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1-8

――ナルシェがロジックを開けない以上は、お前の“腕”、あとは“目”と“耳”についてはお前が話さなきゃ分からない。


 五層はさほど問題では無かった。集落で「どこかにおかしな穴はなかったか」と聞き込むだけである程度のアタリを付けることが出来たからだ。「あそこの洞窟には誰も近付かない」、「あそこにはなにも無かった」、「魔物の巣窟だった」など、穴に対しての直接的な物は聞けなかったが、つまり誰も穴を見たことがないのであれば、誰も入ったことのない洞窟が怪しいということになる。


 魔物の巣窟と呼ばれていた洞窟は後回しにし、誰も入っていない洞窟を選ぶ。この異界はアレウスが堕ちた五年前よりも以前からずっと存在し続けているのだから、そのような洞窟は片手の指ほどしかない。加えて、集落からなるべく遠くから。これは魔物の巣窟であった場合、ベースへの襲撃を可能な限り防ぐためもあるが、近場より遠くの方が誰かが入った可能性が極めて低くなる。そこから鉱石がボロボロと零れ出て来るという話でも耳に飛び込んで来ない限りは、遠出してまでわざわざ誰も入ったことのない洞窟には手を出さない。出すとしても、近場の洞窟である。


 人種の思考と言うほどでもない、ただの経験則、大雑把に言ってしまえば勘のような物で五界層から四界層へは容易く渡れた。堕ちた時以来になる穴へ、アレウスとアベリアはかなり緊張した面持ちで入って行ったが、ヴェラルドとナルシェの姿を見て、安心感を得ていた。


 四界層も、やはり洞窟だった。五層には集落というベースがあったが、ここにはそれが無い。つまりはどこまで続くかも分からないただひたすら洞窟を突き進まなければならない。油は惜しいがナルシェの魔力は更に惜しい。松明は油の消耗が激しいもののナルシェのランタンと合わせて進むことにした。

「魔物の臭いがするな……」

「ここに来た時、爪と牙を剥いだからそれの臭いじゃない?」

「ガルムとは違う臭いなんだが」


「それなら、アレウスよ」


「そうか?」

「血に濡れた布を浄化したでしょ? あの時、臭いは消えたかと思ったけどそうじゃなかった。あの子、話したがらないけど魔物に関わるアイテムを持っているのかも」

「それで寄って来ないのも珍しいな」

「魔物由来のアイテムにしても、種が違うとしたら?」

「ここらを蔓延っている魔物より高位の魔物由来か」

 魔物にも弱肉強食のような力関係はある。本能的に自身よりも強い魔物の臭いを感じ取っているのなら、それがたとえ臭いとして放出されていても近寄っては来ない。


「逆に有効だな、この場合は」

「ええ、この場合は」

 だからアレウスに訊ねることはなかった。なにかしらの魔物由来のアイテムを持っているのだとしても、結果として魔物除けになっているのであれば大声で怒鳴り、奪い取るほどでもない。むしろその声が刺激となって、臭いで隠れていた魔物が一斉に飛び出して来ては本末転倒だ。


「マッピングは出来ているの?」

「信用しろよ」

 羊皮紙にペンを走らせて、ヴェラルドは地図を歩きながら描いて行く。魔物の気配が無いのなら、戦士のやることは周辺に気を張り続けること以外にもマッピングという作業がある。前衛のヴェラルドがやるのは実を言うとアンバランスだ。しかし、ナルシェには出来ない理由がある。

「方向音痴だからな」

「なにか言った?」

 それとは逆に、ヴェラルドは技能として地図描きを持っている。現在地から始まって、東西南北を本能的に感知するその技能をもってすれば、横穴をただただ歩いていたとしても方向を見失うことはなく、一つの地図を描き上げることが出来る。

「アレウスは学ばなくて良いことだぞ。これは本来、中衛か後衛がする作業だからな。襲撃時にすぐに剣を抜かなきゃならない前衛が暢気に地図を描かなきゃならないのは俺たちぐらいだ」

