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APOLLON -灼熱の特務執行官-  作者: 双首蒼竜
FILE EX3 月は闇に揺れ動く
125/305

(1)不穏な幕開け


 光あるところに、闇はある。

 愛のあるところに、憎悪はある。

 すべての物事は表裏一体――それは望む望まざるとに関わらず、厳然として存在するものだ。

 そして弾かれたコインのように、相反するものは容易くその姿を変える。

 それもまた、望む望まざるとに関わらず起こるものなのだ――。




 時はソルドたちが地球へ向かう少し前まで遡る。

 特務執行官【ヘラ】ことイレーヌからの進言を受けたライザスはボルトスたちとの意見交換後、シュメイスとルナルの二人を司令室に召喚していた。


「カオスレイダーと【宵の明星】の繋がりの調査ですか……」


 告げられた任務の内容に対し、シュメイスは特に表情を変えることもなく答える。

 普段の飄々とした感じは鳴りを潜め、風のない水面のような面持ちである。


「そうだ。そもそも無差別な破壊を行うカオスレイダーが人間の組織活動に荷担することなどあり得ない。裏に【統括者】の思惑があることは間違いないからな」

「そうでしょうね。ま、どっちも世の中を混乱させるって点では似通ってる気もしますが……」

「言い得て妙だな。だが、そんな曖昧な理由ではない確固たる裏付けが必要だ」


 やや皮肉げに放たれた部下の言葉にライザスは頷きつつも、厳しい表情で続ける。

 セレスト・ワン侵攻の裏に潜んでいた混沌の影――それはオリンポスにとって現状最優先の調査事項であった。


「ただ、【統括者】絡みということは、いつ戦闘になるかもわからない。そして【宵の明星】の月支部に関しても情報は少ないときている……」

「だから、俺たち二人で任務に当たって欲しい……そういうわけですね?」

「そういうことだ。オリンポスの中でも情報収集に長けた君たちでなければ、この任務は務まらん」


 そこで彼は、二人の特務執行官を交互に見つめた。

 実際、今までの調査任務の中ではトップクラスに危険な案件である。

 得体の知れない人類の敵と、現行政府に反抗する大型組織――どちらも一筋縄ではいかない相手だ。支援捜査官を起用しない時点で、ライザスがいかに高い危険度を想定しているかが窺える。

