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このゲームでは当たり前の光景

 人の話を最後まで聞けない人は沢山居る。相手が話し切る前に大体を把握して、分かった気になって、勝手に良いように解釈して自分の話へと持って行く。俺もよくやってしまうから、深層心理のレベルでは気を付けようと心掛けているが、どうやら俺をミッションへと半強制的に連れ出したこのファニー・ポケットさんも似たような人らしい。というか、VRゲームのプレイヤーの大半がこういった感じなのだろうか? 現実で出来ないことを仮想現実に求めるなら、ネガティブな人もひょっとしたらポジティブに活動出来ているかも知れない。そうなると、若干というかかなりのレベルでいわゆる陽キャ……だっけ? テンション高めの人に扮した実は物静かな人が多いのだろうか。


「腕を掴まれた感触も、歩いた時の体への反動も、現実となんにも変わらなかったな」

 コクピットに逆戻りされた俺はそんなことを呟きつつ、操縦桿を握る。

『初心者が強くなるためのコツっていうのは実を言うと、そんなの無いって言わざるを得ないんだよね。感性や感覚なんかは人それぞれで異なるから、あたしに出来ることがノスタ君に出来るとは限らないわけ。でも、逆もまた然りだったりもする。要は自分に合ったテクニックの習得が必要になる』

「はぁ……?」

『それでも初心者にアドバイスするなら、駆け引きが楽しい近接戦闘よりも遠距離戦闘にまず慣れること。正直、チャンバラごっこって超反応や超感覚みたいな、ちょっと人外めいたプレイヤーの独壇場になることが多くて、どれだけ高めてもその壁を越えるのは極々一部に限られて来る。でも、遠距離戦闘には難度は高いけれど、その分だけ近接戦闘で幅を利かせている人外プレイヤーを手懐けられる』

「近付かせなければ、そもそもの攻撃を受けることもない、ってことですか?」

『そういうこと。そのために必要なのが、エイム。射撃能力の精度。TPSやFPSなんかで出て来る言葉だね。レティクルをどれだけ素早く精確に対象に合わせ、そして引き金を引くことが出来るか。その速度は速ければ速いほど強いんだよ。エイムを早々に終わらせてしまえば、先撃ちが可能だからね。ほぼ同ダメ――同等のダメージが出る場合、先撃ちが絶対有利で後撃ちは絶対不利。先撃ちのエイムが悪ければ、撃ち負けてしまうこともあるけど』

 エイム……実弾ライフルを構えた時に出て来る照準器を敵機体に合わせるための技術か。照準器はレティクルとも呼ぶんだな……。

「でも、相手は止まっていませんよ?」

『そりゃそうでしょ。銃撃訓練じゃないんだから、相手は勿論動く。ハンティングだって野生動物を的にして行われて来た趣味。オリンピック種目のクレー射撃だって、発射されるクレーの位置は競技者には不明だし』

「当てるの難しくないですか?」

『そのために培うべきが、動きに合わせて撃つことと、銃弾を続け様に放ちつつ精度を上げる偏差射撃。次に相手の動きを見てからの予測撃ち。最後に相手が絶対にこのルートを通ると分かった上での、置き撃ち』

 なんだろうな。俺は今、ロボットゲームをやっているはずなのに習っていることはFPSゲームやサバイバルゲームのそれのような感じだ。

「動きに合わせて撃つって、簡単に言いますけど結構難しいですよね?」

『このゲームはエイムサポートが弱めだけど入っているの。システムアシストと違ってこれはオンオフが出来ないから誰もが受ける恩恵であり、同時に面倒臭い仕様ね』

「面倒臭い?」

『エイムサポートが入っていると、照準が相手に吸われるの。ゆっくりとレティクルを合わせているところでスッと吸着する感じだから吸われるって言うんだけどね? 相手を翻弄したり牽制するために撃つつもりが、間違って相手に当たるように撃ってしまったり。トッププレイヤーはそんなの苦とも思わずにエイムサポートをよく分かって操縦しているよ。でも、このエイムサポートは現実では作用しないから、それを頼っているわけじゃなくて、純粋に射撃の精度が高いのよね。多分、現実でもサバゲーや据え置き機のFPSやTPSを得意としているはず』

 じゃぁそんなのに触れたこともない俺は、最初から腕の差が生じているってことだな。

「正真正銘のゲーム初心者なんですけど、追い付くことって可能なんですか?」

『センスがあれば、すぐに追い付ける。近接戦闘もコツを掴めば追い付けるけど、こっちはさっきも言ったけど人外レベルが居るから、場合によっては越えられないかも』

 人外やら魑魅魍魎と、上手い人をどうしてそうも怖ろしい感じで表現するんだ? もうちょっと讃える感じの表現は無いのか。

「トッププレイヤーって、どう呼ばれることが多いんですか? 人外とか以外で」

『うーん……このゲーム、トッププレイヤーって言ってもランクが高いことがそのまま強さの証明ってわけじゃないからねぇ……ミッションのランクや対人戦のランクが低くても馬鹿みたいに強いプレイヤーは居るし……耳にした限りだと『ストイック』、『神エイム』とか? まぁ、そんな風には呼ばれるのは中堅かな。ちょっと同じゲームをやっているのか分かんないレベルに達しているのはアズールサーバーの数人になって来るよ。とは言え、それ以外にもヤバいのは居るわけだけど』

「オブラートに包まない感じで出て来る言葉は?」

『あたしが遊んでいるルールの界隈だけで言うなら、『近接戦闘に脳のポイントを極振りしたヤベー奴』、『ロボットゲームを狩りゲーと勘違いしているスナイパー』、『通信で笑いながら複数の機体をぶっ壊すサイコパス』とか?』

