(14)それぞれの覚悟
天空に舞い上がったアーシェリーを見つめ、アレクシアが凄まじい憎悪を解放する。
それは大気を震わせるほどのエネルギーとなって放たれた。
「愛だと!? 愛しているだと!? ふざけるなっっ!! アァシェリィィィィッッ!!」
その瞳を歪め、彼女は赤い翼をはためかせる。
巻き起こった強烈な旋風に真空の刃が入り混じり、周囲一帯に放たれる。
轟音と共に海が切り裂かれ、岩礁が音を立てて砕け散る。
「許さない……許さない!! アーシェリー! お前も! お前の大事なものも! すべて! 私が殺してやる!!」
響き渡る黒き絶叫が、女の憎悪を加速させる。
エネルギーフィールドで身を守りつつ、ソルドたちは戦慄を抱きながらアレクシアを見つめた。
彼女から放たれている力は、今までに二人が戦ったカオスレイダーを遥かに超越した凄まじいものだ。
さすがに【統括者】ほどの脅威は感じないとはいえ、まともに戦えば一人で勝てるかどうかもわからない相手だ。
「シェリー!」
「ソルド、来ないで下さい! これは私の戦い……彼女の憎しみは、私が絶ちます!」
しかしアーシェリーは、加勢すべく動こうとしたソルドを手で制した。
それは彼女自身の決意であると同時に、もうひとつの動きを察知したからでもあった。
海の中で蘇った強いエネルギー反応が、再び速度を上げて進行し始めたのだ。
(これは……あのカオスレイダーが、またフジ島へ向かっているだと!?)
先ほどまで戦っていたアオメクジラのカオスレイダーに違いなかった。
ソルドたち同様に傷を再生したであろう巨大な敵は、すでにフジ島の傍まで近付いていた。
「ソルドは早く、イサキちゃんたちのところへ!! 一緒に島の頂上まで逃げるんです!!」
「島の頂上……!?」
「いくらカオスレイダーとはいえ、アオメクジラは水棲動物です! 陸地に適応するには、時間がかかるはずです!」
今からでは敵を再び誘導できないと判断したアーシェリーは、そうソルドに告げる。
確かにカオスレイダーは元となる生物の能力に左右される傾向がある。高い適応性を持つとはいえ、すぐに陸上へ侵攻できるようにはならないはずだ。
ただ、それは既存のカオスレイダーの場合であり、新種にまでそれが当てはまるかはわからない。
「私もすぐに戻ります。それまでイサキちゃんたちをお願いします!」
「しかし……!」
「心配しなくても大丈夫です。私はここで死んだりしません!」
わずかに迷いを見せるソルドに、彼女は決意のこもった声で続けた。
それを聞いた青年の頭に、あることが思い浮かぶ。
「シェリー……? まさか!?」
「ですから、早く! 急がないと手遅れになります!」
「……わかった。待っているぞ……シェリー」
再度放たれた強い言葉にアーシェリーの覚悟を知ったソルドは、すぐにフジ島へ向けて飛んでいく。
その様子を見たアレクシアが、歪んだ目を向けて咆哮する。
「貴様……逃げるか!!」
「待ちなさい! アレクシア! あなたの相手は私です!!」
しかし、アーシェリーが目の前に立ち塞がったことで、その憎悪のすべては彼女へ向くこととなった。
更なる強さを増した風の中で、アレクシアの目と翼が輝きを増す。
「アーシェリー……いいだろう! お前をここで葬ってから、あの男も……みんなみんな殺してやる!!」
「アレクシア……そうはさせません! あなたとの因縁、そしてその憎しみも、ここですべて終わらせます!!」
そんな宿敵の果てしない憎悪を受け止め、アーシェリーもまた咆哮する。
槍を掲げた彼女の全身から緑色の強い光が、周囲に向けて放たれる。
それはアレクシアの放つエネルギーを押し退けるほどの、圧倒的な力の解放だった。
《FINAL-MODE AWAKENING……INFINITY-DRIVE OVER POWER……MORPHOLOGICAL CHANGE……》
無機質な声が響く。
同時にアーシェリーの姿が、人ならざるものへ変容していく。
鋼の外殻に身を包み、仮面のような表情となった彼女は緑の髪を振り乱すようになびかせる。
《FINAL-MODE……ABSOLUTE COSMOS ENFORCER……START-UP》
続いて爆発するように弾けた衝撃波が、周囲一帯に文字通りの嵐を引き起こす。
