(1)異形の侵攻
すべての物事には、転換点がある。
外的要因であれ内的なものであれ、それまでの在り方を変革せねばならない時は必ず訪れる。
それは組織の方針にせよ個人の心の在り方にせよ、同じことだ。
そして変革を為せなかったなら、その存在は朽ちて消えゆく運命を辿る。
無情の戦いでもまた、それは起こる。
世界を滅ぼそうとする混沌との戦いは、今まさに変革の時を迎えようとしていた。
天空に無数の星々が輝く空の下、喧騒と怒号が飛び交っていた。
それに混じって響いてくるのは、数多の銃撃の音。
更に重なるのは、重いものが倒れるような低い音と爆発の轟音である。
「野郎おぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
「この化け物がああぁあぁぁぁぁぁぁぁ!!」
軍服にボディアーマーを纏った兵士たちが、レーザーライフルを乱射している。
放たれた閃光が周囲を照らし、炸裂したそれがスパークを撒き散らす。
アーマーの胸元に刻印されたCKOの文字が、その中で煌めく。
彼らはCKO――秩序管理維持機構の中でも、高度な戦闘訓練と生体強化を受けた治安維持軍の陸戦部隊だ。
その中でも防衛任務を主体とした彼らは、通称ガーディナル・アーミーと呼ばれていた。
その彼らに相対している者たちは、人であって人でない者たちだ。
レーザーライフルの直撃をものともせず、剛腕を振りかざして走ってきた敵は緑色の肌をしていた。
軍服のようなものを着てはいるが、雑多な種類が入り混じり統一感はない。
一気に十メートル近い距離を詰めた異形の者たちは、ガーディナル・アーミーに容赦なく襲い掛かる。
兵士たちはすかさずライフルを捨て、レーザーカッターによる白兵戦に移行する。
「うおおおぉぉぉおおぉぉ!!!」
怒声と共に閃く光の刃。
しかし、緑の肌の男たちはその攻撃をものともしない。刃の食い込んだ肉体はほぼ瞬時に回復し、刃自体のエネルギーを取り込んでいく。
そして剛腕が振るわれると兵士たちの首があらぬ方向に曲がり、次の瞬間、大地に転がった。
「く! こ、こいつら……ぐわああぁあぁぁぁぁぁ!!!」
兵士たちとて生体強化を受けた戦闘集団であり、まともな人間では勝負にならないはずだった。
しかし彼らの力をもってしても、緑の肌の男たちには勝てない。
組み合った者は腕ごと破壊され、ダイヤモンドにも匹敵すると言われた超硬度のアーマーも拳の一撃で打ち砕かれる。
舞い散る仲間の血飛沫に、兵士たちは更なる恐慌をきたす。
「陣形を乱すな! 総員援護しつつ迎撃しろ! なんとしても奴らを食い止めるんだ!! これ以上プラントの破壊を許してはならん!!」
悲鳴に紛れるかのように、部隊長と思われる人物の命令が響く。
ただ、その声には明らかに悲壮な覚悟が窺えた。
血煙と黒煙とに包まれる中、立ち残る兵士の数は緑の肌の男たちの、わずか三分の一にも満たなくなっていた――。
戦いの場から数千キロ以上も離れた宇宙空間。
そこに浮かぶ小惑星パンドラの中心で、戦況を見守っている者たちがいた。
「味方の状況はどうなっている?」
特務機関オリンポスの司令であるライザスが、険しい顔で宙に向けて問い掛ける。
その彼が見上げる中空に浮いているのは、光を纏った黒髪の女性の姿だ。
『ガーディナル・アーミーは、ほぼ壊滅状態です。このままでは数分でセレスト・ワンは陥落します』
オリンポス・セントラルの電脳人格――【クロト】は、いつものような事務的口調で答えた。
職務に忠実なその姿は他の電脳人格よりも電脳人格らしかったが、少し冷たい印象を漂わせる。
もちろん、それを気にする者はここにいなかったし、そもそもそんな些細なことを気にしている状況でもない。
「思った以上に早い侵攻だ。これでは間に合わんか……」
「だが、ここで奴らを食い止めねば、他のプラントも危機に陥る。それに……」
わずかに歯噛みしたライザスに、頷いて答えたのはウェルザーだった。
彼はメインスクリーンとは別の画面を見つめながら、その内容をコンソールでチェックしている。
「見たところSPS兵だけに見えるが、一部で大規模な破壊活動が行われている。間違いなくカオスレイダーの仕業だ」
『はい。監視カメラに姿を捉えることはできていませんが、ふたつのポイントで強力なCW値を検出しています』
【クロト】がそれに同調するように言う。
二人の眺めている画面に目を向けたボルトスが、その目を細めた。
