(21)禁断の力
冷たき空間に、光が放たれた。
それは、赤髪の特務執行官の身体から放たれる熱く強い光だ。
同時にわずか残された空気が震え、その室温が上昇していく。
《……WARNING……》
ソルドのものと異なる声が、彼の胸の奥から放たれる。
それは周囲の変動に反するかのような、無機質で機械的な音声だ。
《FINAL-MODE……AWAKENING……》
青年の持つ黄金の瞳が、より強く輝く。
全身から放たれる光は徐々に増し、まるで太陽のような力強さを感じさせた。
『これは? なんだ!? このパワーの高まりは……!?』
大窓の向こうでダイゴは、初めて動揺を覗かせる。
それは混沌の下僕となった彼でさえ怖れを抱かずにはいられない、強大な力の解放だった。
《INFINITY-DRIVE OVER POWER……MORPHOLOGICAL CHANGE……》
光の圧力にすべての者が動きを止める中、ソルドの姿が変容していく。
その全身が一回り大きくなり、人の肌を思わせていた表層が硬質な金属の輝きに変わる。
衣服自体もその構成を変え、鎧のように青年の身体を覆い尽くす。
《FINAL-MODE……ABSOLUTE COSMOS ENFORCER……START-UP》
そして最後の言葉が放たれると同時に、周囲に強烈な衝撃波が放たれた。
双頭カオスレイダーもSPS研究員も、誰もが踏み留まることもできずに吹き飛ばされる。
ダイゴの眼前の大窓も大きくひび割れ、音を立てて砕け散った。
「うおおおおおおぉぉおおおおおおおぉぉぉっっ!!」
野生を思わせるような咆哮が響き渡る。
衝撃波が止んだその中央に、カオスレイダーとは異なる異形がその姿を現していた。
「な……なんだ? あの姿は……!?」
スピーカー含む内装が破壊され、眼下の実験室とほぼひとつになった部屋の中で、ダイゴは驚愕する。
そこに立っていたのは、騎士のような風貌を持った金属生命体であった。
全身は赤く輝き、今も莫大なエネルギーを放出し続けている。その目に瞳はなく、ただ黄金の光だけがある。
目鼻立ちはソルドの顔そのものであったが、見た目は仮面のように無機質なものとなっている。
赤い髪もたてがみのごとくなびくと同時に、毛の一本一本が金属質な輝きを放っていた。
A.C.Eモード――それは人為的に造られし特務執行官の最終形態。
全身そのものを高密度の超金属細胞に変換し、人の姿すら捨てた異形へと変える。
それはより高い戦闘力を生み出すと同時に、自らが発する強大なエネルギーに耐えるためでもあった。
「ウ……ウアアァァアァァァ!! 偽善者……死ネエェェェ!!」
吹き飛ばされつつも、すぐに立ち上がった双頭カオスレイダーは、敵意を剥き出しにしてソルドへ襲い掛かる。
心をなくした化け物には、目の前の男の変容も意味のないことであった。
「フューレ……」
突き放たれた右腕の槍がソルドの胸元を貫こうとした瞬間、その先端は彼の手によって掴み取られる。
同時に静かに放たれた異形の青年の声と同時に、その腕は溶けて形を失っていく。
「許せとは言わん……君を不幸にしたのは、確かに私だ……」
双頭カオスレイダーに目を向け、ソルドは告げる。
その声は暗く、浮かんだ表情には憐憫があった。
「それでも私は君に討たれるわけにはいかない。その怒りと苦しみ、悲しみも……すべてここで終わらせよう」
ただ、それも一時のことである。
再び硬質な仮面へと戻った彼の口から、闘志の雄叫びが放たれる。
同時に突き出された掌底が、相手の身体に炸裂した。
それまで苦戦していたのが嘘ではないかと思えるほど容易く、双頭カオスレイダーの身体が吹き飛ぶ。
「グアアアアアァァァァアァァッッ!!」
「我は太陽……炎の守護者! 絶望導く悪の輩を、正義の炎が焼き尽くす! 我が名は、特務執行官【アポロン】!!」
壁にめり込むように叩き付けられた敵に対し、ソルドは灼熱のエネルギー流を放つ。
ビームのようなそれは周囲にいたSPS研究員たちを溶解しながら、双頭カオスレイダーに炸裂する。
轟音が響き渡り、広大な実験室に光と熱の嵐が吹き荒れた。
「アアァアァァァァァ……! りー……ん……」
「ふゅー……れ……チャ……」
その嵐の中で、脅威的な能力を誇っていたはずの双頭カオスレイダーが粉々になって消えていく。
悲しき運命を辿った二人の少女の頭が互いを見つめながら、最後にわずか笑みを浮かべたようだった――。
同じ頃、ノーザンライト・アカデミア市街を巡回していたウェルザーは、異変に気付いていた。
遥か北西――ベルザス・ユニバーシティの方向から放たれている強大な力。その力が、彼の有するコスモスティアと共鳴している。
「これは……間違いない。A.C.Eモードだ! ソルドが発動したのか!?」
ウェルザーは、表情を厳しくする。
特務執行官の最終形態――以前はライザスの許可なくして発動できなかったものだが、今は各自の判断で発動できるようになっている。
しかしそれを発動するということは、相当な緊急事態に陥ったことの証だ。
そして最終形態の発動は、同時に大きな懸念を生み出すものでもあった。