風が鳴き、海が激しく荒れ、宙に舞った飛沫が熱で蒸発して辺りを靄のように覆い尽くす。
「く……アーシェリー……お前っ!?」
その恐るべき力と異質な姿とに、さしものアレクシアも動揺を隠せなかった。
特務執行官の最終形態――A.C.Eモードを発動したアーシェリーは槍の切っ先を宿敵に向け、闘志と共に告げる。
「いきます! アレクシア!!」
そして彼女は、目の前の敵目掛けて突貫した。
フジ島の海岸付近に位置する集落――そこにあるダイモンの家では、イサキが頭を押さえてうずくまっていた。
『いさき……死ネ……混沌ニ……スベテヲ……!』
脳に直接語り掛けてくるかのような強い声が、少女を責め苛む。
目から涙を溢れさせ、全身をガタガタと震わせながら、イサキは床に小さな身体を押し付ける。
「く、くじらさん……やだ。やだよぉ……!」
『殺ス……殺スゾ……! オ前ハ死ヌノダ……いさきぃぃぃぃ……!!』
他の者の耳には聞こえない邪悪なる声が、脅える少女を更に追い詰める。
血相を変えたダイモンはイサキの傍らに駆け寄り、その身体を揺する。
「イサキ! どうしたんじゃ!?」
「こわい……こわいよ……! くろい……くろいこえがきこえるよぉ……!」
その時、ログハウスの入口が音を立てて開かれた。
そこに立っていたのは、わずかに息を切らせた赤い髪の青年――ソルドである。
「イサキ! ムラカミ博士!」
「若造?」
「早くここから避難を! カオスレイダーが来る!!」
詳しい説明をしている暇はないとばかりに、彼はまくし立てる。
そんなソルドに気付いたのか、イサキが泣きながらその胸に飛び込んできた。
「おにいちゃぁぁぁぁん!!」
「どうした!? イサキ!」
「くろいこえが、きこえるの……しね、しねって……! こわいよぉ!!」
「なんだって? 黒い声!?」
号泣しながら胸の中で震える少女を優しく抱き締め、ソルドは表情を厳しくする。
(それは恐らく、あのカオスレイダーの声か! イサキだけが、奴の声を聞き取れるということは……!)
敵は寄生対象であるアオメクジラの記憶と特性を残している。
同じ群れの仲間をすべて殺害した以上、唯一意思疎通のできるこの少女は、残された最後のターゲットと言えた。敵がフジ島目掛けて突き進んできたのも、すべてはそのためだ。
ますますもって猶予はないとソルドが思った矢先、外から凄まじい咆哮が聞こえてくる。
「ゴアアアアアァアァァァァァアアァァァッッ!!」
「くっ……! まさか、もう来たというのか!?」
扉口から外を垣間見たソルドは、そこに海岸から上がってこようとしている黒いクジラの姿を認める。
カオスレイダーとなって肥大化し、二十メートル近くになった巨体がのたうつように砂浜に乗り上げ、ヒレの部分が爪を持った野太い足へと変わり始めていた。
伸びたヒゲは無数に枝分かれしながら、太い触手へと変わっている。片目は潰されていたが、残されたもう一方の目は爛々と紅い輝きを放っていた。
まさに異形とも呼べる怪物に、姿を見た集落の住人たちが悲鳴を上げている。
「博士! イサキを連れて早く! ここは私が食い止める!!」
「若造!!」
「おにいちゃん!!」
イサキをダイモンに預けたソルドは外に飛び出すと、集落の人々にも避難を呼び掛けつつ砂浜に立つ。
黒い異形の行く手を塞ぐように仁王立ちになった彼は、力強さを取り戻した黄金の瞳で敵を見据えた。
「カオスレイダー! 貴様をこれ以上、先には行かせん!!」
「ゴアアアアアアァアァァァァァァアァァァ!!」
それに対して、カオスレイダーは紅い片目で青年を見返す。
そこにあったのは、相手に対する侮蔑にも似た感情だった。
(今の私では、大した炎も使えない……)
厳しい表情を浮かべ、ソルドは思う。
アーシェリーの想いを受けて闘志を取り戻したとはいえ、彼の力はいまだに戻らない。
陸上戦で多少条件が良くなったといっても、このままでは先の戦闘同様、敵に嬲られるのがオチだろう。
しかしそれは、彼の退く理由にはならない。
(コスモスティアよ……私を見放したのなら、それでも構わん。だが、今この時だけでも力を貸してくれ。イサキや罪なき人々を守るために……!!)
一時瞑目し、心の中で語り掛けながら、ソルドは強く大地を踏み締める。
自身の恐怖を圧倒的に凌駕する強靭な意思をみなぎらせ、彼は不退転の覚悟で戦いに臨んだ。