 なんとも肯定し辛いといった、そんなよく分からない微妙な首の動きだった。ヴェラルドに肯定したいが、そうしたらナルシェに睨まれる。さりとて、声で対応すれば言われた通りの沈黙を破ることになる。だから、表情だけでも困ったという気持ちが伝わって来る。

「そう重く考えなくて良いんだよ」

 これは気晴らしであり、不安を払拭するための会話だ。深い意味は求めていない。小声でのやり取りで、伝わらなかったら致命的なことをするわけがない。


 アレウスとアベリアは言い付けをよく守っている。私語厳禁とは確かに言ったが、少年少女とは思えないほどの我慢強さだ。確かに応答として「はい」や「いいえ」という声は小さくも出て来るが、騒ぐ様子もない。渡るために穴に入る瞬間も、恐怖に青褪めながらも悲鳴を上げなかった。お荷物とは言ってしまったが、これは上等なお荷物だ。二人は必ず振り向けば視界の範囲内に居る上に、ヴェラルドとナルシェの死角になる方向に睨みを利かせている。少年少女の警戒心などそれこそ児戯にも等しいのだが、無いよりはマシで、ついでに死角をケアしながらはぐれないように動けている。


「これは本気で、外に出たいという表れか」

 外に出られるのならあらゆることを我慢する。それほどまでに、こんなところからはオサラバしたい。そういった意思が少年少女に与えられるべき感情による動向全てを抑え込めている。子供にここまでされては、大人は願い通りに脱出させたいと思うのみだ。


 手で合図を出し、ヴェラルドは三人を自身の近くで歩みを止めさせる。


「見ろ、アレウス。あれが魔物だ。ここのは……五界層で見たものと同じ獣型だな。ただ、体躯は少し大きいかも知れない。遠目で見るよりもずっと近いが、怖いか?」

 首を縦に振る。

「だが、あれを倒さなければ前には進めず、あれが襲って来たなら命を守らなければならない。怯えていては、どちらも成せない。分かるな?」


「……奥にもう一匹」


「奥?」

 暗闇に目を凝らす。

「よく見えたな。もう一匹、岩と岩の隙間に居る。二匹か……」

 ナルシェとだけなら、二匹は同等。アレウスとアベリアを気に掛けるなら、かなり危うい。自身の描いた地図をヴェラルドは眺める。最初に向かった方角の先は行き止まりで、反転してこの道を歩み続けている。近くに分かれ道のようなところも見当たらなかった。しっかりと岩壁は手で触れながら進んで来たつもりだ。


 だが、行き止まりから湧き出て来るのが魔物だ。異界獣の代謝物が生命を宿す。さっきまでは代謝で落ちた物でしかなかったが、ヴェラルド一行が反対方向に進んでから命を宿す場合もある。


「囮……というわけでもないよな」

 こうして二匹を眺めている間に背後から別の魔物が迫って来ている、とも勘繰ったのだがどれだけ目を凝らしても、捕捉出来ない。

「後ろから出て来ると思うか、アレウス?」

 ナルシェに聞こうかとも思ったが、ここは少年に訊ねる。

「お前は俺より目が良いらしい。夜目が働いているんなら、ありがたく利用させて欲しい。後ろに、魔物は見えるか?」

 アレウスが振り返り、ナルシェが短剣の柄に手を添える。

「…………見えない」

「そうか。ナルシェはどう思う?」

「私も、アレウスの“目”は信頼して良いと思う。アベリア、私から離れたら駄目よ?」

「はい」

 なら、やることは決まった。

「俺は前衛、アレウスは中衛、後衛でナルシェとアベリアだ。姑息で小ズルく、死なずに命を守れ、アレウス」

 持ち込んだ剣はここでは役に立たない。ならばベースで作成した洞窟内でも振ることの出来る剣を使う。耐久力に難はあるが、上手く滑らせれば十匹は狩れる。


 が、その前に刃物は温存したい。


 だから長さを整えた棍棒で、殴りに掛かる。外の世界ではなにかと馬鹿にされる棍棒だが、それはただの刷り込みだろうとヴェラルドは思っている。人種であっても、棒で殴られれば大怪我だ。魔物には刃が通る。そして杖による打撃も通る。ならば、棍棒での打撃が通らない理由はどこにもない。加えて、アレウスがこれまでの五年間の間に集めた金銭的価値のないクズ鉱石を先端に埋め込んでいる。数度打ち込めばそれは外れるのかも知れないが、毛皮を越えて突き刺されば有効となる。魔物が小鬼以上の豚鬼や大鬼であったなら、こんな棍棒は使おうともしなかったが、相手が五層で相手取った魔物ならば迷わず使える。

