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動かなければ無駄かどうかも分からない

 本能だけで守ろうとしたわけじゃない。勝算が僅かながらにあると思ったから、きっと機体を動かした。そう思いたい。

 ナジアはそもそも、着地評価が最低に近かったはずだから武装自体を落としているため、近接戦闘での速度以外での脅威はほぼ無い。更に耐久力はアズールのチームと戦った際に大きく削られているはず。でなければ、ベテランの域に達しているはずのナジアが逃走し、ゲーム終了後のランキング表示に拘ってまでの強襲を仕掛けては来ないはずだ。そして仲間から武装を奪ったところから見て、ゲームを始める前に用意していた武装の数々を拾いに行っていないことも判明している。


 要するに、一撃でも当てさえすれば勝てる可能性が大きい。あくまで俺の見立てに過ぎないが、割と外れていないんじゃないだろうか。


 そして、ナジアはゲーム参加の条件を満たすために自らの機体をArmorに変更している。能力値の幅なんてさっぱりだが、Armor同士なんだから棚から牡丹餅的な発想から俺が勝つかも知れない要素が多分に含まれている。

 逆に負ける要素も多分に含まれている。当たり前だがArmorに乗っている俺はエース機だから、ナジアに撃墜されたらセーブルチームはファニー・ポケットさんを残して敗北となる。だから、ゲーマーからしてみれば俺の行動は地雷プレイの域に踏み込んでいる。ファニー・ポケットさんに任せて俺だけ逃げてしまえば、まだセーブルチームとしては延命することが出来る。ただ、その延命が果たして適切か否かは不明である。ナジアはファニー・ポケットさんすらも撃墜して俺を追い掛けて来るかも知れないのだ。クワノキさん、ススキノさん、アマイロさんがたった一人、たった一機によって撃墜された。その光景は見ていた側からしたら焼き付いて離れてはくれない。一人残しても、無駄なのではないか。そう思ってしまった以上は、ここで岐路に立ってしまった方が速かった。


《理屈に縛られない戦い方は嫌いじゃないが、noob過ぎて笑うことすらできやしねぇ》


 まさに力尽(ちからず)くとはこのことだとでも言いたげなレベルでナジアの機体に自機が押し飛ばされる。圧が強すぎる。ソードに込められている力のような、どうすれば相手との鍔迫り合いで制することが出来るのか。それを把握した上での彼我の差を見せ付けられた。だが、後ろに崩れることなく機体に踏みとどまらせる。続いけ様に来る断続的な近接攻撃を、全て拾えないながらも決定打となるような物だけは徹底して捌く。たとえ押されていようと、たとえ圧に負けて機体を下がらせようと、翻って逃げるというような道は決して選ばない。

「速いっちゃ速いけど、こいつ……」

 絶対に手を抜いている。さっきまでの機体の動きとは違い過ぎる。三機を相手取った時の立ち回りはもっと速く、もっと無駄が無かった。洗練された操縦技術によってのみ生み出される圧倒的な強さ。それを見せ付けられて、あり得ないほどの絶望感があったのに、俺との剣戟においてはそれが感じられない。

 遊ばれている。弄ばれている。チクチクと痛め付けて、ギリギリまで遊び切って壊す。自らの嗜虐心を満たすためだけに、ナジアの思考からはさっきまで残していたはずのランキングに対する執念が置いてけぼりを受けている。


 だがそこに隙があるかと言えばそうではない。ファニー・ポケットさんがたまに援護射撃や近接攻撃を仕掛けに行くが、どれもこれもを赤子の手をひねるかのように軽くいなして、俺を攻撃し直す。この、弄んでいるだけに見えるナジアというプレイヤーは、大事な物を置いてけぼりにしておきながらもキッチリと自分がやられないことだけは適切に処理する。最重要なのは自分自身。そこから重要な物に順位付けをしている。俺はその中でも一番下。多少、別のプレイヤーに目を向けても大した反撃も受けることのない小動物、それどころか道路を歩く昆虫レベル。ファニー・ポケットさんは俺よりも順位が上だから、一撃の重みを理解してしっかりと対処する。その順位付けも、順番も、なにより選択も、なにもかもがこのゲームで培ったことなのか、それともナジアが本来、持ち合わせている感覚めいたなにかなのかは分からないが。


