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APOLLON -灼熱の特務執行官-  作者: 双首蒼竜
FILE5 太陽の翳る時
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(20)誇りに殉ず


 リーンの姿を取り込み、恐るべき変容を遂げたフューレ――双頭のカオスレイダーは、攻撃を再開する。

 禍々しさを増した異形の少女は、目の前の男に憎悪の視線を叩き付ける。

 常人の目には留まらぬほどの速さをもった鋭い拳撃が繰り出された。

 反応することもままならず、ソルドは放たれたそれを受けて再び壁面に叩き付けられる。


「ぐはっ!!」


 もう何度目かになる血反吐が吐き出される。

 全身の超金属細胞が、悲鳴を上げていた。特務執行官の戦闘形態をもってしても防ぎ切れないパワーを相手は有している。

 ただ、ソルドが一方的にやられているのは、そればかりが理由ではなかった。


『どうした? ソルド=レイフォース……その娘を葬らんのか。いつものように、偉そうな口上を述べて倒さないのか?』


 スピーカーからダイゴの嘲るような声が聞こえる。

 それは今のソルドの心境を知った上での、悪意に満ちた声であった。


『愚かなものよな。貴様は所詮、不幸を撒き散らすだけの存在なのだ』

「な、に……」

『貴様が嘘をついたばかりに、その娘は新種子の実験台になってしまった。真実を告げていれば、そうはならなかったかもしれんのにな……』

「黙れ……! 詭弁を……!!」


 絞り出すように声を上げるソルドだが、その表情は苦悩に満ちている。

 ダイゴの言葉は、間違いなく詭弁だ。フューレがカオスレイダーにされてしまったのは、紛れもなくダイゴの意思によるものだ。

 しかし、それを防ぐことができなかった責任がソルドにないとは言い切れない。

 フューレの気持ちを受け止めもせず、その場しのぎの嘘で突き放した事実は確かに存在するのだ。

 思わず押し黙ってしまう彼に向けて、ダイゴは更に揺さぶりをかける。


『それにその娘……あの娘にも似ていたな。なんといったかな……アイダス=キルトの妹だ。あの娘も、貴様に関わったがために死んだのではなかったか?』

「それは……!」


 その言葉は、鋭くソルドの心を抉った。

 ミュスカ=キルト――フューレと似たあの少女を守り切れなかった後悔は、今も彼の中に渦巻いている。

 自分と関わり過ぎたがために不幸な結末を迎えてしまったと思ったからこそ、ソルドは同じ憂き目に遭わぬようフューレを遠ざけようとした。

 しかし、結果はどうだ。フューレはミュスカ以上に悲惨な目に遭ってしまった。身も心もボロボロにされ、挙句の果てに新種カオスレイダーにされてしまった。

 今、ここにいるのはフューレの記憶を持った化け物であり、彼女自身ではない。それでも口にする言葉は、フューレが抱いていた思いそのものだ。

 もう二度と人として蘇ることはないとわかっていても、そんな敵を相手にソルドは戦意を抱くことができなかったのである。


『人を守るためと言いながら、貴様は関わった者たちを不幸にしている。そして偉そうな能書きを垂れながら、その罪に背を向け続けているのだ……』


 ダイゴの声は、そんな彼を無慈悲に責め立てる。

 今の青年には、それを跳ね除けることができなかった。


『この辺で終わりにしたらどうだ? 貴様が生き続ける限り、アイダスの妹やその娘のような犠牲者が増え続けることになるのだぞ……?』

「わ、私は……ぐあっ!!」


 力なく立ち上がるソルドに、双頭カオスレイダーの回し蹴りが炸裂する。

 激しく吹き飛び、床を跳ね転がった彼を嘲笑しながら、ダイゴは命令を下した。


『さぁ……我が眷属たるフューレよ。その男を葬るがいい……』

「偽善者……嘘ツキノ変態……!」

「ワタシヲ殺ソウトシタ男……!」


 フューレとリーンの首が、それぞれに言葉を発する。

 双頭カオスレイダーの右腕が姿を変え、鋭い槍のように変形した。


「「死ネ……死ネ……ココデ死ネエエエェェェェェェ!!」」


 ふたつの声が重なり合い、異形の足が床を蹴ったその瞬間だった。

 その場に飛び込んできた黒い影が、ソルドと双頭カオスレイダーの間に割り込んだ。


「ソルド殿っ!!」

「ノーマン……!」


 顔を上げたソルドは、そこに老紳士の姿を目撃する。

 薄い酸素の中、SPS研究員たちの追撃をなんとかかわしながら、ノーマンはソルドを助けるべく走ってきたのだ。