 頭部目掛けて振り下ろし、悶えているところにもう一発、そして更に数発を打ち込んで、爪や牙を振るわれるより先に一匹を仕留める。不意討ちと先手必勝が上手く機能している。二匹目が背中から飛び掛かって来ているが、右足を軸にして旋回し、遠心力を加えた打撃で打ち飛ばす。

「アレウス」

 わざと中衛に立つアレウスの前に魔物は転がした。少年が動けなければ、難なくトドメを刺せるように動いているので、後衛にまで魔物が走らせることは絶対にない。


 雄叫びを上げるでもなく、悲鳴を発するでもなく、アレウスは静かに闘志を燃やし、起き上がろうとする魔物の腹部を短剣で掻っ捌いた。大量の血が迸り、服が血塗れになろうとも構わず、心臓を突いて殺す。


「特注品ならまだしも、一般的な短剣なはずなんだが」

 棍棒を収めて、頭を掻きながらヴェラルドはアレウスに近付く。

「お前の右腕は……なんだ?」

 体を鍛えているにしても、あり得ないほど綺麗に魔物の腹を裂いていた。そして、骨にも当たったはずの短剣は刃こぼれの一つもしていない。子供にはあり得ないほどの怪力だ。これはなにかのアイテムによって筋力にボーナスが掛かっている。


 ナルシェが渡した聖水をアベリアがアレウスの頭から掛け、彼の衣服に染み込んだ魔物の血を浄化する。


「そんな風に使えとは言ってないけど、浄化出来ているんなら良いか」

 大雑把な聖水の使い方にナルシェは小言を口にする。アレウスはしばし、アベリアの行動を信じられないという表情で睨んでいた。年下に非常識なことをされたことに対する動揺だろう。

「ナルシェがロジックを開けない以上は、お前の“腕”、あとは“目”と“耳”についてはお前が話さなきゃ分からない」

「耳……も?」

「気付いていないと思ったか? 昨日の時点で怪しいと思っていた」

 まさか“目”や“腕”までも怪しさの塊で出来ているとは思わなかったのだが、これは一大事にも成り得ることだ。

「だが、話したくないってんならこの話は終わりだ。長話で足を止めている余裕は無いからな。それに、私語は厳禁だと言ったのは俺の方だ。言う言わない、どっちにしたって異界を出るまでは言及はしないでおく」

 五年という歳月がアレウスにもたらした物は、生きている奇跡だけではないのかも知れない。等しく人種は異界に長く滞在してしまうと狂気に陥る。アレウスもアベリアも五年経過しているのであれば、まず間違いなく狂っている。


 既にアベリアの狂気は“五年間も物乞いを続ける異常な思考”で見えているが、アレウスは未だ見えない。物盗りに発展した思考かとも考えたが、あれで懲りてからは一度もなにかを盗もうとはして来ない。だったら、他のところに狂気が代替物として見えているか、隠れている。隠れているんじゃなく、見えてはいても本質が見えないようになっていることも視野に入れた方が良さそうだ。


「御免なさい」

「謝ることじゃない。お前が隠していることが、俺たちにとっての不安要素なのか否かってのが気になっただけだ。まぁ、本気で外に出たいという気持ちは伝わって来るから、きっと悪さはしないと信じているが」

 誰しもが隠し事をする。しかし、その隠し事がおおよそ許容できないほどの悪事であったなら、と思うと落ち着かないだけなのだ。子供に対し、疑りを深くするのは神経質であるとも捉えられるが、子供の狂気は時に大人のそれを上回る。決して、無垢だからと、純粋だからと、疑わなくて良いことには繋がらない。


 マッピングをしながら洞窟を進み、四層の穴を見つける。無事に渡り、三層へと移る。


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