「輝きの鏡」(6)
暁が東から顔を出す。薄闇の空は変わらなかったが、夜明けはかろうじてやってくる。その僅かな朝の光を背に受け、リグはエラルの元へ帰ってきた。
「リグ……!」
リグは息を切らしながら無言で瓶の包みを取り出すと、エラルに差し出した。
「ここから先はお前の仕事だ、俺は少し休ませてもらう……。」
そして装備を解いて横になった。
「ありがとうリグ、早速グラハム様に届けてくるよ。」
嬉しそうなエラルにリグはぽつりと言った。
「エラル、お前も落ち着いたら少し休め……。莫迦だな、寝てないんだろ。」
自分の行動を見透かされたように諭されたエラルはちょっとばつが悪そうに頷いた。
リグが心配で眠れるわけがなかった。リグもそれを知っていた。そんな二人は少しお互いを見て微笑んだ。
そしてエラルは宿屋を後にする。
外に出るとこほんこほんと彼は少し咳こんだ。なんとなく体がだるい。やはり徹夜は無理があったかと思いつつ、グラハムの元へと急ぎ走った。
「グラハム様、これでよろしいでしょうか?」
リグが持ってきた聖水の瓶を取り出しグラハムに渡す。
「おお、それが聖水ですか!
まさかこんなに早くお持ちいただけるとは……ありがとうございます!!」
「礼なら連れのリグに言ってください。
彼はこの魔物渦巻く夜の闇を単身アインの村まで駆けていったのですから。」
「……あの、魔幻士が、ですか?」
大聖士が拾った噂の魔幻士のおかげだと聞き、グラハムも他の者たち同様やはり顔を曇らせた。しかし現に瓶の中には瑠璃色の聖水が入っている。それにエラルの言うとおり、この魔物だらけの夜を旅することは魔幻士にしかできないと思い、信じることにした。
「では、彼にも礼を述べておいてください。」
形だけではあったが、グラハムはリグにも敬意を示した。
僅かな一歩であったが、リグを理解してくれる者が現れたことがエラルは嬉しかった。
グラハムは聖水の瓶を大事そうに抱えながら、部下の聖術士たちに結界を張る準備を進めさせていた。そしてエラルに告げた。
「これでこの町も何とか魔気を防ぐことができます。
……ですが、長くは持たないでしょう。やはり輝きの鏡がなければ……。」
「わかっています。私たちの旅の目的は鏡を取り戻すことなのですから。」
エラルはグラハムに旅の経緯を伝え、問いかけた。
「私たちは大聖士様の後を追い、永遠の穴に行こうと思っています。
どうすればいいでしょうか?」
その言葉にグラハムは北に見える山を指差して説明した。
「永遠の穴はここから北の山の中にあります。
山に行くにはギネムハーバにある嘆きの塔を上らねばなりません。」
嘆きの塔はその昔、聖術士が己の心と向かい合うために修行に使っていたとされる塔である。そのため塔に入るには山のふもとにあるギネムハーバの町の聖術士に了承を取らなければならなかった。
「ギネムハーバのシスター、フィアネ様は私の古くからの知り合いです。
紹介の書状をお渡ししますので、しばし宿の方でお待ちください。」
「わかりました。」
エラルは宿へ戻る途中また咳き込んだ。何か良くないことが起きている……、そんな不安に駆られたが、リグに心配をかけたくなかった。
宿に戻るとリグにグラハムの言葉を伝え、共に僅かな間であるが安息の時を静かに過ごした。
太陽が真天を指そうという頃、使いの聖術士がグラハムの書状を持って宿を訪れた。
「こちらがグラハム様からの紹介状です。
ギネムハーバはここから半日ほど北に歩いた場所にあります。
今からのご出立ですと町に着くのは夕闇に暮れた後になってしまいます。
危険ですので明日の朝早くのご出立をお勧めします。」
「ありがとうございます。しかし私たちの旅は急を要しています。
本来ならグラハム様にお会いしてご挨拶をしたいのですが、
このまま出立しますので、どうかお許しください。」
すでに旅支度に身を包んでいたリグとエラルはそう告げた。
「そうですか……。わかりました。グラハム様にはそうお伝えしておきます。
どうかお二人に古の神の御加護がありますよう……。」
リグとエラルは再び荒野へと旅立った。北に見える大きな山脈。その方向から腐臭に似た風が吹きつける。二人は無言で歩き出した。