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世の中はギブアンドテイクで出来ている


 不完全燃焼なのかどうかも怪しいが、もう少しやれることがあったのではないか。

 そんな風に思いつつ、昼休みに席を立って教室を出る。


 『ヘクス争奪戦』が終わって、次の日。ゲーム内で体感したあらゆることは現実に戻って来ても、夢の中よりもはるかに現実的な感触として残っている。ただし、右手の小指だけは例外だ。この箇所にだけはなにも残っていない。それが虚しいような、それとも夢中にならなくて良かったと思えるような、そんな具合だ。


 エレベーターのボタンを押す。校舎のバリアフリー化が進むのは良いことだと思うが、このエレベーターを使っている生徒をほとんど見たことがない。小学校の頃から階段を使うようにと言われ続けて来たせいで、高校であっても校舎のエレベーターを使うことはズルであるという気持ちが植え付けられているのかも知れない。外に出れば普通に使えるのに、高校では常に先生の目を気にしてしまうせいって線もあるな。どちらにせよ、使えばちょっとズレた奴と思われてしまうわけだが。

 だが、それに慣れてしまえばどうでも良いことだ。先生の視線からも生徒からの視線もなにもかも気にしなければ良い。怪我をして通学して来た生徒がエレベーターを使うのであれば優先的に譲る。そのぐらいのマナーは知っている。だけど、それ以外で文明の利器から遠ざかる理由はまるで見当たらない。

 エレベーターのドアが開き、中へ入って最上階のボタンを押す。『ドアが閉まります』というアナウンスが聞こえたそのタイミングで、半ば無理やり女の子が入って来る。

 女の子――小山はドアが閉まったのを見届けてから、俺をジッと睨んで来た。

「あれからメールも電話もして来ないのはどうして?」

「用が無いのにメールや電話をするのはやめろと言ったのはそっちだろ」

「こっちはゲームの感想について送って来ると思ったのに」

「そう思うならそっちからまず質問のメールを送って来るべきだ」

 特に意味を持たない会話をしつつ、最上階に到着してエレベーターのドアが開く。俺が降りると彼女も同じように降りて来た。

「『ヘクス争奪戦』はどうだった?」

「どうもなにも、最低だった。初心者からしてみれば複雑過ぎて何度も遊びたくないルールだな」

「そう……」

「パーピュアサーバーを選ぶなって言ったのって、小山がパーピュアに居るからだろ?」

 なんで気が付いたの? とでも言いたげな視線が飛ぶ。

「『璃々華』は思い返してみれば、小山の声だったな、と。今さっき声を掛けられてようやく気付いたが」

「……そこに関しては、気付くの遅くない?」

 遅くない。教えてもらわなきゃ俺は察することが出来ない人間だ。空気を読むことぐらいは出来るが、人が伝えたい本当のことはいつまで経っても空気では掴み取れない。

「敵で居たいから、わざわざサーバーに来て欲しくなかったってわけだ。同じサーバーでも対人戦ぐらいなら出来るのに」

「……あたしは『ヘクス争奪戦』にしかあんまり興味が無いから。対人戦はアズールの連中が幅を利かせているし、なにより戦略が多少浅くてもどうにかなってしまうのが嫌だから」

 そこまで言ってから、溜め息をつく。

「でも、浅くなっていたのはあたしの方だった。一つのルールに籠もって、強くなったように思った分だけ自分の戦略が浅ましく、そしてルーチンワークと化していたのが分かった」

「アズールにゴリ押しされたのがそんなにヤバかったのか」

「ヤバいなんてものじゃない。あの連中はヤバいを通り越して、あんまり関わっちゃ駄目なレベル。関われば関わるほど、沈んで、戻れなくなる」

「沼みたいに言うなよ」

「実際、沼みたいなものだから」

 ナジアに負けたあと、すぐに観戦モードに切り替わったけど、なんかあのナジアも狙撃されて一発で撃墜されていたからな。でも、俺の攻撃があの時、当たっていたならば勝てていたとも考えられてしまう。どうせそのあとに狙撃されるのは決まっていただろうけど。俺が狙撃されるかナジアが狙撃されるかのどっちかだっただろう。ファニー・ポケットさんは……俺を守る動きは取らなかっただろうし。

「それで、賭けのことなんだけど……最低だったなら、あたしの負け?」

「そんなの考えてなかったな。ゲームとしては熱中できたから俺の負けで良いよ。どーせ帰ったあと、また遊ぶつもりだったし」

 目を爛々と輝かせる。

「ホント?」

「ホントホント。ただ、ファニー・ポケットさんと関わるのは勘弁だな。サーバーを移動するのも視野に入れている、かな」


 ファニー・ポケットさんは善意だけで俺に接してくれていたわけじゃない。世の中はギブアンドテイク。与えられたのなら、その分だけのお返しをするのがセオリー。それが世界共通のルールだ。


