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パーピュア

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『捕捉して即殺しなかった理由を聞かせてはくれんかのう、璃々華?』

「狙いを定めている内に逃げられた」

『分かりやすい嘘をつくではないわ。お主のワガママで今回の『ヘクス争奪戦』にわらわは出ておらんのじゃ。ならば、わらわが交換条件として出したことはしっかりと果たしてもらわないと困る。お主、わざと外したな?』

「……あの場面で撃墜しても、得られるものは無い」

『ふん、あの表面上は仲良くしましょうと嘯いておるファニー・ポケットの化けの皮を剥ぐことが出来たかも知れんと言うのに』

 ファニー・ポケットと魅子は仲が悪い。誰にでもある本能的な部分が、顔を合わせた際に「仲良くなれない」と告げたらしい。性格の不一致、生き方の違い。そういったもので、表向きは彼女の言葉を聞き入れつつも完全に魅子はファニー・ポケットを敵視している。

「こんなことで化けの皮が剥がれているんなら、ゲーム内で歌を唄う人気者になる前に剥がれているから」

『それもそうじゃが、『ヘクス争奪戦』を初めて五分も経たずにエースを撃墜されてリタイアとなれば、なにかしらの素の感情が零れ出ていたかも知れん。お主はそのチャンスを自ら投げ出したのじゃ』

「あたしは別に、裏の顔を見たいわけじゃない」

『不平を漏らすでないわ、この“紛い物”が。わらわに楯突くことなど許されぬ。知られたくないことを表に出してしまっても()いのだぞ?』

 胸の奥が激しく痛む。

「それは……やめて……いいえ、やめて下さい」

『ならば次は仕留めよ』

「……はい」

『もっと大きな声で返事をしてもらいたものだな、璃々華』

 今週の『ヘクス争奪戦』には、魅子は不参加を示していた。だからパーピュアサーバーから、ナジアやファニー・ポケットが出て来るグループに手を挙げて参加するようなことは、本来、彼女にとってはあり得ないこと。自分の知っているプレイヤーには「出るな」と言い聞かせていたのだから。

 あたしはその言い付けを守らなかった。いや、あたしたちはその言い付けを、無視しただけだろうか。歯向かいたいからじゃない。もっと別の理由が、あたしにはあったから無理をしなきゃならなかった。

 そもそも、魅子の言うことを利かなきゃならない理由は、あたしを除いた全てのプレイヤーには無い。その辺りは彼女だって仕方が無いと思う範囲だったんだろう。


 でも、“あたし”は仕方が無いの範疇には入れられていない。


『わらわがどうしてお主を拾ったかは知っておるだろう?』

「あたしのパーソナルデータを知っている」

『そう。わらわは、お主の秘密を知っておる。それは何故か?』

「あなたとあたしには、公には出来ない因果関係があるから」

『改めて言わずとも、分かっておるではないか。それでどうして、わらわに歯向かったのかのう。分からんよ、お主の考え方は』

 あたしだって、魅子の考えることはまるで分からない。


「ポイントにナジアが迫って来ている。真正面から来ているようで、ちゃんと狙撃されないようなルート選びをしているからこのままだとマズい」

『分かってはおると思うが、』

「ファニー・ポケットのチームより先に撃墜なんてされないから一々話し掛けて来ないで」

 通信を独断で切る。今頃、魅子は『ヘクス争奪戦』をリアルタイムで外側から眺めながらあたしの態度に文句を言っているに違いない。


「璃々華より浩二と絵美里へ。ナジアがこっちに向かっている。つまり、ギュールズはまずあたしたちを潰しに来ている」

『それはまた困ったことになったようななっていないような』

『なにせいつものことだもんねぇ。ギュールズが喧嘩っ早いのは。まぁ、璃々華の狙撃は神レベルだから、ヘイトを集めてしまってまず撃墜しようとするのは致し方無いけど』

「野亜と光里(ひかり)はその場で待機。特に光里はエース機だから、潜伏を維持。野亜は光里と合流したら周辺警戒を怠らないで」

『『了解』』


《おいおい、俺ぁわざわざこのゲームで遊ぶために自分がエース機でArmorの条件を呑んだってのに、テメェはリーダーなクセにその役目をメンバーに押し付けたってかぁ?》


