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結構な無茶振り


「CoMランクは上げている?」

「始めたばかりだぞ」

「上げているの?」

「上げている最中」

「ファニー・ポケットさんに拾われたのは不幸中の幸いね」

「その言い方だとゲームを始めることになったことが俺の不幸ってことになるんだが」

 廊下で小山と会話を交わす。日常的な会話ならばもう少し心が躍ったのかも知れないが、開口一番にゲームの話をされたのと、あとはそれ以外に対して一切の興味を示してくれないことを雰囲気から悟り、諦めた。

 期待しては行けない。こいつはこういう奴なんだ、と改めて自覚するべきだろう。

「セーブルサーバーはまだこれと言って強いプレイヤーが出て来ていないから、丁度良かった」

「群雄割拠みたいに言うな」

「本当に群雄割拠しているのはアズールサーバー内だから」

「そっちは魑魅魍魎が跳梁跋扈しているんだろ」

 人間と妖怪を一緒にするな、と小山なら言いそうなものなのに。

「アズールサーバーはこの際、あんまり考えなくて良い」

「いや、考えるべきだろ。いつかは当たるかも知れないだろ」

「あの人たち、タイマンで戦うこと以外にあんまり興味が無いみたいだから、タイミングさえ見計らえば対人戦でも当たらないし。なんならサーバーで拒否しても良いぐらい」

 小山はあのゲームじゃ相当の手練れなんだろうなと勝手に憶測しているのだが、その言い方だと物凄く小物みたいだな。

「セーブルはファニー・ポケットさん辺りが強いんじゃないのか?」

 実際、あの人は強いと思うし。

「強いけど、そこまでじゃない。なんかこう、燃えるプレイヤーじゃないから。戦いたい、って思わない」

「選り好みし過ぎだろ。逆にどんなプレイヤーをご所望なんだか」

「今はギュールズのプレイヤーがヤバいと思う」

「ヤバい?」

「ただ、そのプレイヤーは最近、出て来ないから」

 ログインしていないとか、或いは対人戦に出て来ないとか、そういう意味だろうか。

「それで、新しい強者を探していたと」

「そういうこと。まぁ、ヴァートのプレイヤーにも面白いプレイヤーは居て、そっちと戦っていても楽しいっちゃ楽しいけど」

「だったらそれで良いだろ」

「それでもあたしの心は冷たいままだから。雨で濡れて、ずっと乾かない」

 詩的表現に挑戦したつもりなんだろうけど、これっぽっちも意味が俺に伝わって来ない。

 俺たちはそもそもコミュニケーションが取れているんだろうか。それすらも怪しいな。話の仕方が一方通行な気がしないでもない。俺は基本的に質問に答えているだけだし、俺の鸚鵡返しに対して小山も反応しているだけだし。

 まぁ、それでも話をしないよりはマシなのかも知れないな。

 誰とも接することなく、誰とも声を交わすことなく生きるよりはずっと……でも、それがこいつである必要は見当たらない。現状、友達と話すだけで孤独感はかなり解消されているし。


 話が噛み合うことがあれば……もっと腹を割って話すようなことが出来るようになれば、こういった話もさほどの苦痛を伴わなくて済むようになるのだろうか。そんな日、来るとも思えないが。


「……ま、そんなの考えても無駄か」

「なにを考えたの?」

「どうでも良いこと」

 そう言うと、小山は深い溜め息をつく。

「どうでも良いことを考える暇があったなら、ちゃんとゲームをプレイして。土曜日と日曜日はずっとゲームが出来たでしょう?」

「ずっと出来るわけないだろ。廃人じゃあるまいし」

 なんでもかんでもゲームに話題を持って行く辺り、こいつの話題の守備範囲は呆れるほどに狭いらしい。

「ずっとプレイするくらいの気合いぐらいは入れてくれないと困る」

 神妙な面持ちで言っているが、無茶振りにも程があるのと、俺を人間扱いしていないようにも感じられる。

「俺はなんでも言うことを利く玩具かなにかか?」

「そんなつもりは無いけど」

 無意識にそういう扱いをしている場合については考えていないらしい。

「それより、俺にパイロフォビアがあることを知っておきながら、ゲームに誘ったのか?」

「でも、他のゲームだと純粋に炎を扱う魔法もあるし」

「そういうことじゃないだろ」

「……なに? ゲームに誘うなって言いたかったわけ?」

 急に不機嫌になる。理不尽が過ぎる。

「そりゃ、少しは考慮したけれど、でもあなたはそれくらいではへこたれないと思ったから」

「その買い被りとも言うべき感情はどこから出て来るんだか」

 呆れ返りつつ、大きく背伸びをする。


 土日を使って、ゲームを遊び過ぎない程度にプレイしたのだが、それでもなんだか寝不足気味というか体が固くなってしまったように思う。同じ姿勢で体を放置するという没入型のVRゲームは、戻って来た時の負担が大き過ぎる。俺が体を鍛えていなさ過ぎたという部分には目を向けたくはないのだが、それでも今後のことを考えるのなら体の方も鍛えて行かなければならないだろう。