「まずい……エネルギーの増大に歯止めが効かなくなっている。このままでは大惨事になる!」
叫んだ彼はすかさず、光となって天に飛ぶ。
ベルザスの方向へと飛行しながら、ウェルザーは最悪の事態を想定し戦慄した。
A.C.Eモードは強大な力を解放することができるが、それは無限稼働炉のリミッターを外した状態だ。
その状態における力の制御は、普段以上に特務執行官の精神状態に強く左右される。
もし、ソルドが自らの感情のままに最終形態を発動したとするなら、感情の増大と比例する形で力が暴走してしまう。
そして今感じている力はまさに、制御を離れた異常な状況と言えたのだ。
「ウェルザー!!」
焦燥を隠せないウェルザーに追いつくように、薄桃色の光が合流する。
それは同じように異変を察知して飛んできたサーナだった。
「ねぇ……この力、ソルド君でしょ!? これ、ヤバいんじゃないの!?」
「もちろんだ。なにがあったかは知らんが、これではベルザス・ユニバーシティ自体が消滅する事態になりかねん……!」
「冗談でしょ!? まったく、なにやってんのよ。ソルド君……!」
普段と異なる厳しい表情を宿しながら、サーナは向かうべき方向を見つめる。
彼方に天へと漏れる微かな赤い光が見えている。その光を目指してふたつの光は流星のように、夜の空を駆け抜けた。
実験室であった広大な空間は、いまや崩壊しようとしていた。
壁はひび割れ、瓦礫と化した天井が崩落を始めている。
「こ、これは……貴様! この施設諸共吹き飛ばすつもりか……!」
赤い輝きに身を包む異形の特務執行官を見つめ、ダイゴは叫ぶ。
彼のいるスペースも無事ではなく、計器が倒れスパークし、あちこちで炎を上げていた。
普通の人間なら、もはや踏み留まることすらできなかったろう。
「ダイゴ=オザキ……次は貴様だ!! 貴様だけは、絶対に許さん!!」
ソルドの周囲に放出されている灼熱のエネルギー流により、アステリア教授含むSPS研究員たちも皆消滅していた。
いかに高い再生能力を誇るSPSであっても、太陽に放り込まれたような超高熱空間の中にあっては燃え尽きるしかない。
それほどに今のソルドに近付くことは危険な状況と言えた。
そしてソルド自身もまた、噴き上がる怒りの感情に我を忘れそうになっていた。
「貴様を殺す……! フューレやノーマンの味わった苦しみを、貴様にも思い知らせてやる!!」
黄金の目を憎悪に歪め、彼はダイゴの元へと跳ぶ。
砕け散った大窓の枠に降り立ち、目の前の男を見据える。
下と比較して狭い室内に、凝縮された灼熱のエネルギーが満ち溢れ、周囲一帯が溶け始める。
ダイゴは身を守るべく必死に防御のフィールドを張っていたが、それも今のソルドの力を防ぎ切るには力不足だ。
スーツが焼け焦げ、身体のあちこちに水膨れができる中、男は歯噛みしつつ目の前の異形を見つめていた。
「死ね!! ダイゴ=オザキ!!」
ソルドは普段の彼からは想像もできない荒々しい言葉を吐きながら、右手を掲げる。
双頭カオスレイダーに放ったものと同じエネルギー波が、その手に生まれ始めていた。
すでに今の彼に、容赦という言葉はなくなっていた。
「おっと、そうはいかないね……」
しかし、必殺の攻撃を放とうとした瞬間、その腕を掴み取った者がいた。
「な……!?」
「凄い力じゃないか。特務執行官【アポロン】……それが君の本気ということだね」
いつの間に現れたのか、同じ黄金の瞳を宿した黒い影が彼の脇に立っていた。
相手の手を振り払い、ソルドはわずかに戦慄の表情を見せる。
「貴様は、あの時の……!」
それは忘れるはずもない姿だった。
かつて火星で出会った一番最初の【統括者】――ソルドに畏怖の感情を抱かせたあの相手だった。
「君に会うのは、これで二度目だね……僕の名は【ハイペリオン】。混沌の守護者さ」
影は黄金の瞳を歪めて、そう名乗った。
周囲に吹き荒れていた灼熱のエネルギーが、【ハイペリオン】から放たれる黒い波動に押されて退いていく。
「ダイゴ、ここは下がるんだ。この男の相手は、僕がする」
「ハ……【ハイペリオン】様、申し訳ありません……」
「なに、気にすることはないさ。前も言ったろう? 君では特務執行官の相手は荷が重いとね……」
気遣っているようでいて、どこか冷たい雰囲気を漂わせながら【ハイペリオン】は告げる。
有用な手駒でありつつも、ソルドの力を試そうとしている今の彼にとって、ダイゴの存在は邪魔でしかない。
頭を一瞬下げたダイゴは、フィールドを解いて後退り、自らが生み出した闇の中へ消えていく。
「待て! ダイゴ=オザキ!!」
踏み出そうとしたソルドだが、その前に【ハイペリオン】が立ちはだかる。
「おっと、言ったはずだよ? 君の相手は僕がするとね……」
「【統括者】……そこをどけえぇぇぇっ!!」
有無を言わせず殴りかかった特務執行官の拳を、黒い手が止める。
凄まじい衝撃音が響き、同時にその手が異音と共に煙を巻き上げた。
「フフフ……これはなかなか……久しぶりに楽しめそうだよ」
しかし、それを見つめた【統括者】の声は、どこか楽しんでいるかのようであった――。