 ナジアのいつも通りの挑発の通信が入る。この人の特徴はもう粗方、知り尽くしているから大抵の挑発には乗らないで済むようになった。そりゃ最初はムカついて飛び込んで、ボコボコニされたけど、もうあの頃のあたしは居ない。


「勝てるゲームを自ら捨てに行くあなたの考え方は分からない」

 リスクを背負えば背負うほどワケの分からない強さに変わって行くナジアは、Armorに乗ることで更に不利な状況を作り上げている。誰が強制したわけでもない、自分自身で望んでその形に持って行った。ただのドMなのか、それとも狂人か。戦って来たあたしなら間違い無く後者だと答える。

 だってこの人のどこにドMの要素があると言うのだ。ナジアに存在するのは痛め付けること、苦しませること、辛い状態を押し付け続けること。つまりは嗜虐心の塊だ。それを満たすためなら、逆境すらも味方に付ける。

 正直、あたしの知る範囲で彼を表現するならば“愚者”に近い。その“愚者”って名称も、マイナーな上にあんまり周知されていないからネット上の都市伝説みたいに言われているけれど、確実にその部類の人間は存在する。

 リアルに生き方を見出せず、ゲームに生き方を見つけてしまって戻れなくなった者。掻い摘んで表現するとそんな感じ。

「あたしも似たようなものだけど」

 呟きつつ、見晴らし台からの撤収を考慮してスナイパーライフルを背負わせて、体勢を解いて機体を動かす。

《ただで降りれると思ってんのか?》

「降りられないなら、降りられるようにするだけだけど……その言い方だと、あなたは囮。もう下にはあたしの機体を切り刻む準備を整えているあなたのお仲間が居るのかしら?」

 スラスターの風切り羽を開き、ブーストを掛けてナジアの方角――その空へと機体を発進させる。

《ちっ、空路を使うか。テメェのことだから降りると思ったんだがなぁ》

「あなただからこそ、目立ってでも離脱するってだけ」

 あたしの常識は通用しない。あたしの戦法は知られている。ここで単純に見晴らし台から降りてしまったら絶対にナジアの思う壺なのだ。ゲームが始まってすぐに空へと逃げるのは完全な悪手だ。ほぼ全ての敵チームにあたしの機体は見られ、捕捉されてしまった。中盤や終盤なら空中戦だって視野に入れた試合運びが出来るのに、ナジアに狙われているんじゃそのブレーンも捨て去るしかない。

《マジで逃げ切る気か?》

「安い挑発にはもう乗らないのよ」

《ぜーたくなガキだ》

 思い通りに行かないことに対してナジアは罵詈雑言を吐くが、これはあたしを油断させるため。思考回路が正常では無く、怒りに任せて機体を動かしているように振る舞っているのを隠している。これをチャンスと思って狙撃しようものなら、なにかしらの手段でもって手痛い反撃を受ける。それがいつものやられるパターンだから、そうならないように自分自身に自制を掛けるしかない。


 後方からの攻撃を知らせるアラームが鳴り響き、慌てて回避行動を取らせて機体を翻らせ、身構える。


「……なに? どういうこと?」

 さっきあたしの機体に向かって放たれたビームは水平線の彼方に消えて行った。地上から撃たれたものではなく、ほぼ高度――つまりは同じ空中から撃たれたものだ。

 あたし以外に、もう空を飛んでいる馬鹿なプレイヤーが居るってこと? そんな頭のおかしいプレイングを一体どこの誰がするって言うの?

「ナジアは警戒……ファニー・ポケットのチームは変わらず捕捉しつつ、さっきのビームを撃った機体も探さなきゃならない」

 コンソール画面を開いて、プレイヤー名一覧を眺める。

「……ギュールズはナジアの馴染みのメンバー。セーブルはファニー・ポケットのギルドメンバーと新人。ヴァートにルー&リューは出ていないし、このチームは何度か当たっているけどそんな脅威じゃない」

 サーバー名に指を滑らす。

「アズール……この五人のプレイヤー……誰?」

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