ギュールズサーバーのナジア
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「首尾はどうなっているのかな、ナジア君」
「そんなことを訊ねにわざわざこんな雑踏の片隅にようこそ、エヴァンス」
皮肉るように言ってやったが、どうやらこの男には伝わっていないらしい。そういう頭の回らなさは相変わらず、苛々させるものがある。顔に出しゃしないが、時折、無性に殴りたくなる。
「首尾はどうなっているのかと訊いているんだ」
「そう喚くな。大体、首尾云々と言うほど俺たちが追い詰められているわけでもないだろうよ」
手元にある煙草を吸い、煙を吐く。電子の世界にあるデータだけの煙草であり、そして煙だ。吸ったところで味はしない上に、ニコチンを摂取出来るわけでもない。だが、喫煙者の俺にとっては、最早、ニコチンを吸うということよりも煙草を吸うという行為そのものが癖になっている。たとえゲームの中であっても、手元に煙草モドキが無ければ落ち着けない。
「『ヘクス争奪戦』は僕たち、アイドルプレイヤーにとっては重要な要素になっていたりもするんだよ。いわばサーバーごとの力関係そのものでもあるからね」
「アイドルっつーのはよく分かんねぇが、要は負け続けていることでサーバー間におけるテメェのポジションが低くなりつつあるってことだな?」
ケケケケッと嗤いながら、俺は煙草モドキを口元に持って行く。
「どうして『ヘクス争奪戦』に出なくなった?」
「つまんねぇから」
「そんな理由でか?」
「そこらの雑魚を相手にイキっていても、ちっともこっちは楽しくもねぇし腕が上達するわけでもねぇ。そんなんなら、まだ血の気の多いアズールサーバーのガチ勢どもと対人戦で争っていた方がまだマシだ」
ただ、ここのところアズールサーバーのガチ勢もつまんねぇ連中ばかりになって来てはいる。PvPランクはほぼ同等なのだが、もっと獣の如く飛び掛かって来るような連中と出会えていない。
いや、過去に数度出会っているが故に、そのレベルを自然と求めちまっているんだろう。
「だが、さっきのメールの内容だと『ヘクス争奪戦』には出てくれると受け取っているんだが」
「……ああ、出てやるよ。今回の『ヘクス争奪戦』の前提条件はなんだ?」
「『Armorが一機、そしてエース担当』だな」
手で煙草の火を揉み消して、最後の煙を口から吐き落とす。
「確か、情報の通りならファニポケんところが出て来るんだったか」
「それがどうかしたのか?」
「どうかしているからわざわざテメェに向かって言ったんだろうが」
エヴァンスという男は頭が回らない。こんな頭の回らない、思考能力の乏しい奴が他のアイドルプレイヤーと同価値ってのは随分と信じられねぇ話だ。音楽が絡むと物事への興味や感覚も変化するってところか。要するに、こいつは本気でこのゲームで楽しもうなんて思っちゃいない。ただ、ここで知名度を上げて、リアルでの活動に箔を付けたい。或いは、どこかしらか声を掛けてもらいたい。そんなところだ。軽い頭だと罵るのも勝手だが、たまにそうやってとんとん拍子で人生を昇華させる奴も居る。だから、結果が出るまではその活動自体に文句は言わねぇ。
が、エヴァンスの活動の行方には興味がねぇ。
「俺はな、テメェも含めることになるかも知れねぇが、ファニポケが大嫌いなんだよ」
「活動を否定しているのは相変わらずか」
「こんなマイナーなゲームで有名になったところで、現実に繋がるレベルのなにかを得られるわけじゃねぇだろ。それなのに、一時の悦楽のために、承認欲求を満たすためだけに、注目を浴びたいためだけに活動している。違うか?」
この言い方にエヴァンスは大層、憤慨している様子だったがその怒りをぶつけて、俺が参加を取り消すことの方がこいつにとっては困るらしく、必死に堪えている様子だった。
だから俺はテメェが嫌いなんだ。
言いたいことは言えば良い。俺が言ったことが気に喰わないならぶつけてくれば良い。なのに、利用したいがために俺のご機嫌を取ろうと躍起になっている。