 でも、それに気付いたのは今朝だけど。


「今回の『ヘクス争奪戦』を切り抜き編集して、自分の宣伝用に動画を上げるとは思わなかった」

「晒し上げられていないなら、今後もお世話になってみたら? プレイヤーネームだって全部消えていたし……あなただけは」

「これからも宣材に使われると思ったら、小山はどうだ?」

「それは嫌だけど」

「だろ。今朝に動画を見て、俺は『嫌だ』と思った。それが結論で、それが理由。人の優しさにズブズブに浸かっていたら駄目なんだと理解した」

 ファニー・ポケットさんは有名人である。有名なプレイヤーである。けれど同時に、有名になるためなら“多少の宣伝材料”としてプレイヤーを利用することさえ構わないとすら考えている。ゲームの本質から外れたサブカルチャーで有名になっていることも気に入らないのだろうが、ナジアがあの人を毛嫌いしていた理由はそこにもあったのかも知れない。

 そしてクワノキさん、ススキノさん、アマイロさんの三人は知っていて協力しているプレイヤーだ。つまり、ファニー・ポケットさんの動画のお零れにあやかろうとしているのだ。だからプレイヤーネームだって編集で消されることが無かった。

 俺は防蛾灯に誘われる虫けらだったわけだけど、あの三人はそれよりもより一層、気味が悪いというか……人の明るさを餌にして有名になりたいと望む寄生虫にすら俺には思えた。それが悪いとは言わない。生き方は人それぞれだし、有名になりたいなりたくないも人それぞれだ。でも、他人の人気を利用してまで自分の名を売り出したいという傲慢さは残念ながら俺には無い。ついでにあの三人は黙っていた。親切な不利をして話さなかった。それだけで俺がもうあの人たちに関わりたくない理由は出来上がる。

「サーバーを移るって言うけど、どこに移るの?」

「お金はあるんだよ、幾らでも」

「凄い最低なことを言っているのは、気が付いている?」

 分かっていて言って、ドン引きさせたかったのにあんまり効果が無いように見える。小山も小山で相当だなと思った。

「サーバーの移動申請って月に二回通るらしいじゃん。流浪のプレイヤーになるのも悪くない」

「それ、軽く中二病が入っているから。それと、今、どこに向かっているの?」

「屋上」

 最上階から更に続く階段を登って、屋上への扉を開く。

「あたし、屋上なんて初めて来た」

「来ちゃ駄目だからな」

「え……」

「許可を取っていないと」

 先生から調達している許可証を見せると、小山は胸を撫で下ろす。

「先にそう言ってくれないと困る」

「俺は特に困らない」

 勝手に付いて来た小山にも非はあると思う。ちょっと悪戯心があったのは認めるが。

「クレイドルとかバードケージみたい」

 校舎の屋上は柵が連なっている。柵であれば乗り越えてしまえば、飛び降りることだって出来てしまうとも思いがちだがその柵は長くドーム状に伸びて、一定の高さのところで一点に収束して小山の言ったように鳥籠のようになっている。これでは柵は乗り越えられないし、隙間を開けようにも鋼鉄で出来ているそれを捻じ曲げるのは不可能だ。ワイヤーカッターを使おうにも、それを通せるような大きな隙間も無い。

「なんでここに?」

「昼食を摂ろうと思って」

「……一人で?」

「俺はどこにも属していないから。空気を読んで、どこにでも関われるけど結局、どこからも受け入れられはしないんだよ。今日は友達が別クラスの奴らと食べるって言うから一人だな」

 週三ぐらいのペースで一人で食事を摂る。友達に引っ付いて、知らない誰かと一緒に食事を摂るのは怖くて出来ない。排除されないかと不安になって、それどころじゃなくなるからだ。天候が悪い時は屋上じゃなくて多目的室Cを使う。あそこも先生の許可が無ければ入ることが許されないエリアだ。


「あたし、風上君の高校生活は充実しているものだと思っていたんだけど」

「充実しているけど?」

「一人で昼食を摂ろうとしているのに?」

「俺は高校に通う五日間の内、三日を一人で過ごして、残りの二日を友達と食べるのを快適だと思っている。いつも誰かと一緒になにかをしなきゃならないって価値観は、あんまり好きじゃない……ただの僻みなんだろうけどな。卑屈になるほど、そういった周囲に溶け込む生活に憧れちゃいないんだ」


 孤独は紛らわすことが出来る。そして、孤独であることを受け入れる。人は一人では生きて行けないとは言うけれど、過剰なまでに複数人で生きて行かなきゃならないというわけでもない。変に関係性が増えて行くよりも、一定の基準を維持し続ける方が俺は好ましいと思っている。

