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降下と滞空

***


-現在に至る-


『では、明るく楽しく、戦場で機体をボッコボコに、或いはボッコボコにされに行きましょうか』

 簡潔に纏めるには短いような長いような、そんな期間を過ごしていたわけだが、『ヘクス争奪戦』に参加することになったのはほぼ無理やりというか強引なものだった。

 初心者だった俺を気に掛けてくれたとか、最初に声を掛けてくれた優しい人だから、とか色々と理由を並べ立てることは出来るのだが、ファニー・ポケットさんの言うことは基本的に支離滅裂で、そもそも投げ掛けて来た話題に対しての俺の拒否権は存在しないのだ。

 俺だって、対人戦を片手の指で数える――というか一回だけで、チームプレイが重要視されるらしい『ヘクス争奪戦』をやらされるとは思ってもみなかった。その点については、小山にはあんまり深くは語ってはいないが、あいつは俺が出るってだけで目を爛々と輝かせていたから、多分だけど俺の対人戦闘における経験なんてどうでも良いのだろう。

 コンソールを開いてチームメンバーを一覧で眺める。ファニー・ポケットさん、クワノキさん、ススキノさん、アマイロさん、そして俺という布陣。

 『ヘクス争奪戦』は五機で1チームという制約がある。たまに制約が解除されて、10機まで可能なお祭りイベントもあったりするらしいが、わざわざ“10機まで対象、ただし1機はエースであること”のような、“ただし~”というデメリットを受けるくらいなら対人戦で人数をイジった方がマシらしく、結果的にいつものメンツが揃っての戦いになることがほとんどのようだ。


 ここまでは全て、ゲームプレイ動画で得た知識。そしてここからも、動画で得た知識になる。


『ノスタ君には口を酸っぱくして言ってしまうけど、着地姿勢には気を付けてね。評価が付くから』


 特定のエリアに成層圏ギリギリで機体がロケットから切り離されて、降下する。いわゆる落下傘降下の亜種みたいなものだ。ただ、降下タイミングは自分で指定することは出来ず、システム側のランダム性に委ねることになる。バラバラになることもあれば、一ヶ所に数分で集まれる場合もあるらしい。どちらにせよ、いかに迅速に味方とマップに着地後に合流を果たせるかが一つのゲーム性に含まれる。集合が速ければ速いほど、相手チームを複数の機体で囲める可能性も高くなるということだ。だが、当然ながら向こうも集合を第一として動くから、デタラメに大きな音を立ててマップ上を駆け回ったり、空中を飛び交うこともない。

 スニーキングではないが、全ての準備が整うまでは静かに且つ息を殺すように。

 ただ、トッププレイヤーと呼ばれるような連中が相手だと、降下中に敵チームの機体位置を何機か把握することも出来てしまうという。まったく、怖ろしい話だ。

 着地成功の評価とは、まさに言葉通りの意味で綺麗な姿勢で着地して九割以上の評価を得ることが出来なければ、様々なリスクを背負う。ブーストの加速が一定時間弱体化したり、不安定な着地をしたことで降下中に武装を落としたという設定で、マップのどこかにその武装が転がり落ちてしまったり。

 だから基本的には、着地をまず成功と呼べる評価に持って行くところから全てが始まる。ただし、敵チームの機体と降下地点がほぼ重なるようだったなら、評価なんて後回しで出来る限り耐久力を削るか撃墜するかという選択を取る。でもこれは、あくまで例外の話。滅多に起こらないし、失敗すれば圧倒的不利な状態に陥るのだから、互いにお見合いして着地を終えてから戦闘を開始する方がどちらも先走らないという形で、安全なのだ。


「マニューバとスラスターを同時に操作するって、難しいんだよな」

 だからマニューバはシステムに任せている。このゲームを提供している側も、こういった些細であるが同時にプレイングに対して支障をきたすような部分には力を貸してくれる。スラスターに関してはブースト時の移動も兼ねているからシステムに委ねるわけには行かないので、機体のバランスの補正に強い役割を担うマニューバを選んだけど、これはやっぱりネットの情報から取り入れたことであって、実践するのは今日が初めてだ。と言うか、大体のことが初めてなので、取り入れた知識を駆使して、やりながら覚えて行くしかない。

 降下中に感じるGは現実の半分以下に抑えられている上に酸素についても人体に影響の無い範囲となっている。だけど、ゲームであり、そして機体に乗っているとは言え、これからもこの降下を経験し続けなければならないのは本当の意味で慣れるしかないのだろう。

 俺の恐怖症とはまた別の、高所恐怖症の人は絶対に無理だな。ほぼスカイダイビングを体験しているようなものだ。「スリルは薄い」だって? 今、心臓は破裂しそうなほど強く鼓動を打っている。下手をしたら着地後にコクピット内で吐いてしまわないかと思うほどだ。

 でもそれも、「ゲームだから吐くわけがない」の一言で一蹴される。気持ちの問題だと、なんでこう気付いてもらえないんだろうか。

 パラシュートが開き、降下速度が抑えられる。


『エリアマップは砂漠が多いっすね』

『北東の方向に廃都市だけど、それを覆う形で砂漠が見えます』

『中央が湖……ちょっとやり辛いなