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APOLLON -灼熱の特務執行官-  作者: 双首蒼竜
FILE1 それはかつて友だった
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(6)残された思いの行き先


 ゲストハウスの様相は、一変していた。

 虐殺と破壊の行われたホールは、すでにほとんど原型を留めていない。

 美しかった大理石の壁は亀裂だらけで、天井はすっぽりと抜けて星空が顔を覗かせている。

 床には粉々になったシャンデリアや無数の死体が転がり、埃にまみれた絨毯はあちこちに真紅の色が滲んでいた。

 内部の静寂に対して、外の喧騒は激しい。

 異変を察知した武装警官やマスコミ、逃げ延びたゲストや野次馬などでごった返してきているようだ。

 恐らくは数分もしないうちに、このホールに保安局の調査員も踏み込んでくるだろう。


「うぅ……ジョ、ジョニー……」


 ソルドたちが撤収を決めたその時、虚ろな意識の中にあったボリスの口から声が漏れた。


「あら……気がついたみたいね」

「う、うぅ……!? てっ、てめぇっ! てめぇ、ジョニーをっ!!」


 アルティナが覗き込むように身をかがめると、ボリスは急に目を見開き、左手の拳を握り締めた。

 だが、その動きをソルドの手が制す。


「いきなり女性に手をあげようとするのは感心しないな。もっとも、事情を聞く限りでは仕方のないことかもしれんが……」

「ぐ……」


 ボリスはいまいましげにソルドを睨みつけるが、その腕はびくとも動かない。

 まるで巨大な万力で押さえつけられているかのようだ。

 その力を行使している青年は、冷めた表情で超然としている。


「傷はふさいでおいたが、しばらくは安静だ。ここでおとなしくしているがいい」

「てめぇら、いったい何者なんだ!? ジョニーはどうした!?」

「彼ならもういない。私がさっき殺した……というよりは、彼だったものを滅ぼしたと言うべきか」

「なんだと!?」

「本当なら記憶を消すところだけど……あなたは一応、CKOの上層部門にいる人間だし、口外しないと言うのなら教えてあげるわ」


 激昂する男を静かに見つめたアルティナが、ソルドのあとを引き継いで言葉を続けた。


「私たちはCKOの最上級特務機関【オリンポス】に所属する者……人類最大の脅威となるカオスレイダーと戦っているわ」

「カオスレイダー……それはさっきも……」

「あなたの友人、ジョニー=ライモンの変化を見たでしょう? 人間に取り付き、負の感情を糧に成長、そして化け物として覚醒する寄生生命体……私たちはジョニーがカオスレイダーに取り付かれていることを突き止め、始末するためにやってきたのよ」

「くっ! だから、ジョニーを殺したってのか!? 助ける方法も考えずに!?」


 始末という言葉に、ボリスは冷ややかな意思を感じ取ったようだ。

 ホールで見せたアルティナの態度や行動は、間違いなくジョニーを殺害する目的あってのことだった。

 身体から失われた血の量など関係ないかのように彼は声を荒げるが、それに対する返答はシンプルだった。


「助ける? そんな方法はない」


 更に言葉を継いだソルドの表情は、変わらずに冷めている。

 猫のように輝く金の瞳が、ボリスの顔を凝視していた。


「カオスレイダーに取り付かれた者は、決して助からない。いずれ精神を食われ、化け物と化してしまうのだ。我々の任務は、奴らに取り付かれた人間を抹殺すること……それ以上でも、それ以下でもない」

「なんだと!? それじゃ、てめぇらもただの殺人鬼じゃねぇか!!」

「その通りだ。弁解をするつもりはない。しかし、そうしなければ人類は滅ぶ。我々は未来を守るため、あえて殺人者の汚名を被ることを選んでいるのだ」


 怒りを抑え切れないボリスに対し、ソルドは淡々と答えるだけだ。

 しかし、それは機械のように冷たいからではなく、狂気に犯されているからでもない。

 鋼のように強靭な意志が、感情という迷いの元を抑え込んでいる。

 その証拠にソルドの瞳には、わずかな憐憫が浮かんでいた。


「だから、あなたが私を悪党呼ばわりしたのは、間違ってないわね。けど、それは決して好きでやってるわけじゃないわ」


 アルティナの声も、わずかながらに沈んでいる。

 彼女の見せた殺意も冷酷さも、任務を果たす上での仮面のようなものなのか。

 今、見せているその姿からは、年相応の女性の苦悩しか感じられない。


「……だとしても……」


 ボリスは、唇を震わせる。

 理不尽なことに翻弄されるのは、彼のいる日常でもよくあることだ。

 任務のために私情を捨てる覚悟が生半可なものでないことも、彼は理解しているつもりだった。


「……だとしても、てめぇらがジョニーを殺したことに変わりはねぇ!! 俺は……俺はてめぇらを許さねぇ!! てめぇらはただの偽善者だ!!」


 それでもボリスは、己の感情に正直であることを選んだ。

 その叫びは、炎を越える憎悪に満ち満ちていた。

 かけがえのない友を失った悲しみ、志半ばで倒れざるを得なかった友の無念さを忘れないために、彼はソルドたちへの憎しみをあらわにした。

 それに対して、憎悪を向けられた赤髪の青年は静かに返答する。


「……そうだな。しかしひとつ訂正させてもらうなら、()()()()ではなく、()()()だ。彼を手にかけたのはこの私……恨むなら、この私だけを恨むがいい。このソルド=レイフォースをな」