「一人は、怖くない?」

「そりゃ怖い。だからこんなところで隠れてお昼ご飯を食べる」

 エレベーターには平気で乗るクセに、教室で一人、ご飯を食べることだけは出来ないという妙な思考回路だ。見られていると思ってしまうのが嫌なのか、それとも哀れまれているような視線を向けられるのが嫌なのか、それらを超越した完全に触れないでおこうという空気感が駄目なのか。きっと、三つ合わせて無理なんだと思う。エレベーターはその日、その時、その一瞬だから気にしないで済むんだろう。

「ゲームの感想だけど、強くなりたいとは思ったよ。躍起になって、自分自身の熱で我を忘れそうになるくらいには、夢中になり掛けもした」

「なり掛けただけ……?」

「結局さ……薪が足りないんだよ、俺は。誰かに着火して貰わないと、集中すら出来ない。しかも、集中を解いたあとには自分がそれまでやっていたことの半分も再現出来ない。つまり、一過性の炎なんだ。常に燃え続けてなんていられないんだ。冷静になった時、さっきまでやったことを全部“無駄”だと思ってしまう。逆に薪や炎、着火さえしてくれれば俺はいつだって燃やすことが出来る」

「なにを?」

「命を」

「……人生に価値を見出せないからこそ、自分を燃やし続けないと生きている意味を見つけられない」

「その通り」

 随分、捻くれた生き方をしている。考え方だってズレている。でも、昔に炎で右手の小指を失って、そしてその時に俺は死んだと思うレベルで死に掛けた。それが助かったと言われたって、説明されたって頭は死んだと思っているんだから、生きていることを受け入れられなくて当然じゃないか。

「当面の目標は、生きているんだって思えるようになること」

「今、ここであたしと話している風上君は生きていないようなものってこと?」

「そうかも知れない」

「だったら……絶対に、あたしと喋っている時だけは……あたしが関わる時ぐらいは、生きていると思わせてやるから。ゲームを通じて、分からせてやる」

 分からせる? それはゲームでボコられるってことだろうか。

「サーバーを移動するかは措いといて、取り敢えず今日はあたしと一対一の対人戦をして」

「ボコられるのに?」

「アズールにボコられた鬱憤をあなたで晴らす」

「やめろよ」

 そういうのを初心者イジメとか初心者狩りって言うんだぞ。ベテランならちゃんとレクチャーしてくれ。

「風上君が生き方をややこしく捉えて考えているように、あたしだって自分自身の生き方をまともに納得してはいないから。だったらそれは、自分が今、夢中になれるものの中で見つけるしかない」

「それがVRゲームか」

 若干、呆れ気味に言ったのが癪に障ったのか小山は綺麗な顔を崩して、怒りを露わにしている。

「ゲームにだってプロがいる。eスポーツっていうジャンルもある。体を動かさないから一般的なスポーツと違って低俗だ、って言い張る時代はもう終わったのよ。なのに世の中は未だにゲーム=オタクって考えるし、ゲームをやりまくっている人は大抵が陰キャみたいに言うし、なんで?」

「なんでって言われてもな」

「あたしは大人になってもゲームが趣味って言い続けてやるんだから」

 小山の大人になってからの話は別に聞きたいとは思っちゃいなかったんだが? でも、なんだか怒気も消えて来たみたいだし良かった。

「言いたいこと言ったんなら、もう教室に戻ったらどうだ?」

「嫌。あたしもここでお昼を食べる」

 もう決めた、とでも言わんばかりの勢いでベンチに腰掛けてビニール袋に入っていた焼きそばパンを取り出した。

「焼きそばパンって……」

 あまりにもイメージから掛け離れていた。もっとこう、メロンパンとかクリームパンを食べると思ったのにボリューミーというか、あんまりダイエットとか考えてないんだろうなと。

「あたしが食べたい物にケチを付ける気?」

「いいや、そんなつもりは全然無い」

 そう言って、俺もベンチに腰掛ける。ただし小山から出来る限り離れた端の端に。

「なんでそんな離れて座るのよ?」

「いや、なんか疲れそうだから」

「なにそれ」

「女子独特の空気感に合わせるのが疲れるんだよ。出来ればもっと離れたいところだけどベンチは一つだけだし」

「一年では女受けが良いことで有名なのに、女の子と話せないとか」

 今、明らかに馬鹿にする感じで笑っていた気がするな。

 けれど、言い返したくはならない。そうしたら、もっと話をしなきゃならなくなる。そんな労力は払いたくはない。ただでさえ疲れるのに、もっと疲れることに自ら飛び込みたくはない。

 特に、小山と話す労力は何気なく話し掛けて来る女子の十倍くらいは掛かるからな。出来るだけ体力と精神力は温存しておきたい。そんな俺はRPGでMPとアイテムを温存し過ぎて、慢心したところで全滅するタイプだろう。ところでRPGってロールプレイングゲームの略で良いんだっけ? ファニー・ポケットさんに先に「RPGはロケットランチャーの略だよ」とか言われたから、ちょっと自信が無いんだが?

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