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APOLLON -灼熱の特務執行官-  作者: 双首蒼竜
FILE5 太陽の翳る時
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(23)業火の狼煙


 闇の中、ひとつの戦いは終わりを告げた。

 太陽の名を持った特務執行官は、悪意の塊たる【統括者】に打ち倒されてしまったのである。


「今ので死んだと思うけど、【秩序の光】はまだ残っている……片付けないといけないね」


 泰然と滞空する【ハイペリオン】がそうつぶやきつつ、地上に向かおうとしたその時であった。

 彼方から飛んできた二条の光が、その場に人の姿を取って顕現したのである。


「待て!【統括者】!!」


 ウェルザーの声が、鋭く放たれる。

 現れた二人の特務執行官の姿を認め、【ハイペリオン】は金の瞳を微かに歪めた。


「おや、君たちは……これは少しお遊びが長引いてしまったかな?」

「あんた……【テイアー】じゃないわね? 何者なの!?」


 前に戦った相手と同じ姿を持ちつつも異なる雰囲気を持つ敵に、サーナが油断なく問い掛ける。

 二人に改めて向き直りながら、【ハイペリオン】は答えた。


「僕の名は【ハイペリオン】……混沌の守護者さ」

「【ハイペリオン】だと……?」

「ソルド君は……ソルド君はどこ!?」

「ん? 特務執行官【アポロン】のことかい? 彼ならたった今、葬ってあげたところさ」


 続いた問いに彼はその手で下方を指し示し、嘲笑うように肩を揺らす。

 黒煙と砂塵で濃く煙る山に、赤髪の青年の姿を見つけることはできない。

 ウェルザーが簡易通信を用いて呼び掛けるものの、それにもまったく応答がない。

 特務執行官たちの顔色が、目に見えて変わった。


「まぁ、運が良ければ生きてるかもしれないけど……どのみち使い物にならないと思うよ」

「あ、あんた……よくも!!」

「待て、サーナ! 今はソルドを救え! ここは私が相手をする!」


 震える拳で敵に向かいかけたサーナを、ウェルザーが止めた。

 わずかに感じられるコスモスティアの反応から、ソルドの位置はほぼ特定できる。

 しかし【ハイペリオン】の言うように、恐らくは瀕死の状態にあるだろう。今、それを助けられる者は一人しかいない。

 その真意を汲み取ったサーナは歯噛みしつつも、すぐに地上に向けて飛んでいった。


「う~ん……別格の君となら、面白い戦いができそうなんだけどね」


 残されたウェルザーを見て【ハイペリオン】はつぶやくも、その口調はどこかつまらなそうだ。

 それは相手に不満があるわけでなく、彼自身の抱える事情によるものだった。


「でも、残念ながらタイムオーバーだ。僕たちもこれで暇じゃないんでね……」

「なに……?」


 ウェルザーが怪訝そうに眉をひそめたその時だった。

 燃え盛る山の端から、轟音が聞こえてきた。


「あれは!?」


 プリズム・レイクの付近から、巨大な物体が天に向かって昇ろうとしていた。

 大量の土砂を巻き上げながら姿を見せたそれは、三十メートルほどある大岩のような物体であった。

 それは赤い輝きを放ちながら脈動し、まるで生きているかのような印象を受ける。

 岩を挟むように地上には黒と緋色の影がおり、強力なエネルギーで岩を引き上げているようだった。

 その威容を見つめ、ウェルザーは驚愕をあらわにする。


「あれはまさか……カオスレイダーの……!」

「気付いたようだね。まぁ、君は実際、あの場にいたようだしね……」


 彼が驚いた理由は、それが記憶に深く刻まれたものであったからだ。

 人間だった最後の最後に犯した罪の記憶に紐づくもの――。


「君たちも不思議に思っていただろう? なぜ、この地に混沌の眷属が多く現れるのか……その答えがアレさ」


【ハイペリオン】が、説明するかのように言う。

 大岩の正体は、化石化した過去のカオスレイダーの遺骸であった。【統括者】の王によって混沌の種子と化したはずの小惑星パンドラの外殻であったものだ。

 恐らくはあの時に砕け散らなかった塊が、隕石となって落ちてきたのだろう。そして混沌の種子を多く宿した塊は、胞子のようにそれらをばら撒いていたのだ。

 ノーザンライトという地がカオスレイダーの大量発生地域となっていた理由が、そこにあった。


「あの外殻が、あれほどの規模で残されていたとは……!」

「そうだね。僕たちとしても意外ではあったよ」


 金眼の【統括者】は同調するように続けるも、すぐにその声が低いものに変わる。


「まぁ、そのおかげで新たなる種子を生み出すことができたんだけどね」

「新たなる種子……だと?」

「そう、混沌の眷属を手早く生み出すものさ。アレはそのための触媒として作り直したんだよ。少し時間はかかってしまったけどね……」


