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APOLLON -灼熱の特務執行官-  作者: 双首蒼竜
FILE5 太陽の翳る時
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(18)混沌の虎穴


 目的の三号棟に辿り着いたソルドたちは、そのまま施設内への侵入を果たしていた。

 ロックやセキュリティに関してはそれなりに高度なものであったが、特務執行官の能力を用いれば突破は容易い。

 ただ、それを差し引いても、違和感があるのは否めなかった。


(やはり妙だ……人の姿もないのに、施設だけが動いているのは……)


 ソルドがそう思ったのと同時に、ノーマンもまた訝しげに口を開いた。


「あまりに人気がなさ過ぎますな……内部に侵入して以降、ここまで一人として人間の姿を見ないというのは異常ですぞ」


 彼の言うように、ここまで遭遇した人間といえばゲートで警備していた男だけだった。

 研究施設への侵入に対してあれだけ厳重な警戒網を敷いていたのなら、内部巡回を担当する警備員がいてもおかしくない。


(セキュリティ上の理由で棟内の照明を点けっぱなしにしているとしても、警備ロボットやドローンの姿もない。厳重なようでいて、その実ザルのような警備体制……まさかとは思うが……)


 ソルドがある可能性に思い至ったその時、彼らの立つ廊下の照明がいきなり消えた。

 周囲に訪れた闇の中、警戒心を高めた二人の目に、またしても違和感のある光景が映る。


「ソルド殿……」

「ああ……これ見よがしに、あの廊下だけ電灯が点いている……」


 ノーマンに対して頷きを返しながら、彼は自らの考えが正しかったことに気付く。

 まるで二人を誘うかのように、廊下奥の照明だけが煌々と輝いていたのだ。


「……どうやら、我々の侵入はバレていたということですか。しかし、なぜ……?」


 大きく息をつきながらシルクハットを被り直したノーマンに、ソルドは首を振ってみせる。

 実際、ここまでの侵入過程で不手際はなかった。それでも気付かれていたということは、なんらかの見落としがあった可能性は高い。

 ただ、それを詮索する意味は、もはやないようだ。


「理由はわからんが、それを考えても仕方がない。今は相手の思惑に乗るしかないようだな」

「虎穴に入らずんば、虎児を得ずですか……承知しました」


 どのみち逃げたところで、状況が変わるわけでもない。

 覚悟を決めたように歩き出した青年に、老紳士は一言つぶやいて従った。





 明かりの点る廊下を進んでいくと、その突き当たりに大きな両開きの扉があった。

 扉の上には【実験中】と書かれた表示灯があるが、今はそれも点灯していない。

 二人がその扉の前に立つと同時に扉のロックが自動的に外れ、重い音を立てて開いていく。

 二重三重に重なった堅固な扉が開き切ると、そこには地下へと続く階段が現れた。

 無言で顔を見合わせたソルドたちは、そのまま導かれるように階段を下りていく。


「……ここは……」


 階段を下り切った目の前には、薄暗闇の空間が広がっていた。

 部屋自体の奥行きは判然としないが、右側面上方に大きな窓があり、そこから漏れる光が空間内をわずかに照らしている。

 警戒しながら周囲を調べようとしたその時、ソルドたちの耳にスピーカーを通した声が聞こえてきた。


『よく来たな。特務執行官【アポロン】……いや、ソルド=レイフォース』


 その声と同時に、大窓の向こうに一人の人影が姿を現す。

 黒のスーツを纏った目つきの鋭い男は、紅い瞳で侵入者たちを見下ろした。


「貴様……ダイゴ=オザキ! やはりベルザスに潜んでいたのか!」


 その男を見据え、ソルドは声を張り上げる。

【統括者】の下僕たる男は、その口元に歪んだ笑みを浮かべた。


『ああ。ここはかつて私の指示で造り上げた施設だからな。今もある程度、顔が利くのさ……』


 その言葉に、ソルドは先刻抱いた自分の予想が正しかったことを知る。

 アマンド・バイオテックという会社を表面上離れたとはいえ、ダイゴ=オザキという男が築いたコネクションは、いまだに機能しているということだ。

 このベルザスにしても、氷山の一角でしかないのだろう。そこに底知れぬ不気味さを感じずにはいられない。


「なぜ、我々の侵入を察知したのですかな?」


 次いで言葉を発したのは、ノーマンだった。

 相手の素性はさておき、彼としては侵入を知られていた事実は意外であり、同時に気になる点でもあったのだろう。

 ダイゴはわずかに鼻を鳴らすと、冷たい口調でそれに返答する。


『簡単だ。お前たちの足についている砂だよ』

「砂?」

『そうだ。お前たちはあの獣道を通って上がってきたのだろう? あそこには特殊な磁場を発する砂が撒いてあってな。施設内にはその砂が発する磁場を感知するセンサーが仕掛けられているのさ』