「……なに!?」

「!? ソルド! あなた、また!!」

「人殺しの汚名をかぶるのは、人を捨てた者である我々の責務……今回の掃討に、彼女は直接関係していない。それだけは理解して欲しい」

「……お前……」


 思わぬ答えに、ボリスはそれ以上続けることができなかった。

 怒りを忘れたわけではない。

 ただ、すべての憎悪を受け止め背負うことをためらわない青年の姿に、そして仲間である女性の苦悩すらも引き受けようとする青年の姿に、心を奪われたのは事実だ。

 かたや激昂したのは、アルティナである。


「ちょっとソルドっ!! あなた、また勝手なことっっ!!」

「行くぞ……もうここに用はない」

「あ、ま、待ちなさいよっっ!!」


 だが、そんな彼女を無視して踵を返すと、ソルドは悠然と立ち去っていく。

 何者をも寄せ付けない雰囲気を持った背中――そこにボリスは、青年の背負う十字架を見たような気がした。


「オリンポス……それに、ソルド=レイフォース……か……ちっ……」


 赤髪の青年の名を心に刻むと、ボリスは再び床に倒れ込む。

 舞い上がる粉塵の中、大勢の人間たちの足音が響いてきていた。

 その音を呆然と聞きながら、彼はジョニーの姿を思い浮かべる。


「ジョニー……俺は……お前になにもしてやれなかった、な……お前を守ることも、救うことも……殺すことすらも……」


 カオスレイダーという化け物に食われ、未来も生命すらも失ってしまった親友。

 そんな友の死に加担し、最期を見届けるどころか無様に気を失っていた自分に歯痒さを覚える。

 あまりに無力な存在――そんな己を痛感しながら、ボリスは涙を流した。

 後悔と悲しみとを湛えた大粒の涙を。





「待って! ソルド!!」


 ゲストハウスを抜け出し人気のない緑地帯へと逃れ出たところで、アルティナは先を歩く青年に声をかけた。

 ここまでずっとその表情は憮然としたままである。

 わずかに振り向きながら、ソルドは極めて平然とした声で言う。


「どうした? アルティナ……」

「どうしたじゃないわ! また同じことを言わせるのっ!!」


 火星の月とも言えるフォボスの光に照らされたその顔は、心なしか上気しているように見えた。

 溢れる激情を、抑え切れないといった様子だ。

 しかし、ソルドは気にしたそぶりも見せない。

 なぜなら、彼女の怒りの理由はよく知っていたからである。


「確かに私たち、立場は違うわ! けど、背負うものは一緒のはずでしょ! そもそも人殺しの汚名なら、もう何度も被ったことよ! それなのに今さら自分だけ悪者ぶって……それこそただの偽善じゃないの!!」


 まくしたてる彼女の声は、裏返るほどだった。

 微かな吐息を漏らし、ソルドは静かに目を伏せる。


「そうだな。それでも私は同じことを言い続けるだろう。君はまだ人間だ。いずれこの暗闇から立ち去るその日のために……私はできる限りの罪や恨みを代わりに背負い続ける」

「そんなの……大きなお世話だわ!!」


 しかし、アルティナは頑なな態度を崩そうともしなかった。

 もう、何回かは繰り返された問答である。

 彼女と組んだ時は、いつもこうだとソルドは思う。

 支援捜査官としての誇りを持って職務に携わるアルティナを、もちろん信頼はしている。

 しかし、それとは別に彼女を遠ざけたいという思いもある。

 人智を超えた化け物を倒すのは、人を捨てた者である自分たちの使命である。

 特務執行官としての生を受けた時から、ソルドはその思いを強く持っていた。

 そして、まだ人である者たちには、幸せな人生を歩んで欲しいと思っている。

 なぜならそれが、人として生きることのできなくなった彼の、ただひとつの願いだからである。


「たとえ大きなお世話でも……私にはそんな生き方しかできん」


 どこか突き放すようにつぶやき、ソルドは再び歩き出す。

 その金色の瞳は、決して光の当たらない翳りの中にあるようだった。

 太陽の名を持ちながら、青年は決して輝く人生を送れない運命にあるのである。

 真紅の背中から目を逸らし、アルティナはぐっと唇を噛み締める。

 そのまま、近くの木に両手を叩きつけた。

 鈍い音と共にわずか舞い散った木の葉が、メッシュの髪をかすめていく。


「……バカよ……本当にバカなんだから……いつまで、経っても……」


 誰に聞こえるともなく、彼女はつぶやく。

 身体が震えるのは、寒さのせいばかりではない。

 どうしようもなく悔しくて。

 どうしようもなく切なくて。

 勝ち気な瞳に澄んだ輝きが揺れているのを知る者はなく、ただ天の光のみが優しくその横顔に降り注いでいた。





FILE 1 ― MISSION COMPLETE ―


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