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セーブルサーバーへようこそ


 HMDも『NeST』というタブレット型端末も、オススメを選んでもらったがどれもこれも高価な物ばかりだった。けれど、こういった物はケチ臭く安い物を買うとあとで絶対に後悔したり、耐久年数的によろしくないのは分かっていたので相応の物を購入した。スマホの契約と同じくらい『NeST』は手間取ったけれど、VRゲーム特化型とはいえ、他のタブレット型端末と遜色ない性能を持っているようなので、これはこれで便利だ。


「サーバー希望って出たけど」

 そして、買い物を済ませてさっさと小山と別れ、マンションに帰ったのち俺はHMDの初期設定を終わらせて頭に被り、パソコンと睨めっこをしている。

『文字通り、最初のアカウントなら希望のサーバーを第三志望まで選べる。けれど、空いていなかったら希望通りにはならないからあんまり期待はしない方が良い』

「そうか」

『でも、除外するサーバーは割と強くシステム側が反応するから、アズールサーバーとパーピュアサーバーは除外して』

「アズールサーバーは魑魅魍魎が跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)しているって聞いたが、どうしてパーピュアも?」

 パソコンの画面に映るサーバー名を眺めながら訊ねる。

『気分的に』

「気分かよ」

『除外しなかったら、許さないから』

 なにをどう許さないんだ。主語と述語を明確にしてもらいたい。

 そう思いつつ、言われた通りにアズールとパーピュアを除外する。希望するサーバーは……まぁ、その二つを除いたどれかってことでランダムで良いか。

「キャラクタークリエイト画面に移ったけど」

『HMDをしていたら、それは一々カスタマイズしなくてもスキップできる』

 確かにHMDをしていたら、パソコンの画面に自分の顔が鏡のように表示されて、それらの特徴を勝手に引っ張ってプレイヤーキャラクターを形成して行く。注意書きとしては、『決定』を押したあとに鏡映しのキャラクターが反転し直されるってところだろうか。

「リアル割れ……えーっと顔割れみたいなことにはならないのか?」

『それを気にするなら、髪型や髪色を少し変える。でも、バレたなんてことは滅多に聞かない。自分から個人情報を漏らして、バレたってパターンはよく聞くけど』

 そう言われてしまったら、さすがになにかしらの特徴は変えるべきだなと思ってしまう。俺はオンラインゲームのいろはなんてまるで知らない。下手をして、そういった悪い連中にポロッと個人情報を喋ってしまうかも知れない。

 髪型を多少弄って、髪色は黒に僅かながら赤を混ぜる。限りなく黒に近いけど、よく見たら赤毛が混じっているみたいな。そんな感じ。

「キャラ名を入力しろってさ」

『そこまではあたしもアドバイスは出来ない。自分の好きな名前を入力して。別にあとからでも名前は変更出来るから。手続きでちょっとだけ時間が掛かってしまうけど』

 ゲームについては饒舌であっても、それ以外のことについてはちっとも非協力的な意思を見せるのはいかがなものか。お前のせいでゲームをやることになっている……とも言えないんだよな。結局、興味があったし。小山の話云々は丁度良い理由にピッタリだっただけだ。

 名前……名前……。

 あんまりこういう二次元のキャラ名を考えるのは得意じゃないというか、創作するのがそもそも不得意というか。

 悩んだ果てに、語感の良さで決めて、入力を終える。

 『NeST』のケーブルをうなじに刺す。モスキートニードルを採用しているから、刺した時の痛みは無い。それよりもその先で行われた接続テストと痛覚テストで感じたビリッと来る痺れの方が嫌だった。

「これ、毎回テストされるのか?」

『次第に慣れる』

「慣れたくないんだが」

『接続が正常か、痛覚がちゃんと処理されているか。これらが成立していなかったら、ゲームを終えたあとに脳が勘違いを起こす』

「勘違い?」

『怪我をしてもいないのに、ゲーム内で怪我をした部位に強烈な痛みを感じたり、酷い場合は傷として露呈して、血を流す』

「……そんなに危険なのか?」

『だから接続が正常ならあり得ないことなの。前者はチートしている輩が味わう苦痛で、後者はただの都市伝説。でも、怖がらせておかないとあなたはそのテストをぞんざいに扱いそうだから』

「ぞんざいもなにも、毎回強制的に味わうことになるんだから、無視することは出来ないだろ」

 これだけのことをしてようやく意識を落とし込むタイプのVRゲームは始められる。手間が多い分、もう徒労感が否めない。

「始めてはみるが、先に言っておくがただの買い被りだからな」

『それはゲームを終えてから言って。体はリラックスできる状態にしておかないと、ゲームをやめたあと体の節々が痛くなるから』

「分かったよ」

 スマホの通話を切って、布団に放り投げる。椅子は深々と腰掛けられるタイプじゃないし、柔らかいわけでもない。無いよりはマシだろうということでクッションを背中に、座布団を椅子に敷いて座り直した。

「VRゲームは夜に遊ぶ場合は一時間がベストなんだっけ……睡眠に支障をきたすとかなんとか」

 まだ午後七時半。夜には夜だが、深夜帯ではない。ただ初めてのプレイなので、緊張感が強いというか、そういう無駄に得てしまったネットの知識が頭をよぎってしまう。


 深呼吸をして、気持ちをリラックスさせたのち、『Armor Knight』を開始する。

 心地良い眠気……とはまた別の、急激なブラックアウトを感じ、それに抗うように瞼を開き直すともう自分の体はマンションの一室には存在していなかった。

 立体音響では到底、放つことの出来ない臨場感と轟音。激しいロボット――機体同士の銃での撃ち合い、そして剣での鬩ぎ合い。さながらその場所に居るかのような映像が次から次へと飛び込んで来て、最終的に強い発光が起こり、そして自分自身がシートに座らされていることに気付く。

 操縦桿……のような物と、計器類。多数のモニターに、画面。あとはよく分からない装置のような、ボタンのような、機械が所狭しと並んでいる。

「チュートリアル……か?」

 さっきまでの映像の数々はいわゆるオープニングであり、今、俺がシートに座っているのはこれからチュートリアルを受けるから……ってことで良いのだろうか。

「小指……は、あるけど動かない、か」

 これは事前に聞いていたことだからすんなりと受け入れる。右手の小指で操縦しなきゃならない場面なんて早々訪れないだろ、多分。


 右の操縦桿は主に右腕全般、左の操縦桿は左腕全般に干渉する。両足で踏んだり、(かかと)で押し込んだりするペダルは機体の前進と後退。操縦桿を任意の角度に曲げると機体が旋回して、左折や右折が可能。

 モニターに映るチュートリアルを一つ一つこなして行く。モニター以外に重要なのはマップ画面。あとは任意で表示可能なコンソール画面。特にマップ画面は現在地を把握したり、オブジェクトをどう戦略的に利用するかだけでなく敵機体の位置を知るためにも必要不可欠に感じられる。コンソールは基本的に情報収集用。戦っている相手の機体名やプレイヤー名を知ることが出来るのと、撃墜された場合は明るいフォントが灰色に染まる。それ以外にも、一応はネットでの検索も出来るようにはなっているらしい。


「ブースト……スラスターとバーニアの調整……ただ歩かせるだけじゃ駄目かやっぱり……それに、空中戦?」


 ブーストの掛け方は人それぞれ。ペダルを強めに踏み込むことで強制的に発動だったり、操縦桿のスイッチを押し込んで発動だったり、その辺りはカスタマイズ出来るらしい。と言うか、あらゆる操縦に必要な物の機体への干渉については変更が可能なようだ。要するにコントローラーコンフィグみたいな物、だろうか。ネットの動画で見掛けたゲーム実況なんかでプレイを開始する前にコンフィグを開いているところは見たことがある。これもそれに該当する要素が詰まっていると考えて良さそうだ。


 空中戦についてはサッパリだが、地上戦における操縦はそこそこになって来た。チュートリアルで課せられている移動についても操縦で混乱はしても、ともかくこなせるようにはなった。

 ただ、ここで雰囲気がガラリと変わって、自身の機体の前に明らかな敵機体が空から降りて来る。

「戦闘の、基本?」

 銃にはエネルギータイプと実弾タイプ。近接戦闘は刀剣類から鎚、斧など多岐に渡るらしい。今回、俺が握らされているのは実弾タイプのライフルとソードと呼ばれる実体のある剣。熱で強く固く引き締まり、大抵の装甲は切り裂ける……そういう設定のようだ。あんまり設定設定と頭の中で考え込むのもやめた方が良いのだろうか。こういうのは、ゲームの世界に自然と適応するために、あんまり深く考えるべきじゃない。