「他には?」

『えーと、『変態』とか『トリッキー』とか『ピーキー』とか『ドM』とか……あと、『狂眼』、『クレイジーハンズ』』

 前半はなに言っているんだろうなと思いながら聞き流していたけど、最後の二つはなにか意味合いが違う感じがしたから気掛かりだ。

 けれど、訊ねる前に初心者ミッションが始まってしまった。今回の目標は機体を三機撃墜すること。それも常に一定の距離を取り続ける敵機体を遠距離攻撃で撃ち抜けというものだ。だから敵機体の耐久力そのものは射撃が何発か命中すれば尽きてしまうくらいに低く設定されている。問題は、当てられるかというところ。


『あんまりね、トッププレイヤーの背中を追い掛ける必要は無いんじゃないかな』

 エイムを合わせるのに苦労しているとファニー・ポケットさんが小さく呟く。

『ゲームだからさ、楽しんだ者勝ちなんだと思うんだよね。ガチになって勝ちに行っても、虚しくなるだけじゃん? ガチ勢はエンジョイ勢を嫌うけど、エンジョイ勢もガチ勢のプレイ動画は見ても、その境地に達したいとは思わないから』


「俺は嫌ですけどね。そういう逃げ道を用意しておくのって」

 照準は合わせたつもりなのに、敵機体がスルリと逃れた。これを追い掛けるように合わせようとしても、動いているのでやはり難しい。

『逃げ道じゃないよ』

「全力でやって、全力で臨んで、それで負けて……悔しいと思うより先に『自分たちはそこまで本気でやってないし』って言い訳が出て来るんじゃ気持ちで負けているんだと思いますよ? 逆に全力でやって、全力で臨んで、それで勝った時に『虚しい』と思うのは傲慢ですよ。なに本気でやってたクセに急に冷めてつまんない風を装うんですか? なに本気で取りに行ったことを恥ずかしいと思うんですか? 勝ちは勝ちですし、負けは負けです。そこと向き合う感情が、後ろ向きだったり否定的な物から始まって、それって本当に“楽しめている”んですか?」

 反抗したいわけじゃなく、あくまで初心者としての気持ちが乗っている。あとは自分の感情も乗っているだろうか。正直、教えてもらっている立場で言うような言葉じゃなかったな。

「凄い、上から目線で説教してしまってすみません」

『ううん、割と当たっているんだよね……そっかぁ……傲慢か。なるほど……あたし、ゲームとして楽しむ部分ではそこまで落ちぶれてたんだなぁ』

 “ゲームとして”の部分が気に掛かるんだけど、こっちはようやく照準を合わせてライフルから実弾を発射し、一機目に命中させたところだ。フラついたその機体の行く先を見据えて、何発か撃ち込み、これが見事に命中してようやく一機目を撃墜する。

『お、やるねぇ。新人で開始二分以内で一機撃墜はかなーり見込みあるよ。五分以内に三機撃墜なら、本物だね』

「そんな緩いんですか?」

『緩いように見えて厳しいよ。なにせ自分の目で見て撃つわけじゃなくて、全てが操縦技術に寄るから。一機目は調子が良くても二機目、三機目で集中力を切らしてしまうパターンがよくある』

「……へぇ?」

 でも、さっきの一機目でコツは大体掴んだ。

「“見えた”」

 ラインを読んで、行く先を読み解いて、射撃する。二機目は一気に、三機目は丁寧に撃ち抜いてミッションを終わらせる。


『三分四十八秒……初心者で、エイム(りょく)もそれほど無いのに、操縦技術の習得速度だけで乗り切った……』

「俺は見込みあるんですかね?」

『天狗にならなきゃ、あるかも知れないね』

 だが、そうなると小山の言った通りになってしまって賭けに俺は負けてしまう。しかし、手を抜くというのはこの場合違う気がしたし、なによりも……このゲームを楽しむことに集中してしまっていた。

「そこまで合っていないってわけでもないのか……」

 呟きつつ、モニターを眺める。


 三機目が大きな火花を放ちながら、爆発した。


 その余波が、目に映る炎が、さながら全身を舐め回すような――機体越しであって、実際にその熱を受けたわけじゃないのに、総毛立って気分が悪くなる。意識的に静まらせようと努めるが、相反して更に呼吸は荒く、激しいものへと変わって行く。


『ノスタ君? え、ちょっと? どうしたの?』

 悪寒が奔る。体中の熱を感じていたはずなのに、心臓から送られる血が全て冷え切った液体であるかのように全身を駆け巡り、そうして冷やされた体からは汗が溢れ出す。

「あ゛ぁ……あ゛ー……あ゛ーっ……」

 声が出ない。息が詰まっている。

『さっきまで通信していたはずなのに……もしかして、なにかしら体調が悪く……? 『NeST』側が体の異変と捉えて、システムとしてログアウトさせるわけでもない? ノスタ君、あと十数秒で出撃ゲート前まで強制的に戻るから、それまで我慢して』

 現実の体に異変が生じていたのなら、ファニー・ポケットさんの言うように『NeST』が異常を感知して、俺の意識を現実へと返させるシステムが働くだろう。


 けれどこれは、心の問題。現実の体に一切の危害も、命の危機も迫っていないからこそ『NeST』は反応しない。


「……過去を知っていて、俺をこのゲームに……誘ったって、言うのかよ?」

 それは性格が悪いを通り越して、人非人(にんぴにん)じゃないか。

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