そういうことなら俺は外からのフォローに回るか……」


 謝罪こそしたものの、いまだにルナルの表情は険しい。

 その様子に訝しさを覚えつつも怒りの理由に関しては触れることなく、シュメイスは続けた。


「だが、気をつけろよ。ダイゴ=オザキがいるなら、そこに【統括者】が絡んでもおかしくないからな……無理は禁物だぜ?」

「……わかっているわ」


 踵を返して廊下に歩み出ながら、ルナルは強い視線を中空に放つ。

 そこにはいまだ治まりを見せない激情の炎が灯っていた。


(孤児を兵士に育成するですって……! そんな奴ら、許すわけにはいかない……!)


 密やかに心中でつぶやきながら、彼女はその拳を強く握り締めていた。






 暖色の輝きに満ちた空間で、ダイゴ=オザキは窓の外を見つめていた。

 燻らせた葉巻の紫煙が、天井に向けて伸びていく。

 外に広がるのは整然とした街並みと、人工の光が無数に闇を照らす光景だ。それはいずこでも変わらない人の営みの証である。

 ただ、混沌の使者となった男にとって、それはなんの感慨も抱かせないものだ。人という種は混沌の礎となるべき無数の駒でしかない。

 瞳がわずかに紅い光を灯す中、背後から扉の開く音が聞こえた。


「ご苦労だったな。ダイゴ」


 振り向いたダイゴは、その先に同世代の男の姿を見る。金髪に鋭い目つきを持った男だ。

 豪勢な食事の並べられたテーブルを見据え、男はその視線でダイゴを促す。

 珍しく携帯型の灰皿に葉巻を収めたダイゴは、目の前の椅子に着席した。

 対面に座った金髪の男は、不敵な笑みを浮かべながら卓上のワインを互いのグラスに注ぐ。


「それで首尾はどうだった?」


 甲高い音が室内にわずかこだましたあと、男は話を切り出す。

 ダイゴはグラスを傾けたあと、普段通りの態度を崩さぬままに言う。


「半々といったところか。プラントの利用は認められたが、報酬の増額については難色を示された」


 ただ、その声には少しばかり不満げな響きがある。

 金髪の男は少し頷いたあと、手にしたグラスを空にして卓上に置いた。


「意外だな。お前でも交渉に手こずることがあるとは……」

「まがりなりにも【宵の明星】の月支部を束ねる男だ。そう都合良くもいかん……ただ、ある条件を満たせば受け入れるとも言われたがな」

「ほう? その条件とは?」


 ダイゴはお返しに相手のグラスにワインを注ぐ。

 彼の奥に潜む紅に似た液体が、その顔を歪めて映し出す。


「近々、新たな侵攻作戦を実行するらしい。それに参加せよとな。作戦の結果次第では、こちらの提示した金額以上も考えるそうだ」

「フン……自分たちではなにもしないくせに、口だけは達者なことだ。都合良く利用されるなよ?」

「もちろんだ。利用するのは、あくまでこちら側だ……」


 そのまま二人は一時言葉を止め、眼前の料理を口に運んだ。

 どこか緊張感を漂わせつつも、穏やかに時は流れる。


「しかし、お前が突然やってきた時には驚いたぞ。世間では自殺などと言われていたからな」


 やがて食事を終え、再びの酒を楽しむ中、沈黙を破ったのは金髪の男だった。

 わずかに意外そうな表情を浮かべ、ダイゴは相手の顔を見やる。


「今更な話だな……まさかとは思うが、それを信じていたわけではあるまい?」

「もちろん、信じてなどおらんさ。お前が自殺など考えるタマか。ただ、持ってきた手土産は想定外だった」


 口元に笑みを浮かべた金髪の男は、思い返すように視線を漂わせる。


「アイダス=キルトの遺産――SPS細胞。あれを用いれば我々の兵士の性能向上も見込める。そしてかねてから世間を騒がせている異形の化け物……あれは相当に興味深いものだ」

「人が人らしくあるための世界を作る……お前の野望に、少しは役立ちそうか?」

「当然だ。だが、ひとつ聞かせてもらいたい」


 しかし、そこで男は笑みを消した。

 穏やかに流れていた空気も消え、そこには再び緊張感だけが満ちる。


「お前はなぜ、今になって私の元へ来た? 以前、誘った時には色好い返事はもらえなかっただろう?」

「……そうだな。当時は、時期尚早と思ったとだけ言っておこう」


 今度はダイゴが視線を漂わせる番だった。

 紅い輝きを瞳から消した混沌の下僕は、人としての彼だった記憶を思い返しつつ続ける。


「だが、今は違う。世は混乱に満ち溢れ、偽りの秩序は壊れつつある」


 カオスレイダーという名の災厄により、世界は常に混乱の渦中にあった。

 いかにオリンポスや特務執行官が奮闘しようとも、その災厄は消えてなくならない。

 それどころか混沌は力を増し続けている。彼の仕える【統括者】の意思の下に――。


「世界は変革しようとしているのさ……ならば私は、今こそお前の野望に力を貸そうと思った。これで納得してもらえるか?」

「……まぁ、いいだろう。私としては願ったり叶ったりな話ばかりだからな……」


 わずかに嘆息した金髪の男は、疑念を隠すようにつぶやいた。

 再びワインのボトルを持ち上げ、互いのグラスへと注ぐ。


「お前の力、貸してもらうぞ……古き友、ダイゴ=オザキよ」

「ご期待に沿えるよう、努力するよ。親愛なるイーゲル=ライオット……」


 改めてグラスを掲げた二人の男は、どこか懐かしげな視線を向け合いながら酒を傾けた。


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