 言われてソルドたちは、自分たちの靴に砂鉄のような砂が付着していることに気付く。

 様々な監視機器を気にするあまり、文字通り足元がお留守になっていたということだ。


「なるほど……施設内に人の姿がなかったのは、我々の足取りを確実に追うためですか」


 同時にノーマンは、ここまで他の人間に会わなかった理由を察する。

 同じように獣道を利用する関係者と混同しないように、あえてあそこから通じる施設内を無人にしていたのだろう。

 ということは、ダイゴはソルドたちが侵入してくることをあらかじめ知っていたということになる。


『貴様らがやって来るのは、おおよそわかっていたからな。なにも知らずに一度この大学を訪れたのは失敗だったな。ソルド=レイフォース』


 それを裏付けるような言葉が放たれると同時に、ソルドはわずかに歯噛みした。

 初めにベルザスを訪れた際、ここがアマンド・バイオテックやダイゴと関係の深い施設であることを知らなかった時点で、後手に回っていたのだ。


「……それについては、確かに迂闊だった。ならばなぜ、貴様は私たちをここに招き入れた?」


 金の瞳に厳しさを宿した青年の言葉に、ダイゴは再度、鼻を鳴らす。


『フン……この前、言わなかったか? 次に会う時は、貴様の最期になるかもしれんと』

「なに?」

『それに、貴様に面白いものを見せようと思ってな』


 するとダイゴは、指を鳴らすような仕草をした。

 同時に薄闇だった空間にスポットのような光が点り、それがソルドたちの正面にある壁を照らし出す。

 およそ五十メートルは先にあるその壁面に、鎖から吊るされた全裸の少女の姿があった。


「あれは!? まさか……フューレ!!」

『驚いたか? そうだ。あの時、お前と一緒にいた娘だよ』

「なぜ、貴様が彼女を!?」


 驚きを隠せないソルドに、ダイゴは瞑目しつつ苦笑する。


『フ……まぁ、偶然もあるのだがな。この娘は健気にも友人を助けるべく、一人でここにやってきたのだ』

「なに!?」


 そう言うと彼は、フューレがこうなった経緯を端的に説明した。

 自分を尾行してきた挙句、囚われの身となった事実を――。


『もっとも、結果は見ての通り……哀れなものだな。友も助けられず、身も心もボロボロにされるとは……』


 男の哄笑が響く中、ソルドたちの心に怒りが渦巻く。

 純粋な少女の気持ちを弄び、凌辱し、晒し者にするようなやり口は到底許せるものではない。


「ダイゴ=オザキ……貴様!!」

「なんという外道……許せませんぞ! 紳士として!!」


 二人の男たちが吼える姿を耳にしつつも、しかしダイゴの表情は変わらない。


『憤っている場合か? 貴様らの相手はすぐそこに、手ぐすね引いて待っているぞ』


 彼がもう一度指を鳴らす仕草をすると同時に、今度は部屋全体に照明が灯る。

 するとそこには、無数の白衣を着た人間たちがソルドたちを囲むように立っていた。

 その表情は虚ろであったが、目には人ならざる妖しい輝きがある。

 なにより特徴的だったのは、彼らの皮膚が鮮やかな緑色であるという点だった。


「この者たちは……! それにこの体色……まさか!?」

『そうだ。超細胞SPSを投与された、ここの研究員たちのなれの果てよ』

「なんだと!?」

『SPSの増殖培養をするためには、ここの施設がどうしても必要だったのでな……だが、機密を外部に漏らされても困る。ゆえに関わった者たちをすべて生ける屍にさせてもらった』


 人を心なき化け物に変える細胞の能力を知るソルドは、わずかに汗を滲ませる。

 囲む人間たちを一通り見回した彼は、そこにデータで知った人物の姿を目にした。


「あれはラング=アステリア教授か……? まさか彼までも……!」


 リーンの父親にして施設の責任者であった男も、今は己の意思なき化け物と化していた。

 ダイゴはそこで、今気が付いたと言わんばかりに付け加える。


『ああ……アステリア教授の娘が寄生者だったのは意外だったが、おかげで貴様をここにおびき寄せることができた。結果としては良かったというべきかな?』

「貴様!!」

『さて、せいぜい楽しませてくれ……この閉鎖された空間で、貴様の得意とする炎がどこまで使えるかな?』


 悪意に満ちた男の声が響き渡る中、緑の肌の男たちが狂気の咆哮を上げた。


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