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得意分野だと元気

 帰宅したらゲームで遊ぶ。俺はそう小山に言ったはずだ。なのに放課後になって、さぁ帰るぞという気分の時に問答無用で連行されるような形でアミューズメント施設へと来させられた。彼女も俺がゲームを継続することについては納得していたはずなのに、なんで寄り道なんてさせるんだという思いとは裏腹に、俺は今、現在進行形でARサバイバルゲームを体験させられている。「VRゲームは体を動かしはしないけど、ちょっとでもゲームから戻って来た体の気怠さを払拭するためには鍛えた方が良い」とかなんとか言って、それで運動の一環としてARサバイバルゲームを選んだというわけだ。

 だが、ARゲームのスペースには今日に限って人の入りが悪いらしく、対戦相手が見つからなかったので彼女は渋々といった具合に射撃訓練場のラインへと移動した。直線上にある人型のターゲットを撃ち抜く簡単なゲームだ。サバゲーが出来ない以上は、ARデバイスをレンタルした分の元だけは取りたいのだろう。


「システムアシストは三種類あるけどどれを使っているの?」

「サバゲーやりながら別のゲームのことを訊くのはやめてくれないか?」

「言っても、対戦相手居ないから『ターゲットアウト』と同じでしょ」

 その『ターゲットアウト』というゲームがどういったタイプの物なのかは定かじゃないけど、要するにARデバイスを銃に見立てて的に当てるゲームだろうということだけは分かる。

「エイム力を高めるためにも、こういったところでの練習は割と大事。体勢を維持するから一応は鍛えられるし」

「俺は別にエイム力を高くしたいと思っていないんだが」


 しかもこれだと現実の射撃の腕前が上がるだけなんじゃないか? いや、『Armor Knight』で上手くなればほぼ現実でも同様に上手くなりそうではあるけどな。


「オートはアシストが強めに掛かって、攻撃モーションから相手が逃げ切るのにかなり手間が掛かるけど、全ての攻撃は機体の中心部分を狙う。セミオートは基本的に機体中心部分を狙いに行くけど、損傷率や耐久力を考慮して、壊しやすい部位を時折狙うようになる。でも、オートよりもアシストは弱め。マニュアルは基本的に自分で狙ったところを攻撃できる。でもアシストは最低限だから、受け止める方じゃなくて避けやすくなる。でも、ベテラン勢は大半がマニュアル。自分の狙ったところに攻撃を加えられるのがやっぱり一番だから」

 ナジアが機体の右腕のジョイント部分を綺麗に切断出来ていたのはマニュアルだったからか。俺より攻撃の精度が高過ぎて変だなとは思っていたんだよ。

「で、俺がナジアに攻撃を避けられたのは設定をマニュアルにしていたからか」

「初心者がネットで調べて、一番強くなるシステムアシストの種類がマニュアルって書いてあったからそれにしたって感じでしょう?」

「そうだよ」

「でも、実際はオート……出来ればセミオートぐらいが最初の方がセオリー。まず当てるのが大事だから。特定の部位を狙って、破壊するのは当てるのに慣れて来てから」

 じゃぁ俺があの時、システムアシストの設定をマニュアル以外の物にしていたなら、クロスカウンターが入って同時に退場するってパターンもあり得たのか。


 狙いを付けて、引き金を引く。銃弾は人型のターゲットの端の端に当たる。横で小山が鼻で笑う。本物の銃を手にしていたら撃っているところだ。


「呼吸を止めるのはやってみた?」

「それ、『Armor Knight』だと必要無いだろ」

 人体の我慢がそのまま機体に影響してくれるのならば、その呼吸に寄るエイムのブレ対策は有効かも知れないけど、『Armor Knight』だと機体からのエイムはほぼブレない。連射でもしない限り、リコイルの制御も軽いはずだ。

「気持ち的な部分では有りだったりする。あたしはしているけど」

「なんで自分はしていることを相手もした方が良いみたいな押し付けがましいことを言って来るんだ」

 居るよな、そういう奴。あの漫画面白いから絶対に読んだ方が良いみたいな。押し付けられても、こっちにはこっちの趣味嗜好がある。残虐的な漫画を好ましくないのに勧められたって絶対に読まない。なのにそうやって読まないでいると、「あいつは変わり者だ」扱いだからな。もう慣れたから軽く関わって、軽く離れる距離を維持しているから良いけど、最初は結構メンタルにダメージが行った。

 小山の撃った弾丸は二発。一発目はターゲットの脳天に、もう一発は胸部中央付近を見事に撃ち抜いていた。

「エイムアシストの設定はどう?」

「そこは触ってないからオンのままだと思うが」

「あたしから言わせると、エイムアシストはオフの方が良い。オブジェクトの陰に敵機体が隠れているとして、でもその陰から僅かに機体の一部が見えているとする。でも、エイムアシストが掛かるとこんな風に」

