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APOLLON -灼熱の特務執行官-  作者: 双首蒼竜
FILE EX3 月は闇に揺れ動く
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(2)闇に根付く者


 パンドラを離れたシュメイスたちは、月の表側にある採掘エリア・セレストに来ていた。

 月でも広大な面積を誇るそのエリアは、火星やレジデンスの大都市と比較しても遜色ない機能を持っており、外部からやってくる人間たちも多い。

 ただ、それゆえに雑多な人種が入り乱れており、お世辞にも治安が良いとは言えなかった。

 反政府組織【宵の明星】が活発な動きを見せていることもあり、人々の意識の中には常に危機感が付きまとっている場所なのだ。


「でも、繋がりを探れって言っても、どう手を付けたらいいのかしら?」


 人工物が大半を占める整然とした街路を歩みながら、ルナルはつぶやく。

 任務自体の重要性は理解しているが、実際に行動を起こそうとなると漠然とし過ぎていた。

 カオスレイダーや【統括者】は当然として、反政府組織も足取りを掴ませないことでは徹底していたからである。


「ま、正攻法で探りにいっても始まらないだろうな。ここは、蛇の道は蛇ってやつだ」


 シュメイスはそう言うと、とある街路の脇道に歩を進めていく。

 やや訝しげに思いながらも、ルナルはそのあとに続いた。

 どこか迷路にも似た道を数十分も進む中で、二人を囲む様相は徐々に変わっていく。美しかった表の街路と対照的に、薄汚れた退廃的な雰囲気が辺りに漂い始めた。

 周囲にいる人間たちもホームレスから始まり、陶然とした表情をしている麻薬中毒者、剣呑な殺気を放つ荒くれ者たちなど、まともに思えない連中ばかりだ。

 そんな中で二人の姿は、極めて異質に映るのだろう。奇異の視線をあちこちから感じながら、ルナルは居心地の悪そうな表情でシュメイスに問い掛ける。


「ねぇ、シュメイス。いったいどこに行くつもりなのよ?」

「そう慌てなさんなって。ほら、着いたぜ」


 答えたシュメイスの前には古びた建物があり、そこに地下へと続く階段があった。

 特に看板は出ていないため、なんの場所かはわからない。

 その階段を長々と降りていくと、やがて一直線に伸びて袋小路になっている通路に出る。

 左右の壁には、重苦しい鉄の扉がいくつか並んでいる。一番奥の扉の前まで進んだシュメイスは、その脇にあるコンソールを手早く操作した。

 重苦しい音を立て、頑強な扉が開く。

 少しカビ臭い空気を感じながら、二人はそのまま室内に足を踏み入れた。




 部屋の中は殺風景で、生活臭のまるでない空間だった。

 机と一体化した大型のコンピューター端末が壁際に鎮座し、狭い部屋の大半を占拠している。

 壁や床には無数のコードが伸び、それがあちこちに据え付けられた用途不明の電子機器に繋がっていた。

 シュメイスは端末の前にある椅子に慣れた様子で座ると、そのままコンソールを操作し始める。

 やがて無音だった室内に機械音が響き始め、冷たいランプの輝きが辺りを満たした。

 目を白黒させているルナルを尻目にシュメイスが操作を続行していると、やがて画面に一人の男の姿が映し出される。


『……あんたか』


 そこに現れたのは小太りな中年の男で、鼻の頭についたイボが特徴的だった。

 人懐っこそうな笑顔を浮かべる男に、シュメイスは手を上げて挨拶する。


「よ。毒蛇さん……相変わらずの太りっぷりだな。通り名、改名したほうがいいんじゃないか?」

『またそれかい。大きなお世話だよ。そもそも今更通り名変えたら、商売に響いちまう』


 毒蛇と呼ばれた男は苦笑めいた笑みを浮かべると、わずかに座っている椅子に背を預けた。


『で、こうして連絡してきたのは例の件についてかい?』

「ああ。あれからなにか進展はあったかと思ってな」


 シュメイスの言葉に、男は鼻の頭を掻きつつ頷く。


『まぁ、それなりにはってところだねぇ。ただ、通信で話すにはリスクの高い内容だ。できれば()()()()()()()()と助かるんだがね……』

「いいぜ。アドレスは例のところか?」

『そうだね。待ち合わせは十五時ピッタリということでどうだい?』

「了解だ。じゃ、あとでな」


 改めて手を上げたシュメイスがコンソールを叩くと、男の姿はふつりと消える。

 電子の輝きが彩る室内で、ルナルは再び問い掛けた。


「シュメイス……今のは?」


 訝しげな表情を見せる彼女に椅子ごと向き直り、シュメイスは軽く両手を広げた。


「裏社会じゃ名うての情報屋さ。通り名は【サイバー・バイパー】……ま、見た通りそんなカッコイイ名前にそぐわない豚野郎なんだけどな」

「情報屋ですって?」

「そうだ。【クロト】たちセントラルの情報網は確かに優秀だが、実のところ百パーセントってわけじゃない。点となるデータを大量に集めることができても、その点を結びつける線――情報の相関を探る力が不足しているんだ」


