後ろを取る
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『ススキノが離席している最中だから言いますけど、プレイヤーネーム変更させた方が良いですよ?』
『え、なんでなんで?』
『それは自分で検索して下さい』
『んーまぁ、アマイロがそこまで言うなら調べるけど、でもそれはこれが終わってからね。変に集中が乱れたりしたら大変だし。それと、ススキノが離席しているけどノスタ君はちゃんとこっちに来ているかな?』
「まぁ、かなり怯えながらですけど」
『ススキノの機体は、彼が戻って来るまで無敵だからあんまり気にせずサクサク進んじゃって良いよ』
『ヘクス争奪戦』にはバディシステムがある。離席中のみチームの機体に自動で付いて来る。この間、追随して来る機体はどんな攻撃も受けず、そして撃墜されることもないいわゆる無敵状態になるわけだけど、離席しているのだからその状態からの反撃などの一切も不可能だ。
このシステムが使えるのは限定的なシーンで、現実の体が生理的欲求に耐えられそうもない場合のみとなる。トイレとか、あとは逆に水分補給。それ以外の離席は認められることはない。ルール上、通常の対人戦以上に長丁場となるから設けられたもので、利用しているプレイヤーは割と多いらしい。とは言え、制限時間も存在していて大体約十数分で戻って来なければリタイア扱いになってしまう。そして、このシステムを使えるタイミングは一度切り、且つ近場にチームメンバーが居なければならない。腹具合に限らず、現実の健康管理もVRゲームをする上では必要不可欠であるということなのだろう。
そりゃ腹を下していたり、高熱でVRゲームをプレイしていたならば大問題だ。
俺を合流地点まで護衛してくれていたススキノさんは現実の体と格闘中。更に加えて言えば、まだ戻って来ていないのでほぼ俺は孤立している状態。またさっきのようなよく分からないプレイヤーに遭遇でもしたら、撃墜は免れない。
「初心者にバディを任せるのも、どうかと思いますけど」
『ノスタ君さぁ、あんまりそうやって初心者って部分に拘り過ぎるといつまでも自分を卑下し過ぎて強くなれないよー』
いや、まだ始めて一週間も経たないんだからもう少しぐらいは初心者気分に浸っていても良い気がする。
「そうですかね」
『初心者は同時にアドっすよアド。相手に手の内を知られていないって部分に強みがあるっす』
『クワノキはその強みを活かせずにコテンパンにやられまくっていた時期があったけど』
『なんでそれを言うんすか。そっちこそ、コンソールの操作方法が分からなくて途方に暮れていた時期があったっすよね?』
『それをなんで初心者君が聞こえる通信でそういうことバラすの』
なにやらクワノキさんとアマイロさんが口論しそうになっている。でも、ファニー・ポケットさんはこれを止めようとはしない。俺はただただ不安になるばかりだ。
『そいやーさっき、みんなを待っている間に空を飛んでいた機体が二機見えたよ』
それどころか口論になり掛けているのをスルーして別の話を放り込んだ。これで空気を読めていると言うんだろうか……分からない。同じギルドだからって、なんでもかんでも無礼講というわけではないだろうに。
『あーそれはこっちからも見えたっすよ』
『一機は璃々華のタオヤメ改三で確定だけど、もう一機は分からなかった』
『タオヤメとか付けているクセに極悪な機体なのがもう、璃々華ってプレイヤーの底意地の悪さが見えているっすよねー』
口論をやめてすぐに情報の共有に移った……この人たちの人間関係についてはあんまり触れない方が良いのかも知れない。ほとんど交流の無い俺が一々、気を揉んでいたって意味が無いってことだ。
『璃々華の機体が空を飛んで移動しているところをビームで狙い撃ったようにあたしには見えたけど、アマイロにはどう見えた?』
『始まってすぐに空を飛ぶ璃々華の度胸も凄いけど、それに向かって同じように空を飛んでビームを撃つ方も撃つ方って感じ。でも、参加者一覧を眺めても、そんな肝の据わったプレイヤーは見当たらないというか、ナジアでも“しぃろ”でも無いんじゃ、一体誰なんだってところ』
『それはあたしも思った。で、ヴァートはともかくとしてアズールサーバーの五人。この五人のプレイヤーネームを、あたしたちはまるで知らない。多分だけど、対人戦ガチ勢で『ヘクス争奪戦』には顔を出して来なかったプレイヤー。ついでに、あたしたちとはランク差があって対人戦でサーバー分けをしていなくても、ほぼマッチはしていない』
『ランクから見て、ArmorからKnightに丁度乗り換えた頃合いっすかね? 試作機を『ヘクス争奪戦』で軽く動かす感じならそれほどの脅威では無いっすけど』
『確かに、ランク差でも力の差は歴然と言えるわ』
『それはどうかな?』
ファニー・ポケットさんは小さく呟く。