 今後――そう、今後、ゲームを続けるのなら、だ。


「対人戦はやってみた?」

「ほぼファニー・ポケットさんに任せ切りになった」

「男らしくない」

「そーですか」

 そうやって貶されたところで、俺はそもそもの場数が足りない。初戦で自由自在に機体を動かせるわけがないのだ。

「それで、どう?」

「どうって?」

「続ける気は、あるの?」

「お前との賭けについては保留。個人的な理由で、もう少しだけ様子見」

 つまらないわけでもないのだが、特別、面白いと感じているわけでもない。ただ世界観には魅入りそうになったし、VRゲームの素晴らしさというのを実際に味わったので、他のゲームをやるという道も俺にはあるわけだ。

 でも、それだとファニー・ポケットさんがどうしてあんなにも輝いているのかが分からないままになる。それを知ってからでも、他のゲームに移ったって良いだろう。もしかしたらそれを調べて行く果てで、他のゲームなんてどうでも良いくらいに『Armor Knight』に夢中になるかも知れないのだから。

「次になにか言われている?」

「『ヘクス争奪戦』をやってみないかって言われている。実質、対人戦はほとんど俺は活躍出来ていないっていうか、見ているだけだったし、初心者でほぼ初の対人が『ヘクス争奪戦』になるのもどうかとも思うけど、とかなんとか言っていたけど」

 そう答えたら、なんだろうな。二次元で言うところのアホ毛というかなんというか、そういうのが動いたように錯覚するレベルで小山の表情が一変し、なにやら瞳を爛々と輝かせている。

「いつの?」

「いつって週に一回だけなんだから、多分だけど今週だと思うけど」

「今週……今週の前提条件は、『Armorを一機入れることと、そしてそれがエース』」

「え、なに?」

「風上君、まだ『Armor Knight』がどう面白いかイマイチ分かっていないんでしょ?」

「そりゃそうだろ」

「だったら、あたしがちゃんと教えて上げる」

「どうやって?」

「それは秘密」

 なにを秘密にするものがあると言うのだろうか。変なところで秘密主義なところはやめろよ。

「勝つために必要なこと、倒すために必要な方法。色々と考えておかないと、『ヘクス争奪戦』は前線がすぐに変化するから追い付けなくなる」

「そうなのか?」

「だから、大切なのは妄想」

「……今、なんて言った?」

「妄想」


 ……やっぱこいつとの会話は疲れる。


「暴漢に襲われた時にどう対処するか? 地震が起きた時の最善の行動は? すぐ傍の電柱が倒れた時に体をどう動かせば良いのか。車が突っ込んで来た時は? 建物が倒壊しそうな時には? そういう、無駄な妄想を『Armor Knight』ではかなり活用できる」

「そんなこと思ったことも無いんだが」

「……無い?」

「無い」

 むしろ思い過ぎると、疑心暗鬼になって生きにくいだろ。俺なんてほぼ死んでいるも同然の生き方をしているから、事故が起ころうがなんだろうがそれが運命なんだなと受け入れるぐらいしか考えちゃいない。

「生に貪欲じゃないと、すぐにやられる」

「それは、仕方の無いことだろ」

「仕方の無いことだと受け入れてしまったら、強くもなれない」

 小山はそれだけ言い残して、自分のクラスへと去って行った。


 あいつは、意味深なことだけ言って大切なことは絶対に口にしないんだろうな。そうやって、いつまで経っても俺を困らせる気だ。ああいう女には振り回されたくはないもんだ。既に天文学的確率で出会ってしまい、そして喋ってしまい、関わってしまったから手遅れなのだが。


「風上」

「どうした?」

 教室に戻ると友達が話し掛けて来る。

「さっき小山と喋っていたけど」

「え、ああ、ちょっと色々と」

「“性に貪欲じゃないと、すぐにヤられる”ってなんだ?」


 そんな話を廊下で、異性とすると思うか? なぁ、友達よ?

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