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さっきのは裏側の自分なのだろうか

 全身を包み込んでいた異常なまでの熱量が一気に抜け落ちて行く。ただし、冷え切る直前に異様なまでの圧力(プレッシャー)を感じて、自機を先ほど撃墜したヴァートのエース機、その陰へと隠す。甲高いと言うよりも重低音が奏でる金属音が直後になにかを弾いたことを伝えて来る。

《把握していないはずの射線に反応してオブジェクトの陰に……?》

 なにやら、どこかで聞いたような声色だ。どこだろうか? ついさっき、ナジアとやり合っていた璃々華というプレイヤーであることは間違い無いのだが、それよりも前に俺はこの声を耳にしている……と思う。思うのだが、どうにも音声という情報だけでは確定した情報を脳が俺自身に提供してはくれない。

《そう……やっぱり、そうなると思った》

 どこか嬉し気な、それでいて柔らかな声ではあるのだが、射線云々の通信をして来たということは、俺は攻撃を受けそうになっていたということだ。簡単にその声音に騙されては行けない。

《お楽しみは最後まで取っておく。あ、これは別にフラグを立てたいわけじゃないから。あなたとかち合うまでに負けることを宣言しているわけじゃないし、むしろあなたの方が先にどこかでやられていそう》

 敵対している相手にフランクなのかフレンドリーなのか分からない通信をして来る。どうにも返答のしようがない。だから、しばらくはエース機の残骸に機体を隠し続けて、マップ画面に注視し、アラート音がいつ鳴っても反応できるように意識を傾けた。


 だが、ここで全ての熱が抜け切った。一気に思考が冷めた。さっきまでの情熱は掻き消えて、途端に「なにムキになっているんだろうな」と無意識に呟き、それに呼応するように思考回路の回転速度も低下して行く。


「ダルい……あー、メンドクサイ」

 口について出た言葉は怠惰なものだった。


『ホントに初心者?』

『始まる前にあたしが言ったでしょ、アマイロ? 光る物があったって。ノスタ君はなにかこう分かんないけど、一瞬なのかそれとも数分間ぐらいなのか、マジになると物凄い機体の操縦が上手くなる。特に近接戦闘での直感は目を見張る物があるし、教えていない技術を何故かその場で習得する。理由はちっとも分かんないけど』

『要するになんにも分かんないってことじゃないっすか?』

『とにかく、頭の中を空っぽにした方がノスタ君は頼れるってこと。それこそ、ベテラン勢のArmorを倒してしまうくらいに』

 頭の中を空っぽにしたわけじゃない。

 燃やしたいと思ったから燃やした。そこには確かな熱意があったし、強烈なコンプレックスから逃れるかのように防蛾灯へと飛ぶ羽虫の如く、光を追い求めた。意識はあったし、空っぽにしていたのではなく、むしろ思考は酷いほどに加速していたようにすら思える。

 なにせ、その代償と言わんばかりの倦怠感を、どういうわけかVRゲーム内で俺は感じている。若干の疲労ならば――メンタル面における「疲れた」という気持ちや感情というものは誰にだってあるものだが、VRゲームで肉体的疲労を強く感じるのはそれとはまた異なって来る。そして俺は、その理由について何一つとして分かっていないである。

 それは、目に見えない恐怖みたいなものだ。だが、体の震えが恐怖からなのか、それとも肉体的疲労から来るものなのかはやっぱり分かりはしなかった。


 自分自身についてなんにも分かっていないクセに、余所の光を求めてしまった。行動の指針が立っていない中で、やりたい放題なことをやって気が済んだら意気消沈は、あまりにも身勝手が過ぎる。


「すいません、もっと協力的な操縦をするべきだったと思います」

『ヴァートを脱落させられたんだから結果オーライだよ。なんとも驚くべきルーキーが飛び出して来たものだと驚いているくらいだ』

『少なくともススキノよりは目を見張る物があったわ。コイツの初陣なんてもっと酷かったんだから』

『男嫌いも大概にしてくれよ』

『男嫌いというよりは、ススキノ嫌いなんだけど』

『そんな気はしていたが、それを今ここで言わなくても良いじゃないか』

『言い争っていないで、すぐに護衛に行くっすよ。さっきの狙撃は間違い無く璃々華なんすから、隠れた場所から動けないはずなんすから』

『ノスタ君はしばらくそのまま待機。機体の耐久力はどれくらい?』

「半分以上はまだ残っています」

『パーセンテージ表示は出来る?』

「えーっと……72%です」

『意外と残っていてビックリ。ファニポケさんの言う通り、見込み有り過ぎね。あたしが所属している別ギルドに入らない?』

『唾付けるの禁止だよ、アマイロ。人材発掘をしたのはこっちなんだから』

 自分はまだギルドというものに入るとも入らないとも言っていないのだが、勝手に勧誘して、勝手に取り合いをしないでもらいたい。そういうやり取りは聞いていてもウンザリするし、これから自身にその煩わしいことが降り掛かると考えると、溜め息しか出て来ない。

