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APOLLON -灼熱の特務執行官-  作者: 双首蒼竜
FILE5 太陽の翳る時
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(19)怒れる異形


 広大な牢獄と化した地下の空間で、殺意と闘志が交錯する。

 造られた虎穴の中、生ける屍となった者たちは侵入者に向けて、その妖しく輝く瞳を向けた。


「ノーマン、下がれ! こいつらの相手は私がする!!」


 ソルドは傍らの老紳士に告げる。

 SPSを投与された人間はカオスレイダーほどでないとはいえ、人の反応速度を超えた強敵である。いかにノーマンが優れた戦闘スキルを持つとはいえ、真っ向から太刀打ちできるものではない。

 ノーマン自身もそれは承知の上であった。


「ソルド殿、お気を付け下さい。この室内、気圧が……!」


 ただ、そこで彼は警告を発した。

 ソルドが一瞬視線を向けると、彼はわずかに息を荒くしている。


(確かに気圧低下で、酸素量が減少している。これも私の炎を封じるためか。SPSを投与された敵相手にこれでは……!)


 スキャニングモードで室内を調べたソルドは、表情を厳しくする。

 天井にある巨大なダクトから、音を立てて空気が排出されていた。

 今、室内の気圧は平地の三分の二にまで低下している。このまま排気が進めばやがて真空状態となり、ソルドの扱う炎も意味を成さなくなる。


(それにこのままでは、フューレの生命も危ない。時間をかけるわけにはいかないということか……!)


 SPSに有効な火を封じられる以上に、普通の人間にとっても死に至る空間となるのは明白だった。

 迷っている時間はない。


「ソルド殿、ここは一点突破しかありませんぞ」

「わかっている。ノーマン……このまま退路の確保を頼む。私はフューレの元へ急ぐ。彼女を救ったらすぐに脱出するぞ!」

「かしこまりました」


 頷き合った二人は、行動を開始する。

 ソルドが駆け出し、ノーマンが入口の階段通路まで後退する。

 SPSを宿した研究員たちは、それぞれ容赦なく彼らに襲い掛かってきた。


「邪魔をするな!」


 怒声と共に放たれたソルドの拳が、正面から来た研究員を斜め前方へ吹き飛ばす。

 十数メートルは飛んで転がり倒れた研究員だが、すぐに立ち上がると再び俊敏な動きで迫ってくる。

 ソルドは、それをまた同じように拳で迎撃する。

 作業めいた攻撃を複数の敵に対して行いながら、可能な限りの速度でフューレの元へと駆ける。

 酸素量の低下を招く炎を迂闊に使えない以上、彼我の距離を地道に稼いで時間を作るしか方法はない。

 ノーマンもまた狭い通路上で、正面から迫りくる敵をステッキから放つ衝撃波で迎撃していた。

 いかに能力差があろうとも、囲まれることさえなければ敵を捌くことは可能だからだ。


「ソルド殿! お早く!」


 まるで数時間にも思えた数十秒が過ぎる中、ソルドはなんとかフューレの目前までやってくる。

 ノーマンの叫びが聞こえてくる中、彼は少女を繋いでいた鎖を手刀で一気に両断した。


「よし、フューレ……しっかりし……!?」


 薄汚れた姿で膝をついたフューレを揺り起こすべく、青年が手を伸ばしたその瞬間だった。

 それまで身動きひとつしなかった少女がいきなり、無造作な拳で彼のみぞおちを殴りつけたのだ。


「ぐぅっ!?」


 いきなり腹に響いた衝撃に、ソルドは顔を歪める。

 ゆっくりと立ち上がったフューレは、恐ろしい殺意を込めた眼差しを彼に向けてきた。


「あたしに……触ワるな……コノ変態……!」

「フューレ!?」

「変態、嘘ツき……リーンを救うツモリなんか、ナカったクセに……!」

「フューレ……!? これは……!」


 わずかな片言めいた言葉と、普通の少女とは思えない拳の威力にソルドは動揺する。

 そんな彼に対して、それまで沈黙を保っていたスピーカーからダイゴの声が聞こえてきた。


『ソルド=レイフォースよ……貴様はその娘に、嘘をついたのだろう?』

「な、なに……!?」

『リーン=アステリアを任せろと……悪いようにはしないと、その娘に言ったのだろう? 出来もしないことを知っていてな!』

「なぜ、それを……!?」


 前にフューレと交わした話の内容を指摘され、彼の動揺は加速する。

 それを見て取ったダイゴは、窓の向こうでフンと鼻を鳴らした。


『その娘の記憶を見させてもらったのさ。そして真実を、その娘に教えてやった。貴様は嘘つきだとな!』


 そう言うとダイゴは、混沌の下僕たる自分には人の記憶を探る力があるのだと続けた。

 その能力を用い、彼はフューレの人間関係を調べると同時に、ソルドとの会話内容を引き出したのである。


「変態の嘘ツき男……コノ偽善者……!!」


 怒りをみなぎらせたフューレが、その手でソルドの首を絞めつけてくる。

 華奢な少女にあるまじき力に、青年の身体が床に押し倒された。


(こ、これは……なんだ? この力は……!? カオスレイダー……? しかし、フューレは寄生者ではなかったはず!)