 冷たい雰囲気の漂う司令室に、電子機器の稼働音と三者の息遣いだけが響いた。


「任務の内容は以上だが……なにか不服があるのかね? ルナル?」


 ややあってライザスは、ここまで一言も発しないルナルに向けて問い掛けた。

 しかし、青髪の特務執行官はやはり口を開く様子がない。生真面目な彼女にしては珍しく、その立ち姿は魂の抜けた人形のようであった。

 見かねたシュメイスが肘で小突くと、そこでルナルは初めて気が付いたように目を見開く。


「え? あ、いえ……申し訳ありません! 任務の件、了解致しました」


 一応、話は聞こえていたようだが、その姿にライザスは大きくため息をついた。

 いつになく厳しい視線をルナルに向けながら、彼は強い口調で告げる。


「気もそぞろでは困るな。ルナル……掃討任務でないとはいえ、これはかなり重要な任務だ。気を引き締めて事に当たってもらわねばならん」

「はい……」

「特務執行官二人が戦線を抜けるということは、それだけ他の者の負担が増すということでもあるのだからな。私情に振り回されている時ではないぞ?」

「理解しています。大変、失礼致しました……」


 深々と頭を下げた部下に黒髪の司令官は静かに頷くと、改めて命令を下す。


「では、二人共すぐに月へ飛べ。カオスレイダーと反政府組織の繋がりを探り、その目的を洗い出すのだ。頼んだぞ。特務執行官【ヘルメス】に【アルテミス】よ」

「はっ!」


 その言葉を受け、二人の特務執行官は姿勢を正して敬礼を返すのだった。





「お前、ソルドのことを考えていただろ? 司令の前で、あの態度はさすがに厳禁だぜ」


 その後、カタパルトエリアに向かう途上でシュメイスはルナルに話しかけた。

 やや後ろを付くように歩いていたルナルは、そんな彼にムッとした表情で反論する。


「わ、わかってるわよ! そんなこと……」

「い~や、わかってなかっただろ。ま、あいつがグダグダ悩んでるのも珍しいから、気になるのはしょうがないけどな……」


 顔を向けることもなく、シュメイスは嘆息する。

 今のソルドの態度は彼としても意外であり、今までに見たこともない姿ではあった。

 ただ、彼としてはそれで自身の感情が揺らぐことはない。ルナルやロウガのように不安や憤りをあらわにしても意味はないし、解決の糸口が見つかるわけでもないからだ。

 そういう意味ではドライな考え方の持ち主と言えたが、それは冷たいことと必ずしも同義ではない。


「ただ、今はメルの言ったようにあいつを信じてやることだ。司令にも一応、考えがあるみたいだしな」

「司令の考え?」

「ああ。さっきボルトスからチラッと聞いたことなんだが……」


 そこでシュメイスは、司令室に行く途上ですれ違った褐色の男との話の内容を語る。

 かいつまんだ話しかできなかったが、それはソルドに対する今後の方策についてだった。


「兄様とアーシェリーを組ませるですって?」


 しばし黙ってそれを聞いていたルナルだが、どうやらそれは彼女にとって納得のいかない話だったらしい。

 訝しさとも憤りとも取れるように眉をひそめた彼女に初めて目を向け、シュメイスは続けた。


「ああ。前にお前、聞いただろ? あの二人の過去の経緯は……」

「ええ……一応はね」


 言われてルナルは、かつてソルド本人から聞いた話を思い出す。

 アーシェリーとの出会いと、彼女を目の前で死なせてしまったという事実を――。


「初の任務における犠牲者――今のソルドにとっちゃ、アーシェリーと顔を合わせるのも気まずいはずだ。けど、それが逆に現状打開の糸口になるって話らしい」

「なによ。それ……意味が分からない」

「トラウマの克服には、あえてトラウマの記憶を呼び起こすってのがあるらしいぜ? それに似てるかもな。荒療治には違いないが、悪くない話だと俺も思う」


 ほぼ予想通りの反応を返してきた青髪の女性に、シュメイスは補足するように言葉を繋ぐ。

 面倒なことではあったが、この辺の気配りができるところが彼が完全にドライでない人間の証だった。


「ま、お前としちゃ気に入らないかもしれないが、俺たちは俺たちでやれることをやるだけだ。しっかり頼むぜ。月の女神様?」

「……わかったわ……」


 最後に冗談めかして付け加えるものの、彼はルナルの表情が沈んでいるわけでなく、暗く歪んだように見えたことが気になっていた。






 現実世界と異なる異相次元――光と闇が交互に渦巻く無限の空間の浮き島に、赤黒い波動が降り注いでいた。

 それは強大な混沌のエネルギーだ。島の中央にたたずむふたつの黒い影――その前で波動は収束し、卵と同様の形状となる。

 激しいスパークを巻き起こしながらその卵は力をみなぎらせる。

 やがて爆発するかのようにそれが弾けた瞬間、そこに三つ目となる新たな影が姿を現した。


「われは……われは、どうして……?」


 ふたつの影と比較するとまだおぼろげなその影は、目の辺りに赤い輝きを宿している。

 しかし、影自体の大きさは一回りほども違っている。人間的な表現を使うならば、体格の良い長身の影ということになるのだろう。


「やはり新種の力は素晴らしいね。復活に必要なエネルギーがここまで早く得られるとは……」

「むぅ……おまえ、は……?」

「久しぶりじゃないか。まずは君の帰還を歓迎するよ」


 そんなおぼろな同胞を見つめ、黄金の瞳を持つ影――【ハイペリオン】は、いつも通りの口調で告げる。

 しかし、相手はそれに答えることもなく呆然とした様子だ。

 その様子を見て、残りひとつの影――【テイアー】が、銀色の瞳を歪めた。


「まだ意識がまとまり切れていないようね……」

「復活当初はそんなものさ。君だってそうだったろ?」


 特に問題ないとばかりに【ハイペリオン】はつぶやく。

 秩序の戦士の手によって異相空間に散った【統括者】の意識は、混沌のエネルギーを得て元の形を取り戻す。

 しかし、形態の固着にはある程度の時間が必要であり、その影のような姿も力を取り戻すに従って濃さを増していくのだ。

 新種カオスレイダーの誕生によって混沌の力が高まりつつある現在、新たに現れた影が【統括者】としての機能を取り戻すのも、すぐの話だろう。


「なんにせよ、これで三人目だ。今後はイレギュラーに頼る必要もなくなりそうだね……」


 ただ、最後に【ハイペリオン】の放った言葉に、【テイアー】は憮然とした様子で沈黙するのであった。


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