 言って、放たれた弾丸はターゲットの脇を突き抜ける。

「今のは分かりやすく狙いを外してみた。ARサバゲーにはエイムアシストは無いから。で、もっと分かりやすく言うならオブジェクトにレティクルが吸われてしまったり、或いは地形に吸い寄せられる。吸着する感じだから吸うとか吸われるって使われるんだけど、分かる?」


 相変わらずゲームのことになると饒舌になるし多弁になる。相槌を打っているだけで表情が明るくなってくれるので、会話への労力を最小限に抑えられるのはありがたい。もう、そっちに気を遣える精神力はほとんど残っていないからな。昼休みにほとんど使い果たしてしまった。


「レティクルをゆっくり動かしていても急にオブジェクトに張り付く感じのあれか?」

「そう。『Armor Knight』だと破壊可能オブジェクトもあったり、ミッションで特定のオブジェクトの破壊が目標だったりすることがあるから、エイムアシストに助けられる場面もあるにはあるけど、それはその時に設定でオンにすれば良いの」

「オフにしているとどうなるんだ?」

「レティクルが吸われない。オブジェクトの陰から僅かに見えている機体の一部分を撃ち抜ける」

「でも、オブジェクトに隠れていない機体を遠距離攻撃で狙うなら助かるだろ」

「それはエイム力を鍛えてしまえばどうにでもなるし。ちなみにエイム力とエイミングは同じような使い方をされるけど、あたしはエイミングよりエイム力って言葉の方が好き。能力値みたいだし」

 そのエイム力っていうワードが俺にはちょっとピンと来ないから賛成も反対も出来ない。

「初心者はオンの方が良いんじゃないのか」

「オンで慣れたら、オフにした時に絶対に攻撃を当てられなくなる。あと、エイムアシストがオンかどうかはオブジェクトを利用すればすぐに分かるから、そうなったらあとは隠れて近付くだけで対処出来るのよ。空中で飛び回っているのに『あれ、この相手の射撃は妙に当たるな』と思ったら、大体はエイムアシストがオンだとあたしは判断するし。強くなりたいならオフにして」

「ベテラン勢はシステムアシストはマニュアルなんだから、強くなるならそっちもマニュアルで続けるべきとは言わないんだな」

「言ったでしょ。近接戦闘は当てるのが第一。実際にやってみたから分かると思うけど、近接戦闘の練度なんである程度のところで頭打ちになる。本当に鍛えなきゃならないのはエイム力。そっちに集中するためにも、最初はセミオートが良いの」

 ファニー・ポケットさんも似たようなこと言っていたな。近接戦闘は誰もが一定の数値に達することが出来て、そこから一つ抜け出るには、人外みたいな操縦能力が必要になるとかなんとか。だから近接戦闘よりも遠距離攻撃が大事みたいなことも合わせて行っていた気がする。

 だったら小山みたいにエイムアシストやシステムアシストについても教えてくれって話だ。ひょっとしたら教え過ぎたら、動画映えしないからってわざと教えていなかったのかも知れない。


 まぁでも、良いように利用はされてしまったわけだけど、基本や基礎は教わったんだからそれ以上は別方向から情報を仕入れて行かなきゃならなかったのは確かだ。


「ナジアは頭打ちにならなかったベテラン勢なのか?」

「多分、あいつがどう言われているか知っていると思うけど、その通りよ。『近接戦闘に脳のポイントを極振りしたヤバい奴』。順番に拘って、ついでにその順位付けがかなり適格」

「順番とか順位付けってなんだ?」

 互いにターゲットを撃ちながら質問を続ける。

「あいつは優先順位を付けるのが上手いのよ。特に近接戦闘中の思考回路の速度がずば抜けているみたいな印象を受ける。日常生活で喩えるなら……朝、目を覚ました時にすることってなに?」

「起きて、顔を洗って歯を磨いて服を着替えて、朝食の準備をして髪を整えて……俺の朝の情報が必要か?」

「そうやって朝にやるべきこと、するべきことにもちゃんと順番があるでしょ? 多少は前後するけど、必要なことにはかならず順番がある」

「……確かに」

「あいつは近接戦闘中にそれをやっているの。どう動けば良いのか、どれから攻撃すれば良いのか、次に防ぐべきなのか避けるべきなのか。それを全て、一瞬で順位付けして実行する。確かに想定外なことも起こるけど、そこはアレンジを加えて動いてすぐに順位付けを組み立て直す」

 俺なんかなんにも考えずにソードを振り回したり、防御していたから頭はあんまり使っていなかったな。ナジアにどこか隙があると分かってからは、そこだけに意識を集中していたから周りはなんにも見えていなかった。ひょっとしたらまだ生存していたファニー・ポケットさんと協力すれば確実な処理方法があったかも知れないのに。