 しかし、いかに熟練の支援捜査官とはいえ、老境を迎えようとしている男にはそこまでが限界であった。

 息を切らせて片膝をついたノーマンに、異形の少女は容赦なくその腕を振るう。


「ウオオオオアアアァァアアァァァァッッ!!」

「よ、よせぇぇぇぇぇぇっっ!!」


 重なり合う声の中、槍となった右腕が、動きの取れない老紳士の胸板を貫いた。

 鮮血が、その場に飛沫となって飛び散る。


「ぐ……あ……ソル、ド、殿……! 惑わされて、は……いけま、せんぞ……!」

「ノーマンッッ!!」


 夥しい出血の中、ノーマンはゆっくりとソルドに目を向ける。

 その瞳には、強い輝きが炎となって灯っていた。


「特務執行官は……人類……最後の、希望……! たとえ、その生が……呪われた、ものであって、も……罪深きもの、でも……あなた方は、戦わねば、ならない……はず……!」


 それは苦悩するソルドに対しての激励であった。

 同時に老紳士が二十年以上もの間、秘めていた思いが解き放たれる。


「私には……あなた方の……苦しみは……真に理解、できないかも、しれません……しかし……!」


 彼は、特務執行官ではない。

 しかし、支援捜査官として長い間彼らを見てきたからこそ、わかることがある。

 彼らの生き様は、偽善などという安い言葉で片付けられるほど甘いものではない。

 本当は救いたいという思いを秘めつつも、救えなくなった者たちを葬り続けなければならない苦しみを未来永劫背負い続けるのだ。

 ゆえに、彼は特務執行官たちを貶めるような言葉は認めないし、貶めようとも思わない。

 彼の心にある思い――それはたったひとつの気高き言葉だけだ。


「私は……誇る!! 苦悩の中を強く歩む、あなた方を……誇る!! そして……私は……あなた方と……共に、戦えた、この人生、を……誇……る……!!」


 血を吐きながら叫び、その手をソルドのほうに伸ばしながら、ノーマンは崩れ落ちる。

 双頭カオスレイダーの手が引き抜かれると同時に、彼の身体はゆっくりと床へ倒れた。


「ノーマン……ノーマンッッ!!!」


 近づいたソルドは、悲痛の表情を浮かべて叫ぶ。

 ノーマンは、すでにこと切れていた。

 たとえこの場にサーナがいたとしても、蘇らせることはできなかったろう。


『フン……また貴様のせいで、人が一人不幸になったな? 仲間に庇われて生き残るとは、まったく無様なものだ。ハハハハハハハ……!』


 肩を落とすソルドの耳に、ダイゴの声が響く。

 双頭カオスレイダーも、SPSの研究員たちも動きを止めている中、混沌の下僕の哄笑だけがこだました。


「黙れ……! 黙れ! ダイゴ=オザキ!!」


 そんな凍り付いた空間の中、ゆっくりとソルドは立ち上がる。

 その黄金の瞳からは涙が溢れていたものの、そこに宿る輝きは激しい怒りを感じさせるものだった。

 ダイゴが訝しげな視線を向ける中、彼は震える声で訥々と語る。


「確かに私のしていることは偽善かもしれん。ミュスカを死なせ、フューレをこのような目に遭わせ……そして今またノーマンを……!」


 言葉にしながら、ソルドは改めて思う。

 特務執行官の抱える罪は果てしのないものだ。

 カオスレイダーを葬り続けることもさることながら、その過程で犠牲が出てしまうことも防げるわけではないのだから。


「それでも私は戦いを止めるわけにはいかない! カオスレイダーを……貴様らをこの世から葬り去るまで!!」


 遥か視線の先のダイゴに指を突き付け、彼は咆哮した。

 どれほど蔑まれようと、守るべき人々がまだいる限り、戦いを終わらせるわけにはいかない。

 自ら生を放棄すれば、それこそ今まで犠牲になった者たちは報われなくなってしまう。

 心が切り裂かれても戦い続ける――それが特務執行官の背負った宿命なのだから。


『フン……だが、今の貴様になにができる? やれ! お前たち!!』


 ソルドの言葉に苛立ちを覗かせたダイゴは、眼下の下僕たちに向けて命令を発する。

 双頭カオスレイダーに加え、SPS研究員たちが殺意のこもった視線と共に、ソルドに迫ってきた。

 室内の空気も、ほとんど真空に近くなっている。

 しかし、圧倒的に不利な状況の中、ソルドの瞳に絶望の色は一切なかった。

 なぜなら彼は決めていたからである。禁断とされていた力を行使することを――。


「ダイゴ……貴様に見せてやる! 特務執行官の最終形態をな!!」


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