 俺に対して、ネットスラングにおける『ナメプ』をしているのは明らかなのだ。


 この状況は明らかに絶望的で、どこをどうやっても俺はもう逃げられないのだが、逃げられないのなら立ち向かう以外に無いわけで、そしてそこにやっぱり勝算がある。『ナメプ』をしているのなら、その緩んだ頭が引き締まるレベルで、俺が想定外の一撃を喰らわせれば良い。たったそれだけ。ただそれだけで、ナジアは混乱し、たとえ負けたとしても土を付けることぐらいは出来る。と言うか、それぐらいしか出来ない。やられっ放しは悔しいので、出来ることなら相手に僅かばかりの嫌がらせぐらいはしたい。さっきまでヴァートの煽りメールについてちっとも理解できないなとか思っていたクセに、今はその“嫌がることをして鬱憤を晴らしたい”という気持ちに近付いている。でも、戦っている最中にやるのと、戦ったあとにやるのとでは悪質性に差はあるだろう。どっちにしたって悪質なわけだが。


《判断力が欠如してんだよ、テメェは。常に考えたらどうだ? 相手の先を読むってことをなぁ》

 威勢を張って、物凄い上から目線だがナジアのやっていることは言っていることと同義なので反論の余地が無い。近付かれれば近接攻撃、或いは体当たりや蹴りを受け、距離を開けばファニー・ポケットさんを警戒しつつもこっちの動きを制限するように射撃を行って来る。たまに牽制だけではなく、直当てをされてしまうから当たらないと踏んで機体を動かせば、それもまたナジアの思う壺となる。


 俺と戦っている最中に隙が生じているのは確かだとして、どこで牙を立てれば良い? どこで研ぎ澄ました牙を振るえば良い?


 タイミングが分からない。どんな事象にだって間が良い、悪いは存在する。幸運でも悪運でもどっちだって構わない。俺に牙を振るうチャンスを、見せてくれ。

 これまでの操縦の記憶を辿り、ナジアに良いように弄ばれながら、ただただモニターをギロリと睨み付けて俺は“一瞬”を求める。俺が入り込むことの出来る“余地”を探す。

「こんなことにムキになったって、人生で良い経験になるか?」

 自分自身に冷静な言葉を投げ掛ける。冷めた自分が、躍起になっている自分を見下ろしている。だから、敢えてその言葉を声にして空気中に吐き出した。胸の中にしまっていても答えは出ない。外に出したって答えは返って来ない。でも、口にすれば少なくとも胸中を占めている割合を減らせる。マイナスに考える、ネガティブに考えている感情の占める割合を。

「始めたばかりで、右も左もよく分かっていないのに。ここでムキになったって、負けるのは確定しているのに。それで、一矢報いたいとか、なんの意味も持っていないんじゃないか?」

 こんなことをしたって、決定していることが揺らぐことは絶対に無い。世の中がそうなっているのだから、ゲームだってある程度はその理屈が通るはずだ。


 ならば、あの時の俺は“なにもしなかった”だろうか?

 炎の中で、ただ倒れているだけだっただろうか?

 俺はあの時、声は出せずとも……手を伸ばしたのではないか?

 それは決して、誰かの手に届くことはなかったが、俺はその行為を無駄だったと思っているか?


「行動には無駄なことがある。でも、“行動しなきゃ無駄かどうかも分からない”!」


 見つけ出す。ナジアの機体にある一瞬の隙を。躊躇わず、その隙へとソードを滑り込ませる。

 たった一度だ。たった一回。ナジアにある隙は、俺を舐め切っているからこそ生まれる惰性のモーション。つまり、攻撃している間だ。今までずっと防ごうとしていたから見えなかった。意識の外だった。そして、そんな一瞬に賭けたところで、直後に攻撃を防ぐことも出来ずに浴びせられる。まず間違い無く、撃墜される。だからナジアはそこを警戒しない。ここまで弄んだ結果、クロスカウンターをしたところで先に俺の機体の耐久力が尽きるとベテランの感覚で分かっているからだ。

 でも、ここにしかないのなら。この一瞬にしかないのなら、無駄かどうか確かめるためには動く。俺はそうやって、確かめる。(はた)から見て無意味だと言われても、俺の中で意味があったと納得出来るかどうかを、見極めてみせる。


 ソードがナジアの機体へと向かう。刹那、俺の機体の懐にナジアのソードが突き刺さる。


《…………ちっ》

 ナジアが舌打ちをしている。俺のクロスカウンターはどうだったのだろうかとやけっぱちで繰り出したせいで見ることの出来ていなかったモニターを眺める。俺が繰り出したソードの刺突はナジアの機体の擦れ擦れを――その脇腹近くを掠めているだけだった。

《ルーキーの攻撃を、この俺が……かわす? 避けさせられた、だと?》

 歯軋り混じりの通信が続く。

《テメェ、今度会った時は完膚無きまでに本気で潰す。ノスタリア・オッド!》

 直後に機体全ての動力が停止したらしく、通信が途絶え、モニターも閉じてコクピットが火に包まれる。ただのエフェクトで、火傷するほどでもない僅かな熱に、物足りなさを感じながら視界はそのままブラックアウトした。

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