「……さっき、なんであんな変な笑い方をしたんだ、俺は?」

 いつも俺はあんな風に笑ったりはしなかった。まるで相手を嘲るかのような、そんな嘲笑染みたものを表現しないように努めて生きて来たはずだ。それが、何故だかさっきはすんなりと顔に出ただけでなく、口から零れ出た。

 機体の操縦もあの時は滞りなく行えたというのに、今はどの計器やコンソール画面が、そしてボタンが機体のどの動きに関わっているのかがぼんやりとしか想像出来ない。そんなの一々考えずに、感覚的に操縦していた自分を思い出そうとしても、つい先ほどの自分を、自分の操縦技術を全くもって再現出来そうにない。

「なにが俺を突き動かした?」

 燃やしたからか? 熱意、熱情のような、なにか。感情の爆発ではないと思う。それだったらもっと俺は口悪く、口汚く相手を罵っているだろう。だって感情を表面に出すってことは普段、隠しているもの、黙っていなければならないことを表に出すことに他ならない。

 「足りない」や「絶望が足りない」と言ったところで、それは罵倒や罵声とは言い切れない。挑発行為には当たるかも知れないけど、あれは通信として相手には伝えていない独り言だ。ナジアというプレイヤーのような口の悪さとは別物だ……と思いたい。

「メール?」

 コンソール画面にメールの着信を知らせる通知が出る。

『ノスタ君? さっきのヴァートのチームなんだけど、』

「『素人演技おつ。ホント、パーピュアって卑怯者しかいないのな』」

『って、やっぱりメールで煽りが来ているし』

「煽り?」

『さっきのヴァートのチームは負けたら煽るので有名なの。“しぃろ”のチームはそんなことしないんだけど……あと、ヴァートは基本的に煽り勢が多い』

『煽り勢ってなんすか?』

『煽り勢は煽り勢でしょ。実際、ヴァートは口が悪い、というか負け犬の遠吠えメール多いから』

『そういうのはブロックしておくと気楽だけど、ノスタリア君はその準備も整ってはいなかったんだろうから仕方が無い』

「……煽り勢が多いのはギュールズではなく?」

『ナジアは罵詈雑言並べ立てるけど、煽りメールは絶対に送らないから。プレイ中はムカつくけど、終わったらそれで後腐れ無し。でも煽りは終わったあともずっと、なんかモヤモヤが残って、なんか叫びたいくらいのムカつきが残りやすい。大丈夫?』

「別にどうとも思いませんけど」

 素人演技をしたつもりは無いし、自分自身を卑怯者と言われたらひょっとしたらそうなのかも知れないと納得してしまいそうにもなる。

 人によってはこれが効果的なのだろう。でも、これ以上のことを俺は昔から言われ続けて来た。今更、こんなことでは死んだ心はなにも生み出さない。

 反応するとしたら、ゲーム内では消えている右手の義指と、火傷の痕。この二点の身体的特徴について煽られれば、俺は全ての怒りを言葉として、そして行動として表現していただろう。でも、その身体的特徴を指摘できるプレイヤーはこのゲームには居ない。だって、俺の現実を知る者は居ないのだから。

 ……いや、小山が居たな。あいつがそういった面での煽りをして来たら、ちょっと看過することは出来ていないかも知れない。

『頭に来たら出来るだけ吐き出した方が良いわよ。そういうの溜め込むと、操縦が乱れて来るから』

『アマイロは煽り耐性無さ過ぎだからね』

『煽り耐性ってなんなのよ。なんで人のプレイングにケチを付けられなきゃなんないのよ。遊び方は人それぞれだし、普通に遊んでいたって煽られるってもう意味分かんないわよ。って言うかあたしの場合はセクハラ紛いのメール多過ぎだし』

 ここまでの通信を聞いていて、俺もアマイロさんが煽りとやらに強いとは全くもって思ってはいませんでしたよ、とは言わないでおこう。


 クワノキさんとススキノさんの機体が警戒態勢を取りつつ、ファニー・ポケットさんとアマイロさんの機体に先導されて俺は機体をオブジェクトの陰から出す。


『ギュールズとパーピュアがやり合っているところをあたしたちが取りに行きましょう』

『一石二鳥ってやつっすか?』

『漁夫の利でしょ』

『二チームでまず僕たちを落とすって考えで結託していたら終わりだけどね』


 別に俺はこのゲームの、そしてサーバーごとの事情やプレイヤーの性格について詳しいわけではないのだが、あのナジアって人と璃々華って人が一時休戦してまで俺たちを共通の敵として認識し、共闘することはないだろう、と。各々の発言を聞き流しながら、思っていた。

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