 あり得ない事実にソルドは混乱しながらも、必死にその手を振りほどこうとする。


「フ、フューレ……よせ! 私は……!」

「偽善者……偽善者……嘘つキで変態ノ偽善者……!」


 しかし少女の力は衰えるどころか、更に強いものとなる。

 それは特務執行官となったソルドですら、ほとんど体験したことのない膂力であった。


(ど、どういうことだ……SPSの力でもない……? いや、それ以上に……!)

「ナニモ救えナイくせに……ナニモ助けラれないクセニ……! 口ダケは偉そウな偽善者……!!」

「ち、違……う! 私、は……よ、せ……フュー……レ……!」


 冷静に状況を分析しようとする自分と、少女への罪悪感から苦悩する自分とがせめぎ合う。

 その混沌とした心の中、ソルドはダイゴの嘲笑を聞く。


『どうした? ソルド=レイフォース……反論できないか? できまいな。貴様はその娘の言う通りの男なのだから!』

「なに……っ!?」

『貴様が嘘をついたがために、その娘はこうなったということだ。侵食最大解放……さぁ、真の力を見せてみろ! フューレ=オルフィーレ!!』

「ウアアアアアアァァアアァァアァァァァアアアァァァァァァァッッ!!!」


 瞳を光らせたダイゴの声と同時に、フューレが獣のような絶叫を放つ。

 口から、耳から、少女の持つすべての穴という穴から紫色の触手のようなものが飛び出し、縄を巻くようにその身体を包み込んでいく。

 ややあってそこに現れたのは、巨大なサナギのような物体であった。


「な、なんだ? これは……!?」


 拘束から逃れ、軽く咳き込みながら、ソルドはその物体を呆然と見つめる。

 彼の目の前でサナギは何度か脈動をしたのち、やがて爆発するように大きく弾けた。


「オアアアアアアァアァアァァァァァァァアアァァァァッッ!!」

「ぐうっ!?」


 巻き起こった衝撃波と恐ろしい声と共に、中から異形が姿を見せる。

 それは紫色の体色を持ち、体のあちこちから歪な緑の突起を生やしたフューレであった。

 瞳は紅い輝きを放ち、口元に覗いた鋭い牙が光を受けて歪に煌めく。


「バ、バカな……これは……カオスレイダーへ覚醒しただと……!?」


 いったいなにが起こったのか、ソルドは即座に理解できない。

 ただ、フューレがカオスレイダーになったという事実だけは、放たれた異常なCW値から察することができた。


「偽善者……嘘ツキノ変態……ウオオオアアアァァァァァァッ!!!」


 カオスレイダーとなった少女が、再びその拳を繰り出してくる。

 とっさに両腕を交差して受け止めたソルドだが、その身体は二十メートル以上も吹き飛ばされ、壁に叩き付けられた。

 堅固な部屋の壁が大きくひび割れ、そのまま床に落ちたソルドは思わず膝をつく。


「がはっ!? な、なんというパワー……しかし……なぜ!?」


 顔を大きく歪めながら、彼は思う。

 これほどの衝撃は、ベータでの融合カオスレイダーとの戦い以来であった。

 わずかに視線を上げると、向こうに見えた大窓の側でダイゴが不気味な笑みを浮かべている。


「ダ……ダイゴ=オザキッ! 貴様、フューレになにをし……ぐはぁっ!!」


 叫ぶ彼を遮るように、追撃してきたフューレの拳が再びみぞおちにめり込む。

 血反吐を吐きつつ再度壁に打ち付けられた青年に、ダイゴは自慢げな口調で答えた。


『驚いたか。それが我らの新たなる力……新種の力だ』

「し、新種、だと……!?」

『そうだ。今までの混沌の種子と違い、新たな種子は人間を数分で覚醒者に変えるのだ』

「なんだと!? ごはっ!!」


 ふらつくソルドの背に、組み合わされたフューレの両手がハンマーのように叩き下ろされる。

 鈍く重い音と共に、床を舐めるような形で彼は倒れ伏す。


『そして、その娘に与えた種子にはSPSも同時に投与してある。あの方のおっしゃった通り……いや、それ以上に凄まじい性能の向上だ。特務執行官である貴様が、手も足も出んとはな!』

「おの、れ……! ダイゴ=オザ、キ……!! ぐあっっ!!」


 怒りの表情を宿して立ち上がろうとするも、そこにフューレの無造作な蹴りが炸裂する。

 まともに口を開くことも許されないまま、ソルドは跳ねるように床を転がった。


「変態……嘘ツキ……ウアアアアァアァァァアァァッッ!!!」


 憤怒の形相で青年に迫るフューレは、狂える打撃を無数に放ってくる。

 嵐のような猛攻に晒されたソルドは血反吐を撒き散らしながら、なす術もなく翻弄される。


(し、新種……なんと恐ろしい敵だ。このまま、では……)


 何度も壁や床に叩き付けられた彼は、ようやく立ち上がることを許される。

 しかし、それはフューレが単純に手を休めたからではない。

 異形の少女は、更なる変容を遂げようとしていたのだ。


「偽善者……ココデ葬ル……ソウ……アタシト、りーんノ二人デ!!」


 その声と同時に、フューレの右肩口から大きなコブがせり出す。

 それはやがて頭のような形となり、目、鼻、口といった顔のパーツが中央に形成され、先端から無数の髪を生やしてもうひとつの頭を作り上げる。


「こ、これ、は……!」


 霞む視界の中、その姿を目撃したソルドは愕然とする。

 双頭のカオスレイダー――それはフューレとリーンという二人の少女が融合した新たなる異形の化け物であった。


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