 敵機体がブーストを掛けて攻め込んで来る。

「ここから操縦はプレイヤー任せか?」

 目標として掲げられているのは『敵機体を撃墜しろ』というものだけで、それ以外に求められていることはなにも無い。さっきまではチュートリアルが入るたびに機体が強制的に停止して、表示されている内容を熟読してからモニターをタップして再開することが出来ていたが、このスムーズな敵機体の動きを見ると、どうにもそんな優しさはもう与えられてはいないらしい。

「ええと右がソードで、左がライフル」

 外の景色を映し出すモニターとはまた別のモニターには現在の自機の機体状況が表示されている。なにを装備していて、それはどっちの手が握っているのか。装甲の損傷率なんかも全てここで見ることが出来る。

 だからって、これをずっと眺めていたら良いってものでもないらしい。チュートリアル早々に敵機体による強烈な剣戟を浴びてしまった。

「これ、回避とか本当にやれるのか?」

 自問自答しながら機体のバランスを制御して、崩れそうなところを寸でのところで整える。

 これがアクションRPGであったなら、自分の体を自分の意思で思い通りに、無意識に動かせるようなゲームであったなら、恐らくはさっきの剣戟を浴びることは無かった。でも、これは機体を動かす。頭で考えた動きを実現するためには操縦桿の角度、攻撃のタイミング、ブーストの掛け方。あらゆる操縦を体を動かすのと同等のレベルでこなさなければならない。攻撃が来る、と分かってからでは遅いのだ。攻撃が来ると予知した上での回避行動を取ることが出来るように機体を既に動かさなきゃならない。そして、どっちに避けるとか避けないとか、一瞬の判断も求められる。アクションRPGよりも複雑で、ついでにあらゆる意味で難度が高い。

 単に俺が初めてゲームを触ったからかも知れないが。

「これを勧めた小山はやっぱり頭がおかしい」

 ついでにこれをプレイしているってのも、嘘じゃないかって疑いたくなる。

 そう思いながら機体を動かして、敵機体の剣戟をまずかわす。モーション、って言うんだっけ? この動きは単発。さっき一回見た動きだった。これは二回目は避けなきゃ駄目だろ。

 続いてライフルで牽制射撃。これだけ近いのにライフルを攻撃方法に選んだのは明らかに悪手だ。でもやってしまったんだから、途中で止めるよりもやり切る。敵機体が弾丸を避けるために機体を右へと逸らして行く。動きが機敏なので、照準が合わせられない。だが、それならそれで本来はこの距離で使うべきだった剣を使うことが出来る。

 間合いを詰めて、まず敵機体に剣を振るわせる。三回目は綺麗に避けることが出来た。そして、カウンターとして剣戟を浴びせ、反撃が来たタイミングで機体を更に動かし、これを避けて追撃。

 この二撃目で敵機体が動作を停止し、動かなくなる。目標となっていた『敵機体を撃墜しろ』という文字に完了の文字とチェックマークが入れられる。


 チュートリアルはこれで終了らしく、十秒後にサーバーとその拠点へ移動される旨がアナウンスで伝えられる。


「絶対に買い被りだな……今日中にやめるぞ、多分」

 そうなれば小山は俺のペットになる……なんか字面がヤバいな。やっぱり賭けは無しってことにしようか。なんかここに来て、ビビッてしまっている。

 視界がブラックアウトし、人々の話し声や歩く音、その他の環境音がダイレクトに伝わって来て、瞼をゆっくりと開く。


 『ようこそセーブルサーバーへ』。そんな文字が宙に浮いているコンソール画面に表示されている。さっきのコクピットにあったコンソールとほぼ同じ働きをするんだろうか。『OK』ボタンをタップすると、コンソールには沢山のアプリアイコンが広がっている。メール、フレンド、あとは……なんだ?