 答える彼の表情は、いつしか神妙な面持ちに変わっている。

 オリンポスの情報収集の要――セントラルの電脳人格たちのことを信頼している反面、彼女たちの抱える欠点をシュメイスは看破していた。

 それは良くも悪くも、彼女たちが人ではないという点にあった。


「人の心は複雑だ。特に悪意の下に成り立つ裏社会は、様々な思惑が飛び交う魔窟と言える。そんな中でしか得られない情報や相関――そういったものを探るには、その道のプロに任せるのが一番ってわけさ」

「なるほどね。でも、裏社会の情報屋って……なんでそんな相手と面識があるのよ? それに、そもそもこの部屋いったいなんなのよ?」

「おっと、ストップだ。それ以上は突っ込んじゃいけないプライベートだぜ……と言いたいところだが……」


 続けられたルナルの質問をシュメイスは遮るが、ふと思い直したのか少し間を置いて続ける。


「ここまで来て隠してもしょうがないな。ひとつ目の答えは、俺も奴と同じ穴のムジナだったこと。そしてふたつ目の答え……ここは俺の古巣だった場所のひとつだよ」


 そうつぶやいた彼の顔には、どこか懐かしむようでいて陰のある表情が浮かんでいた。






 時をやや異にして、シュメイスたちのいる場所から百キロ以上は離れたとある廃区画に、一人の男が足を踏み入れていた。

 そこは一般人の立ち入りそうもないところという意味では同じであったが、漂う雰囲気は異常に殺気立ったものがある。人の姿は見えないのに、数多の目に監視されているような感覚だ。

 しかし男は、そんな空気を気にした様子もない。

 紅い目を煌めかせ、全身に異様な圧迫感をみなぎらせた人ならざる男――ダイゴ=オザキにとって、この程度の場所は危険地域ですらなかった。

 やがて彼の前に、二人組の男たちが立ちはだかる。

 彼らに向けてわずかに頭を下げたダイゴは、その先導の下、古びた建物の中へと入っていった。




 建物の中に、ほぼ人の気配は感じられなかった。

 かつては人の住んでいた痕跡があったが、今は荒れ果ててあちこちに埃が積もっている。

 案内役と思われる二人の男たちも、ここの住人というわけではないようだ。

 階段を上がり、やや奥まった通路の先にある部屋の前へとやってきた一行は、そこで一度足を止めた。


「……入れ」


 端的に告げた一人の男の声に従い、ダイゴは室内に入る。

 そこはやはり殺風景な空間であり、これといった物も置かれていない。部屋の中央にわずか光を放つコンピューターの端末があるだけだ。

 案内の男たちが外から扉を閉めたことで室内に一人となったダイゴは、静かにたたずみながらその端末を見据える。

 やがてモニターが一際輝いたかと思うと、画面の向こうに一人の男が姿を現した。


『よく来たな。ダイゴ=オザキ……先日のプレゼンは、実に見事だった』


 その男は銀髪の中肉中背で、見た目も取り立てて特徴のない人物であった。

 しかしその瞳には、剣呑な輝きが垣間見える。


「お気に召して頂けたようで、なによりです」

『まさかセレスト・ワンを陥落させるとは思わなかった。久しぶりに胸のすく思いを味わったぞ』


 頭を下げたダイゴに男は愉快そうな笑みを浮かべて答えたが、その瞳は笑っていなかった。

 どこか品定めをするかのような鋭い視線が、混沌の下僕たる男に突き刺さる。


『あのエンリケスが評価したというSPS――アイダス=キルトの遺産か。噂には聞いていたが、恐るべきものだ』

「さすがは【宵の明星】の月支部長、レイドリック=バース殿だ。良くご存じでいらっしゃる」

『貴様もな……かつてアマンド・バイオテックの暗部を仕切っていただけのことはある』


 直接、対面しているわけでないにも関わらず、そこには一種不穏な空気が流れていた。

 戦いを繰り広げるように、両者は隙を見せぬ態度を崩さないまま、対談を続ける。


『で、貴様は今回の結果を経て、そのSPSを我らに売り込もうというわけか? あの奇妙な化け物と一緒に……』

「正確には少し違います。知っての通り、今の私はアマンド・バイオテックの人間ではない。とある企業の代理人でしてね……」

『とある企業だと?』


 そこでレイドリックと呼ばれた男は、眉をひそめる。

 ダイゴ=オザキという男が自殺という方便を取って姿をくらませたことは裏社会でも周知の事実だったが、彼の現在に関してはまったく知られていなかったのだ。


「そう……あなた方にとって身近な取引相手。SSSと言えばおわかりでしょう?」

『スリー・エスだと? まさか……!』

「はい。スローター・スタッフ・サービス――人殺しのための人材派遣会社。私はそこの参与として雇われたのですよ……」


 そこでダイゴは紅い瞳を細めつつ、口元に不気味な笑みを浮かべて告げるのだった。


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