そんなのは、ゲームだろうとリアルだろうと御免被りたいところだ。エヴァンスの憤慨する態度を見て嗤えるほど人間が腐っているわけでもねぇのによ。
「結局のところ、ゲームの本質を見失っている。自分のやりたいことをゲームの本質から遠ざかったところでやっていて、それで満足しているクソの中のクソ。それがファニポケって女だと思っている。ま、テメェはクソの中でも同じサーバーのよしみだから、まだマシと言っておいてやるよ」
「ゲームの遊び方は人それぞれだと思うが」
「そうだ。だが、『ヘクス争奪戦』に出るのなら、その“それぞれ”を切り捨てろってことだ。本質を見つめ直せ。このゲームは、テメェらが考えているほど優しい世界なんかじゃない。で、だ。何度も何度も叩き潰しても、ファニポケってやつはそれを見ようとしない。だから気に喰わない。分からせることが出来ていない。あんなに気分が悪くなるプレイヤーってのは今まで見た中でも、あの女が始めてだろう。ま、馬鹿にはなにを言っても分かんねぇままだと思ったから、飽きて『ヘクス争奪戦』から離れた」
「なのに、僕のためにやってくれるのか?」
「誰がテメェのためだって? 俺はいつだって俺のためだけにやるって話だ。ファニポケんところに初心者が一人、入っただとか入ってないだとか、とにかくそんな話を耳にした。だから、その初心者に分からせてやりたいんだよ。このゲームはお遊びだけが全てじゃない。ファニポケみたいな生温い遊び方をしていたら、いつまで経っても強くはなれねぇぞ、ってなぁ」
だから、最初からやることは決まっている。
「完膚無きまでに叩き潰す。叩き潰して、立ち直れなくしてやる。一瞬で、ってのはつまんねぇ。俺は痛め付けるのが大好きなもんでな。そのためなら、努力は惜しまない」
コンソールを開き、『ヘクス争奪戦』の参戦リストを眺める。週に一回の特別ルールであるために、名乗りを上げるプレイヤーは数多い。それを分散させるために、幾つものグループで分けて同時に開催する。
ファニポケたちが参戦希望しているグループに入れなければ、そもそもやる意味も無くなってしまう。
「お、空いてんな」
「ファニー・ポケットが参戦しているとなればすぐに埋まるんだろうけど、彼女は『ヘクス争奪戦』開始前までは公式Modでプレイヤー名を伏せているからね。ついでに、パーピュアサーバーから、ちょっとばかし厄介な連中が参戦希望を出している」
「エンジョイ勢が多いギュールズじゃ、あんまり強いプレイヤーとはやりたくないってか」
蹂躙される恐怖から逃げ続けていたら、いつまでも蹂躙するための力も、技術も得られないと分かっているのか、ウチのサーバーの連中どもは。
「なら、避けているところに希望を出そうじゃないか」
「一人で大丈夫なのか?」
「誰が一人でやるっつったよ?」
『ヘクス争奪戦』は戦場が広い分、チームワークが最重要となる。対人戦でも深くまで潜れば、同レベルの技術力を求められるが、それでもワンマンプレイでどうこう出来てしまうラインには達してしまう。『ヘクス争奪戦』を体験したあとだと、マップを狭く感じてしまう。だから一人でも蹂躙したくなるんだろうな。
「俺ぁ、確かに人ってもんを信用しちゃいないが、それでも『ヘクス争奪戦』で互いに高め合っている連中ぐらいは居る」
「それは良かった」
「……パーピュアから“璃々華”が出ている、か。“しぃろ”が出ていないなら、まぁ問題ねぇな。あいつの“眼”が開く前に、やりたいことをやりゃ良いだけだからなぁ」
「アズールサーバーからは、誰か猛者は出て来ていないのかい?」
「はっ、化け物共は『ヘクス争奪戦』には興味が無いんだろうよ。まぁ? 出て来たなら出て来たで、相応のおもてなしをさせてもらうだけだ」
「強気だな」
「ゲームは勝たなきゃ意味が無い。つまり、勝てないのにゲームをやっている奴らってのは総じて人生を謳歌しているか、舐め腐っているかのどっちかだ。そんな輩が、俺ぁは大嫌いなんだよ」