強さにあぐらを掻いていた
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あたしはあたしなりに本気でゲームと向き合って来たつもりだ。手を抜くことがあったとしても、それは相手の成長を促す時だけで、強者と戦う時にわざわざ手抜きを行うような愚鈍なことをしたことは一度だって無いと言い切れる。
だから、アズールのチームが向かって来る時だって本気で臨んだ。本気の臨戦態勢を取った。光里はエース機だから隠しておいて、残りの三人と協力して一機ずつの撃墜。それを第一にしての戦闘のはずだった。
なにがどうなったのかを一から説明する必要があるのかどうか。でも、自分自身の行動のそれぞれにミスは無かったかどうかの確認のためにも省みることは大切だ。
野亜から連絡があって、セーブルのエース機を狙い撃つのを中断して狙撃する方向を急遽変更した。変更せざるを得なかったとも言える。あたしたちは廃都市に身を隠したいところだったけど、ナジアとの戦いもあり、そしてあたし自身の都合によってそれよりも前面の位置――湖近くの廃墟を拠点としていた。高台があったので狙撃するにはさほど困らなかったし、次にナジアに狙われても二発、或いは四発は撃ち込めるぐらいの余裕はあるだろうと踏んだのだ。
でも、そんなのを心配している場合ではなかった。
アズールの機体が猛スピードで空中から突っ込んで来た。基本的にあたしに捉えられない獲物は居ない。どれだけの速度を出していようと当てられなかったことは今まで無かった。でもその機体は速いだけじゃなかった。ただ速いだけじゃなく、あたしの銃弾に反応した。撃った直後に機体は射線から逸れながら避け、しかもそれでバランスを崩さずに最短距離――つまりほぼ一直線であたし以外の三人で敷いた防衛ラインを通過した。あれだけ速い機体にはこれまで出会ったことがない。だから三人が対応できるどころか反応することすら出来なかったことに文句は言えない。そもそもあたしの射撃が当たりさえしていれば、その疾走を止めることは出来ていたはずなのだから。
防衛ラインを突破した機体はあたしの連続的な射撃を全て華麗に避けてみせて、しかも狙撃地点を把握した上で距離という距離をあっと言う間に詰めて来た。これはきっと、チームに索敵武装を積んだ機体があったのだろうと推測する。
詰められたあとにやることは簡単だ。近接戦闘への対処、或いは自分の周囲にばら撒いておいた爆弾の起爆。爆発に相手を巻き込みつつ、あたし自身は煙の中へと紛れ込んで距離を取るという方法。普段からやっていることだ。
でも、その機体はあたしの機体の正面で急停止して、“ソードを取り出すのではなく、二挺のショットガンの銃口を向けて来た”。それも停止位置からして銃口の位置は眼前。まさにあたしの機体に触れるか触れないかギリギリ。恐るべき機体制御能力に度肝を抜かれつつも、僅かに存在した間を読み取って、機体を横へと逃がして放たれた散弾の全てを回避した。
あそこまで近付いてソードを抜かない機体をあたしは初めて見たし、なによりショットガンを眼前でぶっ放そうなんていう無茶苦茶をやって来るプレイヤーだって初めてだ。第一、ショットガンなんて広いフィールドを駆け巡らなきゃならない『ヘクス争奪戦』ではお荷物になる。対人戦で光るような武装で、こっちではむしろスナイパーライフルの強みが十全に活かされやすい。
これだけならまだ良い。速いのと、近接戦闘を行わないショットガンの機体。そう認識した上での対処方法は幾らだってある。問題は、一時的に離脱しなければならないと判断し、空へと飛翔した直後に来た、あたしを狙った電撃の束。逃げる方向を予測されていたが、ミスなのかどうかは分からないが逃げている機体の前方を通過しただけで済み、胸を撫で下ろした瞬間に背中からガツンと、コクピットに居ながらも鋭い一撃を自分自身に受けたかのような衝撃があった。コンソールで確認しようとしたところで、機体があたしの意思に逆らって地上へと引っ張られていることに気付き、背部にアンカーのような、そういった類の武装を撃ち込まれたのだと気付いた。
だからここで防衛ラインを築いていた三機に緊急事態を告げて、一時的な撤退を命じた。でも、そのあたしの判断は遅かった。これを言うタイミングは、高速で突き進んで来た機体があたしの元へと辿り着いたその瞬間まで。そう結論付けるかのように、三機のラインは崩壊していた。
長刀を振るい、攻撃の全てを物ともせずに弾いて斬撃を繰り出し、周辺を四足歩行から二足歩行への変形を繰り返しながら走り回る二機の機体。その内の一機にアンカーを撃ち込まれているのだが、あたしたちのメンバーの誰一人としてその機体を撃墜するように動けてはいなかった。あたしを襲撃した高速の機体が今度は地上で三機を翻弄して、まともに戦えてはいなかった。
極め付けが、意味不明なダメージ。普通、アラート音というのは敵機体が攻撃モーションに入った直後から鳴り響く。射撃で言えば銃弾が放たれた直後だ。背部にアンカーを撃ち込まれた時には鳴っていたが回避できなかった。
それは、攻撃されてからアラートが鳴った。完全な不意討ち。暗殺者の如き一撃を貰ってあたしは完全に混乱へと陥った。どうやらその機体は武装収納を持っているらしく、どちらかと言えばサポート寄りで、あたしの機体を地上へと引きずり落とした機体と役割においては似通っている面があった。つまり、攻撃の要は刀と変形機構搭載であたしを遠距離から狙い撃とうとした機体の二機に任せ、攪乱役に高速の機体、そして全てのサポートが残りの二機。ただ、驚かされたのはどの機体も“役割の外の仕事”もやってのけてしまうところだ。
