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APOLLON -灼熱の特務執行官-  作者: 双首蒼竜
FILE6 変わるもの変わらないもの
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(16)憎悪に消える


 二人の女の戦いは、嵐の中の激突となった。

 闘志が交錯し、澄んでいた空に暗雲が立ち込める。

 轟く雷鳴に大気が震え、海が激しく荒れ狂う。

 秩序と混沌――ふたつの巨大な力がぶつかり合い、気候すらも容易く変える。


「死ねええぇぇぇえぇい!! アァシェリィィィィッッ!!」


 憎悪を滾らせて咆哮したアレクシアは、その姿をわずかばかり変じていた。

 肥大化し、そして怒声と共に振り下ろされた巨大な爪が、五条の真空の刃を生み出す。


「はああぁぁぁあぁぁぁぁっっ!!」


 対して気合の雄叫びを上げたアーシェリーは、銀の槍でその刃を薙ぎ払う。

 砕けた真空が衝撃波となり、海原に激しく亀裂を刻む。

 彼女の姿もまた、特務執行官の最終形態により鋼の異形と化している。

 凄まじいエネルギーをみなぎらせた緑のオーラが、炎のように全身から噴き上がっていた。


「ウオオオアアアァアアアァァァァァァァッッ!!」

「あああああああぁぁあああぁぁぁぁぁぁっっ!!」


 鋭い突きが光芒となり、薙ぎ払いの軌跡が三日月形の光跡となる。

 目にも止まらぬ攻防の中、時に轟音がこだまし、その瞬間に光は大きく弾ける。

 幾度となくそれが繰り返され、世界のすべてが泣き叫び震えながら、両者の死闘を演出する。

 一見、互角とも思える二人の戦い――しかし、実際は決してそうではなかった。


「グアァァッ!!」


 弾き飛ばされたアレクシアが、きりもみしながら落下する。

 その全身から緑の血を滴らせた彼女は、傷を再生しつつ体勢を立て直す。


「おのれ……アァシェリイィィィッッ!!」


 憎悪に満ちた紅い目が、宿敵の特務執行官を見つめる。

 アーシェリーはそんな彼女を瞳のない冷たい目で見下ろすだけだ。


「アレクシア……あなたの怒りと憎悪、凄まじいものです。ですが、それだけで私に勝つことはできないと知りなさい!!」

「ぬかせええぇぇえぇぇぇぇっっ!!」


 再生を終えたアレクシアが、再び凄まじい勢いで上昇する。

 アーシェリーはそんな彼女の突貫を見据え、破壊の波動を解き放つ。

 空を裂く渦となった波動は回避しようとするアレクシアを追うように動きを変え、その身体に突き刺さる。


「ウアアァァァアァァッッ!!」


 半身を吹き飛ばされバランスを失ったアレクシアが、大きな飛沫を上げて海へと落下した。


(……これで終わり、というわけにはいかなそうですね……)


 眼下の様子を見て、アーシェリーは内心つぶやく。

 アレクシアの能力の向上は凄まじく早い。この短時間で手に入れた翼を完全に使いこなし、空中戦闘に適応できるようになっている。

 そして憎悪を糧に噴き出す力は、かつてエルヴァンの埠頭で戦った時の数倍にまで膨れ上がっていた。

 ただ、その力をもってしても、特務執行官のA.C.Eモードには現状のところ及ばない。

 混沌の脅威を打ち砕くための最終形態は特務執行官にとっても最後の切り札であり、容易く超えられるものではないのだ。


(ですが、そう時間もない。これ以上は……)