 眉をひそめたウェルザーを見据え、【ハイペリオン】は両腕を大きく広げた。


「でもこれで僕たちは、より効率的に事を進めることができるようになる。混沌をこの世界に広げるためにね……!」

「貴様!」

「特務執行官……いや、特務機関オリンポスと言おうか? 僕たちは改めて君たちに宣戦布告する。これからが本当の戦いの始まりさ!」


 どこか愉快そうに叫びながら、【ハイペリオン】は衝撃波を撃ち放つ。

 その一撃を重力場で防いだウェルザーは次の瞬間、彼方の大岩に向けて飛び去る敵の姿を認めていた。


「待て!【ハイペリオン】!!」


 追いすがるべく加速するウェルザーだが、その行動は一足遅かった。

 浮き上がった岩は、空に生まれた赤黒い空洞に吸い込まれていく途中だった。

 彼がその場に辿り着く頃には、【ハイペリオン】を含めた混沌の使者たちの姿は大岩と共にこの世界から消え去っていた。


(くっ……【統括者】め。ついに本腰を入れ始めたということか)


 敵の思惑を知ったウェルザーは戦慄を覚えながら、その拳を強く握り締めていた。

 遥か下方で起こっている惨劇の業火――そこから生まれた噴煙が、新たな戦いの始まりを告げる狼煙のように感じられた。






 微かな反応を頼りに地上に降りたサーナは、比較的短時間でソルドの居所を突き止めることができた。

 深いすり鉢状に抉れた地面の底――大量に堆積した土砂の中から、青年の手が出ていたからである。

 細胞活性で筋力を強化したサーナは周囲の土を掘り起こすと、腕を掴んで力任せに引っ張り上げる。

 やがて土中から現れたソルドの姿を見て、彼女は思わず息を呑んだ。


「ちょっと……なんてダメージなのよ。ソルド君がここまでやられるなんて……!」


 青年の姿は無残なものであった。

 身体のあちこちにひび割れのような傷が走り、溢れ出た大量の人工血液が全身を濡らしていた。

 腕や足はあらぬ方向に曲がり、まるで操り人形のような状態になっている。

 不幸中の幸いか無限稼働炉は無事であったが、その奥から感じられるコスモスティアの反応は非常に弱い。

 これでは傷を負ってなかったとしても、動くことはままならなかったろう。


「ここに来たのが、ルナルちゃんじゃなくて良かったわよ。こんな姿見たら半狂乱になっちゃうわ。きっと……」


 冗談めかしてつぶやくも目に真剣な輝きを宿したサーナは、早速治療を開始する。

 ナノマシンヒーリングと細胞活性能力を駆使し、損傷を修復していく。

 それでもソルドが元の姿を取り戻すまでは、かなりの時間を要した。


「ソルド君、ほら起きなさい! しっかりするのよ!」


 青年を揺さぶったり、頬を張ったりしながらサーナは語り掛ける。

 やがてわずかに身じろぎしたソルドは、ゆっくりとその目を開いた。


「わた、しは……」

「ソルド君、気が付いたのね!」

「サーナ……な、ぜ……?」


 弱々しい声を放つ彼に、サーナは安堵の息を漏らす。

 そこへ追撃から戻ってきたウェルザーが、音もなく降り立った。


「……どうやら無事だったか。まったくヒヤヒヤさせてくれる」

「本当よ。世話が焼けるんだから……この優しいお姉さんに、死ぬほど感謝しなさい」


 いつもの調子を取り戻して笑うサーナだったが、それに対するソルドの反応はない。

 それは無視しているというわけでなく、心ここにあらずといった感じだ。


「ソルド……ノーマンはどうした?」


 ウェルザーは、そんな彼の元に歩み寄って問い掛ける。

 もっとも、それは確認のようなものだった。ソルドの置かれていた状況やベルザスの惨状を目の当たりにすれば、老紳士がどうなったかは大体想像がつく。


「ノーマンは……死んだ……」

「……そうか……」

「そんな……」


 瞑目しながらウェルザーは、静かに息をつく。

 対照的にサーナは、わずかな動揺をその顔に宿していた。


「私は……やはり……不幸を……撒き散ら、す……存在、なの……だな……」


 虚ろな瞳で天を見つめ、ソルドが呆然とつぶやく。

 ウェルザーたちは、そこで改めて彼の精神状態が普段と違うことに気付いた。


「私は……なぜ……」


 吹き下ろしてきた風の音が反響する中、視界すら霞む闇と黒煙と土煙の中で青年が問う。

 それは目の前の仲間に向けたものでなく、己自身に放った問い掛けであった。


「私は……なぜ……生きている、のだ……」


 黄金の瞳から、一筋の涙が伝い落ちる。

 ソルドの口から放たれた言葉に驚愕の表情を浮かべながら、二人の特務執行官は互いの顔を見合わせるしかなかった――。





FILE 5 ― MISSION COMPLETE ―


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