攪乱役が攻撃に転じたり、サポートに徹していたはずの機体が途端に攻撃を仕掛けて来る。完全に役割を押し付けているのではなく、各々が自分の役割を務め上げながらも隙間があれば他の仕事もこなす。ハッキリ言って、あたしたちの戦い方とはまるで違う。
丁度、その頃にギュールズのチームがあたしたちへと攻撃を仕掛けようとしたのだが、アズールのチームはその接近に気が付くとフォーメーションを変えながらも攪乱役とサポート、遠距離攻撃に近接攻撃。分担しながらも繰り出される突如の想定外の攻撃。ナジアは善戦していたけれど、それ以外はあたしと同じで総崩れだった。それでも、あたしたちは一時的に手を組んだ。脅威度が高過ぎて、横槍を入れられるとか入れられないとかそういう範疇を越えていた。手を組まなければ、完敗は免れない。そう判断したからこその共闘だ。けれど、それも十分も維持することは出来なかった。そして分が悪いと判断するとナジアは逃走を決め込んだ。卑怯者とは呼べない。むしろ、その逃走する判断力に賞賛すら送りたくなった。あらゆるプレイヤーが前方で対面した場合は戦うのが当然というような感覚を持っている。RPGで言えば通せんぼをしているエネミーを必ず倒さなければならないというような先入観だろうか。けれど実はその横を通り抜けることが出来てしまう。そんな都合の良い隠し要素があるかも知れない。レースゲームでもショトカが出来ることを誰も卑怯とは言わない。ゲーム側がテクニックの一つとして盛り込んでいる場合だってある。ナジアはそういった抜け道を見出して、逃げ出す判断を下しただけに過ぎない。それでチームとして助かるのなら、それが正しい。エース機の生存能力の高さはそのまま『ヘクス争奪戦』での勝率に直結する。逃げるもまた手段だ。
ただ一つ問題があったとすれば、それをチーム内で通達していなかったことだろう。一機はナジアに付いて行けていたが、残りはあたしのチームと同じで一気に、撃墜されてしまった。
最早、光里を逃がすとか逃がさないとか、思考は回らない。と言うか、このチームはもう既に光里の居場所にアタリを付けている可能性だってある。索敵武装を積んでいるのだから、見逃すはずがない。
《セーブルが先に撃墜されてたから、そのあとでギュールズの方を撃ち抜いたよ。あとはパーピュアだけだ》
ナジアは結局、逃げ延びることが出来なかったらしい。それより先にセーブルが負けたってことは、強襲されたファニー・ポケットたちの対応が後手後手に回ってナジアに良いようにされたってことだけど、なんにしてもこれでもうすぐ、あたしたちがアズールに負けることで『ヘクス争奪戦』は終わる。
強気でイキってあんなこと言ったのに、こんな結果になるなんて……恥ずかしいを通り越して、情けない。
《えーっと、璃々華さん、だっけ? まさかあんな遠くから狙撃されるなんて思わなかった》
「……あたしを最初に狙撃して来たのは誰?」
目の前に立っている機体は、ショットガンを構えている。恐らくはそのプレイヤーからの通信が入って来た。
《あたしあたしー、凄いだろ? 意外とやれるもんだなーってなー》
これはさっきあたしに訊ねて来たプレイヤーとは違う返事。ナジアを撃ち抜いたという報告をしたプレイヤーだろう。
「なんであたしの銃撃を避けられたの?」
《“見えたから”》
「見え、た?」
《見える以上は、避けるしかないでしょ? だって、当たったら負けてしまうから》
ああ、そっか。
このプレイヤーは、あたしと“同類”だ。見える、ということはつまり、そういう“眼”を持っているってことだ。あたしは、その“眼”を開かせる前に追い詰められてしまっているんだけど……このプレイヤーは時間が掛かるとか、そういった手間が無いらしい。
無いってことは、あたしよりも更に深くに、ゲームに愚かなほどに堕落している。アラート音より先に攻撃を飛ばして来たプレイヤーも恐らくは、“愚者”に足を踏み入れた者か、踏み入れかけた者のどちらか。
《それで? このルールはあのクソガキに向いていると思うか? 対人戦恐怖症の克服のためとはいえかなりの荒療治っぽいが》
《そもそも、“スズ”はチーム戦が出来ないから無理だと思うわ》
《私もそう思う。出来て二人まで。要するにスズとあと一人の二人一組までが限界じゃないかな》
《ルーティがとティアが言うなら説得力ある》
《あたしもルーティの意見にさんせーい》
《じゃ、このルールにクソガキを誘うのは無理な上に、対人戦恐怖症には不向きってことか》
「……まさか、ただの様子見で『ヘクス争奪戦』に?」
《そうだけど》
「…………あたしたちは本気でやっているのに、あなたたちは……様子見?」
あれで本気を出していたと思っていたのに、まだ本気じゃないってこと?
《あなたの気持ちを、矜持をないがしろにしてしまって、御免なさい。でも、何事も確認とはいえ、最初はある。今回はたまたまそうだったって、だけだから》
最後に一言「だから、次にやるとしたらそれが本気、なのかな」と付け足して二挺のショットガンが火を噴いた。
上には上が居る。それを強引に頭に叩き込まれたことは、一つの勉強としよう。けれど、あたしはまず反省して前に進まなければならない。
あたしより強いプレイヤーはもうほとんど居ない。そう思っていた、驕ってしまっていた自分の境地を、今日、この日限りで捨てるのだ。