「いきなりこれほどのCW値を持ったカオスレイダーが二体も現れるとは……厄介な新種め!」
新種――ノーザンライトの事件で明らかになった改良型のカオスレイダー。
潜伏期間を必要とせず、人間を数分で覚醒させるという敵の出現は、オリンポスにとって恐るべき脅威であった。
更にSPSを並行で投与されたその敵は異常な戦闘力を誇り、A.C.Eモードを発動した特務執行官でない限り単騎制圧も困難である。
これらの事実により今までの捜査方法はほとんど意味のないものとなり、オリンポスは特務執行官の運用に関しても完全な見直しを余儀なくされた。
現にこの戦いの場にも、ライザスは三名の特務執行官を派遣している。
『【ヘルメス】、【アレス】、【デメテル】の三名が、あと三十秒でセレスト・ワンに到着します』
その三名の位置情報を把握する【クロト】が、続けて報告する。
ライザスは頷くと、すぐに伝達事項を命令した。
「わかった。即時、掃討と救助に当たるよう伝えてくれ。それとくれぐれも油断するなとな」
『了解しました』
スクリーンの向こうでは、惨劇の様相が加速している。
力尽きていく治安維持軍の兵士たちに祈りを捧げつつ、彼は強く拳を握り締めていた。
戦いと呼ぶのもおこがましい一方的な殺戮は、終わりを告げようとしていた。
ガーディナル・アーミーを率いる部隊長は、血だらけの身体を鋼鉄の支柱に預けながら、その腰を地に落とす。
「く……奴らはいったいなんなのだ……? これが本当に【宵の明星】の戦力なのか……?」
部下たちは、そのほとんどが戦死していた。
彼の傍らでかろうじて立ちながら武器を構えているのは、もう五名ばかりに過ぎない。
異常な能力を持った緑の肌の男たち――当初は敵対する反政府組織の侵攻部隊という話だったが、今はそれが本当かどうかも疑わしく感じられた。
漂う粉塵の中、整然と迫ってくる異形の軍勢は、その澱んだ瞳を生き残りの彼らに向けている。
もはや治安維持軍の兵士たちに、抵抗する余力は残っていなかった。
「ここまでなのか……」
部隊長が死を覚悟しつつも、目の前の敵たちを見据えたその瞬間だった。
天空から唐突に降り注いだ攻撃が、緑の肌の男たちに炸裂したのである。
風のような見えない刃が異形を細切れに切り刻み、轟音と共に爆発した爆弾が灼熱の炎で敵を焼き尽くす。
そして地を一閃するように生まれた亀裂が、直上にいた者たちを深き奈落へ叩き落とした。
一瞬、なにが起こったのか理解できない治安維持軍の兵士たちの前に、ゆっくりと三つの人影が降下する。
「かなり派手にやってくれたな。こりゃ……」
その内の一人である金髪の男が、辺りの惨状を見つめながら息をつく。
それに答えるように、紺の髪を持った男がボサボサの頭を掻きながら舌打ちした。
「チッ……混沌野郎どもが、いい気になりやがって……」
いきなり現れた謎の人間たちに、兵士たちは驚きを隠せない。
そんな彼らに栗色の長髪を持った女性が、穏やかに微笑みかける。
「生存者は、こちらにいらっしゃる方々だけのようですね。全滅しなかっただけでも、御の字というところでしょうか」
「あ、あんたたちは……」
絞り出すような声で問い掛ける部隊長に、金髪の男が端的に答えた。
「救援だよ。とりあえず逃げてくれ。あいつらの相手は、俺たちがする」
「無茶だ! この惨状がわからんのか!! 奴らは人間ではないのだぞ!!」
「フン。自我のないただのゾンビの集まりだろうが」
「それに人間でないという意味では、私たちも同じですからね」
必死な形相を見せる部隊長だが、三名の人間たちはまるで危機感を見せない。
彼らにとって、この状況は危機でもなんでもないと言わんばかりだ。
やがて緑の肌の男たちは新たに現れた者たちを敵と認識したのか、その目に歪な光を宿す。
「おっと……無駄話をしてる余裕はないみたいだな」
「いいぜ……とりあえずやろうじゃねぇか。ゾンビは、まとめてミンチにしてやるよ」
金髪の男に答えた紺の髪の男が、前に進み出る。
その手に光と共に現れたのは、巨大な武器だ。六つの砲身を持つガトリング砲が炎の照り返しを受けて、鈍い輝きを放つ。
「ミンチは結構だが、気をつけろよ。ロウガ……こいつらそれなりに素早いからな」
「では、私が足止めしましょうか。その隙にまとめて掃討お願いしますね」
不敵に笑う男に続くように、あとの二人もその目に闘志の輝きを宿した。