「取り敢えず、設定っぽいのを開いた方が良いか」

 歯車マークが入った物が『設定』系統のアイコンだろう。


「あ、初心者さんだ」

「……え?」

「ファーストアカウントでプレイを始めた場合、プレイヤー名が特殊な蛍光色で表示されるの。これってゲーム内プレイ時間が10時間経過するまで変更出来ないのと、あとあまりにも戦績が悪かったりすると10時間経過してもシステム側でまだ駄目って感じで変更不可だったり」

 だから俺が初心者だとすぐに分かったってことか。それにしても始めたばかりのプレイヤーに声を掛けるのは、かなりのお人好しというか……もしかしたら、リアルマネートレードやらを持ち掛けて来る悪い連中だろうか。女性の見た目をしているけれど、中身が悪い人じゃないとは限らないからな。

「『設定』を変更する前に、このModを当てた方が良いよ」

 女性が差し出して来た手には、光るテクスチャの塊があった。

「……ウィルス、という可能性がありますから」

「あっははは。VRゲーム内でウィルスデータを送り付けるのはさすがに無理だよ。やるなら外からだろうね。これは公式Modの塊だよ。ゲーム会社じゃなくって、有志の方々が作った物だけど、完成度が高いからゲーム会社側が認めた物。以前までは個人的にパッチみたいに当てて行くのが主流だったけど、今は公式のお墨付きとしてどれにもデジタル署名が付いているから安心して良いよ。これ以外にも便利なModは沢山あるんだけど、初心者はまずこれ全部当てた方がそのコンソールだけじゃなく、色んなところが便利になるから」

 恐る恐るテクスチャの塊に触れて、中身を確認する。確かにゲーム会社のデジタル署名が入ったデータらしい。言われるがままというのは癪に障るのだが、初心者である以上、頼れるのならばそれが藁であろうと縋るべきだ。

 当たり前だが、どんなModであれパッチであれ、開こうとすれば警告画面が表示される。これは自己判断でデータを開いたという確認のようなものだ。コンビニでお酒や煙草を買う際に二十歳以上であることを『確認』するためにタップを求めるのと同じ意味を持っている……んだろう。

 『はい』をタップすると、表示していたコンソール画面が瞬く間に、簡素な画面が鮮やかな色合いを交えた、とても見やすい物へと変貌を遂げた。この画面は、『NeST』のアプリアイコンの配列とほぼ同じだろうか。さすがに全てが同じというわけではないけど、さっきよりは明らかに見やすいし、アイコンがなにを意味しているのかも分かる。

「驚くのはそこだけじゃないんだなー。言語の自動翻訳の精度が飛躍的に上昇しているから。アジアサーバーの内の五つの日本サーバーって感じで隔離されているんだけどさ。それでも海外勢が入って来ることってあるし。あと、ミッションの受注とか、格納庫での武装変更なんかもよりスムーズになって見やすくなっているはずだから、期待して」

「あの……ありがとうございます」

 悪い人じゃない……かどうかはまだ判然とはしていないが、ここまでは一応、お礼を言っておくべきだろう。

「いえいえ、そんな大したことじゃないから。じゃ、早速行ってみよっか」

「はい?」

「初心者はまず、とにかくミッションに決まってるでしょ。チュートリアルだけじゃなくて、ミッションとして専用の初心者ミッションが五つあるから、まずはそれをさっさと終わらせちゃいましょう」

「え、いや、それは自分のペースでやって行きますから」

「だーいじょぶだいじょーぶ。初心者ミッションは監督役が一人入ることが出来るから。リアルの友達がゲームを始めた際にレクチャー出来るようにっていう運営の優しさってわけ」

「別にリアルで友達というわけではないですし」

「別にリアルで友達じゃなきゃ監督役は出来ないってわけじゃないから」

 この人、同じ人間で同じ言語を話しているんだよな? さっきから俺の意思は全くもって無視されてしまっているんだが?


「昔から面倒見が良いって言われてんだよねー。今日は時間が空いているから、君が期待の新人か、それとも極めて普通の凡人か。見極めさせてもらうよ。ええと……ノスタリア? ノスタリア・オッド君? じゃーノスタ君ね」

「え、いや、ちょっと」

「ちなみにあたしはファニー・ポケット。ファニポケって略してくれても良いよ? 『さん』を付けるか付けないかは君に任せる。あーでも、あんまり大きな声では呼ばないでね。あたし、割と有名人だから」

 別の意味で、と付け足しつつファニー・ポケットさんは俺の手を引っ掴んで、無理やり出撃ゲートの方へと歩かされる。


 拠点に来て、まだ五分も経ってないぞ? もうちょっと景観を楽しんだりしたいのに、さっきみたいな戦闘にまた行かされるのか、俺は……?

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