 だからといって、優位に立つアーシェリーに焦燥がないわけではない。

 ソルドたちのことも気掛かりだが、A.C.Eモードは非常に制御が難しい諸刃の剣だ。

 今こうして浮遊しているだけでも、精神が音を立てて削り取られていくような感覚を彼女は味わっていた。

 このままではもって数分――その間に決着をつけなければ、意識を失ってしまうだろう。

 そうなれば、アレクシアの牙にかかるのは明白と言えた。


「アァシェリイイィィィィッッッ!!!」


 やがて海の中から飛び出したアレクシアは、更なる憎悪を滾らせて咆哮する。

 トレードマークであったライダースーツはもはや形もなく、緑の血管を浮き立たせた白磁の肌があらわになっている。

 しかしそこにかつての美しさは欠片もなく、筋肉が膨れ上がり身体のあちこちが隆起して悪魔のような様相を呈していた。

 手は爬虫類のように、足は猛禽のように変化し、爛々と輝く紅い目の下で裂けた口元からは無数の牙が覗いていた。

 カオスレイダーにふさわしい更なる異形化を遂げ、先ほどよりも速度を増した敵に対し、アーシェリーは接近戦で応じた。

 空に再び、激しい火花が弾ける。


「なにが……なにが勝てないだとぉぉ!! お前に私のなにがわかるうぅぅぅっっ!!!」


 槍と爪とでせり合いながら、ふたつの異形が顔を突き合わせる。

 両者の放つ熱量がぶつかり合い、周囲の空気が震えていた。


「あなたのことは……確かによく知りません。ですが……!」


 息がかかるほどにまで迫ったその距離を突き放すべく、アーシェリーは槍を振るうように押し出す。

 轟音と共に弾き飛ばされたアレクシアに対し、彼女は追撃すべく天を駆けた。


「人を愛する気持ちも……愛した人を失った絶望も、私は知っています!!」

「戯言をぬかすなあああぁぁぁああぁぁぁぁっっ!!!」


 しかし、その追撃にアレクシアは即座に反応する。

 彼女は足の爪で、突き出された槍の先端を器用に掴み取っていた。

 そのまま身を捻り、慣性を利用するようにして相手を投げ飛ばす。

 槍から手が離れたアーシェリーは、体勢を崩して宙に投げ出された。


「お前は、ロイスを殺したあああぁあぁぁあぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!」


 咆哮と共に放たれた真空斬撃が、すかさずアーシェリーを打ち据えていく。

 甲高い音と共に光が弾け、緑の異形が身体を揺るがせる。

 密度を増した装甲により傷は浅かったものの、仮面のような顔がわずかに歪んでいた。


「お前が、私の幸せを奪ったあああああああぁぁぁぁぁっっ!!!」


 そこでアレクシアは、足で掴んだ銀の槍を蹴るように投擲する。

 きらめきを残して飛んだそれは、狙い過たず相手の肩口に突き刺さる。

 噴き出した鮮血に、今度は明確な苦悶の表情をアーシェリーは見せる。


「お前の愛など、認めないいいいいいぃぃぃぃっっ!!!」


 どこか悲痛とも取れる叫びを上げて、アレクシアは無数の羽を撃ち放つ。

 鋭い弾丸と化したそれらはアーシェリーの身体に次々と突き刺さり、彼女の苦しみを加速させる。

 仮面の口から呻き声が漏れ、鋼鉄の異形が大きく傾いだ。


「だから、お前を殺してやるううぅぅぅっっ!!! アァシェリイィィィッッ!!!」


 それを好機と見たアレクシアは、翼を展開させて超高速で突っ込む。

 刃のように変じた鋭い貫き手が宿敵の心臓部を目掛けて、風を纏い突き出された。

 完全に反応のできない攻撃――憎悪に滾る心の中で、彼女は勝利を確信した。




 衝撃音が、空に響く。

 重なり合ったふたつの影がその瞬間、動きを止めた。




「か……は……っ!?」


 次いで放たれた呻き声と共に、宙に血が飛び散る。

 しかしそれは赤い鮮血ではなく、緑の輝きを帯びた血であった。


「……かかりましたね。アレクシア……」


 アーシェリーの静かな声が、宿敵に向けて放たれる。

 アレクシアの貫き手は、彼女の胸にわずか突き刺さったところで動きを止めていた。

 いや、正確には止められていた。

 激突の一歩手前、アーシェリーはその攻撃軌道と合わせるように新たな銀の槍を生成したのである。

 槍のリーチは当然貫き手よりも長く、カウンターとなった一撃は逆にアレクシアの胸を深々と貫いていた。


「これで、終わりです!!」


 驚愕に目を見開く相手を見据え、アーシェリーは波動のエネルギーを解放する。

 槍から放たれた力がアレクシアの内側で弾け、その身体を四散させる。

 砕けた身体各部のパーツが、次いで固有振動波の力で灰に変じていく。

 いかに高い再生能力を持とうとも、原子の塵と化してしまえばそれで終わりだ。


「アアァ……アァシェェェリィィィィィィィ……ッ!!!」


 その中で絶叫とも怨嗟とも取れる声を残しながら、唯一残された頭部だけがひび割れながら落下していく。

 飛沫を上げ海原へと消えたそれを、アーシェリーは憐憫を帯びた目で見つめていた。


(終わった……アレクシア……これで、あなたと私の因縁は……)


 A.C.Eモードを解除し、元の姿へと戻った彼女は滝のような汗をその顔に浮かべ、大きく息をつく。

 アレクシアの最後の猛攻は、最終形態の防御力すら貫く凄まじいものだった。あのまま戦いが長引けば、間違いなく勝敗の行方は逆になっていただろう。

 しかし決着を急ぐための焦燥の中でも、アーシェリーの判断は的確だった。あえてダメージを受け続け苦しむ様を演出することで、彼女は相手の不用意な突撃を誘ったのである。

 ぶつかり合っていた強大なエネルギーが消えたことで巻き起こっていた嵐は止み、辺りは何事もなかったかのように静けさを取り戻し始めている。

 海原に彼方から夕陽が光を投げかけ、赤と青が歪んで混じり合う。

 幻想的でもあり血の色にも似たその光景の中、アーシェリーはフジ島に向けて進路を取ろうとした。


(早く……はやく、ソルドたちのところ、へ……あぁ……)


 しかし想像以上に消耗し深い傷を負った彼女は、ほとんど進まない内に力尽き、意識を失って海に落下したのであった――。


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