「考えなきゃ、駄目か」

「自分の思う通りにゲームメイクをする上では、どんな時でも思考を手放しちゃ駄目だから」

 でも、自分が一番上手く操縦出来たなと思う場面は、ヴァートのエース機を狙った、思考を放棄した操縦だったわけなんだが……言わない方が良いよな。

「で、そんなヤバいナジアと、ヤバいと俺のところで言われていた璃々華――小山を震え上がらせたアズールの連中はなんなんだ?」

「あれは対人戦ガチ勢……若干、エンジョイ勢も居た気もするけど……」

「対人戦ガチ勢ってそんなヤバいのか?」

 一旦、ターゲットを狙うのを中断し、小山に向き直って訊ねる。

「あたしたちは『ヘクス争奪戦』が始まってからそっちに入り浸るようになったから、そっちのルールの中で定石や有利ポジなんかを学んで来た。対人戦マップよりも広いし、戦略が特に物を言う。対人戦は『ヘクス争奪戦』に比べれば広くないし、人数での有利より一騎当千レベルのワンマンプレイでゴリ押し出来てしまったりもする。物凄い強い人は強くて、弱い人は弱い。チームを組めば強くなる人と、孤高に強くなる人の二極化もする。そんな荒波に揉まれて育てば、エンジョイ勢ですら『ヘクス争奪戦』だと通用してしまう。それをあたしは思い知らされた」

「小山がそこまで言うのか」

「ナジアやあたしは、あいつらにとってはベテラン勢と捉えられても小物ってこと。多分、あたしたちよりも強い誰かと戦っているから、強さのバロメーターがおかしかったのよ。それに……あとで調べたら、『雷狼』のにゃおが居た。『スリークラウン』はちょっと前に解散したけど、異名持ちでアズールサーバーの猛者よ。あれに最初に狙撃された時、なにかがおかしいと思ったのに、定石通りにしか動けなかった。あたしも、ナジアですらも」

 こいつの方が圧倒的に俺より強いことが判明しているんだから、慰められないから、そこまで深刻そうな顔をするのはやめてくれ。


 なにを言えば良いのかと悩みあぐねていると、隣の隣のラインで俺たちと同じように射撃練習をしていたのだろうか。とにかくARデバイスがなにかの拍子に手元からすっぽ抜けたらしく、俺の足元に転がって来る。


「すいません」

 ARデバイスを拾ったところで、しばし硬直する。信じられないことに、このARゲームで遊んでいるのは俺よりも年下の、それこそ中学生に入りたてかもしくは小学生くらいの女の子だった。サバゲーと言えば物騒なスポーツという固定観念に囚われている俺からしてみれば、ARデバイスとはいえ銃器で遊ぶ女の子に動揺の色が隠せなくなる。

「拾って頂いて、ありがとうございます。どうにも、言うことを利いてくれなくて困っているんですよ」

 俺の手から「返せ」と言わんばかりの速度で銃の形状を見せているARデバイスを奪い取り、それから手元でクルクルと銃器を回しながら自身が使っていたラインに戻り、華麗に銃口をターゲットに向けると、軽快で連続的な射撃音が続き、一通り撃ち尽くしたところで満足したらしく、こっちに小さな会釈をしてから射撃訓練場のスペースから離れて行った。


「あんな小さい子でも、こういうゲームをやるんだな」

「……あの子が撃ったターゲットを見て」

「的の中心部分に結構な穴が空いているな」

「さっきの、マシンピストルよ? サブマシンガンとほぼ同義の扱いを受けることもあるけど、フルオート射撃でその分、リコイルも大きい。連射と弾数で勝負するような銃で、ここまで的の中心に絞って、穴だらけにするなんて……信じられない」

「凄いことなのか?」

「凄いことだから驚いているんだけど?」

 だから、俺には分からない世界で驚かれても困るんだよ。

「……まぁ、だったらなにに困っていたんだろうな」

「え?」

「“言うことを利いてくれなくて困っている”って言っていただろ。小山が驚くくらいの銃の腕前なのに、困ることがあるのか?」

 小山はそこで俯き、考え込む。

「そういう、なにかの核心に迫るような部分にはすぐ気付く」

「いや別に不思議に思ったことを言っただけだ」

「あの子、もう居ないし……答えが見つけられないままで終わって、こっちは気になって気になってすっごい迷惑なんだけど」

 逆ギレか正当ギレか曖昧なまま、小山を宥める言葉を探す。


 得意分野をペラペラ喋っていた時は見惚れるレベルで綺麗なクセに、なんで不機嫌になると途端に面倒臭い女子になるんだよ。やっぱ疲れるじゃないか。

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