『そうやって慢心するのは誰だって出来るよ。もっとよく考えてみて? あたしたちが心当たりの無いプレイヤー……それってつまり、あたしたちが共有している常識が通用しないプレイヤーってことだよ。クワノキは言っていたよね? 『初心者は同時にアド』って。このプレイヤーたちにも言えることだよね? だから、注意しなきゃならない。暗黙の了解も、築き上げて来たことも、そしてタブーでさえもこのプレイヤーたちには通用しないって、まず頭に入れて考えて行かなきゃ』
ファニー・ポケットさんはなんにも考えていないようで案外、結構、色々と考えているんだなと思った。そんな小学生並みの感想しか出て来ない俺の頭も頭だが、注意しなければならないことだけは意識できる。俺の場合、あらゆるプレイヤーに注意しなきゃならないわけなので、あんまり危機感めいたものは湧き上がっては来ないのが問題だが。
『やぁ、復帰したよ。ノスタリア君、バディどうもありがとう。んー……結構、進んでいるね。このまま何事も無く、合流出来れば良いんだけど』
離席していたススキノさんがゲーム内に戻って来て、現在地を把握している。
『本気でゲームをするんなら、オムツをすれば良いのに』
『そういう君はしているのかい?』
『今のはセクハラ。あとで運営に連絡してやるから覚悟して』
『女性からのオムツ発言も充分にセクハラだと僕は思うけどね』
『あなたが思っても世間はそうは思わないから』
アマイロさんは、クワノキさんよりもススキノさんのことが嫌いなようだ。プレイヤーネームについてもなにか言っていたような気もするな……俺もゲームが終わったらちょっと調べてみるか。でも、それが毛嫌いする理由になっているとは言い切れないのが難しいところだ。そもそもにおいて、アマイロさんは男性女性関係無しに文句を言うようなクレーマー気質なところがあるのかも知れない。
『璃々華からの狙撃が中断されている点は、ナジアに感謝しないと行けないところだ』
「それですけど、さっき璃々華さんの機体――タオヤメが、空中で誰かに攻撃されていたらしくて」
『ナジアの強襲から逃れるために空に逃げたところを別の機体が狙い撃ち……璃々華の実力を知ってなのか、それとも知らずなのか。なんにせよ、そうやって関係無いところで争ってくれると、こちらとしてはありがたい限りだ。それだけ、僕たちは防衛線を張れるということだから』
ススキノさんは冷静に分析してくれているけど、他三人は既にそれらの分析は終えているから、なにかしらの反応を示すこともない。それについてススキノさんがなにかを訊ねることもなく、恐らくは雰囲気的なもの――なにも言って来ないことから、“この話は離席中にもう終わらせているのだ”と判断したのだろう。
情報の共有は大切なことのはずだけど、重複するとそれはそれで情報過多になってしまうから、こういうのも有りなんだろうか。
『おっと、こっちの索敵武装で反応有り。ファニー・ポケットさんの居るところへヴァートサーバーのチームが進軍中っす』
『へぇ、丁度良い』
「丁度良い?」
『あたしがヴァートの目を引くから、その間に後ろから叩く感じで行こう。一人でどこまで立ち回れるかは分かんないけど、裏取りは出来る。裏を警戒さえされていなければ』
『索敵武装を相手方が用意していないとも考えられないっすけどね。ファニー・ポケットさんと戦っている最中にはそっちまで手を回せない可能性はあるっすけど』
「ファニー・ポケットさんがヴァートのチームと交戦したタイミングで索敵範囲外から索敵範囲内に入れば良いんじゃないですか? ブースト掛ければ、そんな時間が掛かる距離とも思えないんですけど」
『『それだ!』』
ファニー・ポケットさんとアマイロさんが同時に叫ぶ。正直、うるさい。
『ただの初心者だと思っていたけど、頭はしっかり回っているみたいね。ちょっとだけ評価してあげる』
なんだろうかその上から目線。
『アマイロは人を褒めるの苦手過ぎるからイラッとしても許して上げてね。でも、今のは良い案だよ。あたしなら五機で一気に畳み掛けられても、四、五分は維持出来るから。“しぃろ”も居ないし、そこまでヴァートは脅威じゃない』
その自信はどこから来るんだろう。
『索敵範囲は一番広いもの……は、重量の関係で搭載し辛いっす。なので、俺と似たような物と考えるなら、範囲で示すとこれくらいっすかね』
マップ画面にファニー・ポケットさんとの合流地点として立てたピンを中心に円が描かれる。
『そこよりもう少しだけ遠いところ……まぁ、ブーストゲージ限界ギリギリの範囲で。ノスタ君は……そうね、逆に自由にさせていた方があなたは動きやすいかも知れない』
「そこで急に放任主義みたいなこと言われても困るんですが」
『だいじょーぶだいじょーぶ。Armorだと相手は下に見ているはずだから、予想外の動きをすればかなり取り乱すはず。じゃ、やってみましょうか。セーブルもなんだかんだで強いんだっていう主張をするために』




