「輝きの鏡」(9)
やがて永遠とも思われた階段は終わりを告げた。その先には小さな銀の扉が見える。その扉には古代文字が彫りこまれていた。
ここより永遠の穴
汝に問う すべてを捨てる覚悟はあるか
汝に問う この世界を旅立つ覚悟はあるか
ここより永遠の穴
永遠に別れを告げる場所
永遠に還らぬ刻の場所
銀の扉は閉じている。なのに風は扉をすり抜けるかのように吹きだしていた。
リグは扉を開こうと手を触れる。すると扉は音もなく開き、彼を招き入れると再び音もなく閉じた。
部屋の中は不思議な空気で満ちていた。永遠の穴からごうごうと吹き荒れているはずの魔気。しかし部屋の中では髪の毛すら揺らさず、銀の扉の向こうに音もなく吹き抜けていく。床には青白い線で六芒星が描かれ、そして揺らめくことのない青い炎のかがり火がそれぞれの頂点に立っていた。
そしてその中心には白い闇を見せる穴がひとつ……。
永遠の穴であった。
リグはゆっくりと穴に近づいた。
「……義父さん、この向こうにいるのかい?」
リグは深く息を吸い込んだ。
数瞬の沈黙……、意を決したように彼は白い闇の中に飛び込んでいった。
何もわからないままリグは落ちていった。いや昇っているのか? 永遠なのか一瞬なのかもわからなかった。時間と空間の交錯。
やがて彼の目に地面が見えた。バランスを立て直して両足を着く。すると、着いたはずの足が地から離れた。そのまま再び昇って……いや落ちている!
リグは天井のはずの地面にしたたかに頭を打ちつけた。
頭をさすりながら悪態をつく。
「痛ってぇ……。何で、上下が入れ替わってんだ?」
そしてあたりを見回した。
小さな銀の扉がひとつ。部屋の中に満ちる不思議な空気。床には青白い線で描かれた六芒星、その頂点に立つ揺らめくことのない青いかがり火。中心には白い闇を見せる穴がひとつ……。
「……? ここは、永遠の穴!? どういうことだ!?」
自分は確かに永遠の穴に入ったはずだった。しかしここは自分が最後に見た、紛れもない永遠の穴……。
しばしの間我を忘れていると、扉の向こうからすさまじい地響きと共に轟音が轟いた。
「な、何だ!?」
銀の扉が音もなく開く。そこには傷だらけの蜥蜴のような大きな魔物の姿があった。
黒鈍色のぬるりとした肌は袈裟懸けに切られ、緑青色の血が吹き出ている。右手は肘から下が骨だけになり、そこについていたのであろう肉は鋭い三本の鉤爪の間にぶら下がっていた。
魔物はリグの姿を認めると、尾をびくんびくんと振るい、ずるずると這い寄って来た。残された左手の鉤爪がリグを襲う。
「……ギ、グ……!!」
「うあぁっ!!」
リグは瞬間、刃で鉤爪を受け止めると、己の力をすべて搾り出すようにはじき、返す刀で魔物の胴を薙ぎ払った。
「ガ……!!」
魔物も力尽きる寸前だったのだろう。そのままどうと横に崩れ落ちた。
リグも足の力を失い座り込む。もはや立つ力もないほどの渾身の一撃に、魔物が再び立ち上がらないことを祈った。
そんな中。
リグは見てしまった。
この世で最も見てはいけないものを。
「……そんな……、……ウソ だ ろ ?」
魔物の胸には見覚えのあるロザリオが血に濡れて鈍く光っている。
ト ウ サ ン。
それが別れの言葉のように魔物は砂に還っていった。
残酷な現実。
うああああああああああああああああああああああああああ!!!!!
リグの絶叫が響く。
自分の中の何かが壊れていく。
やがてその心すら感じなくなっていった。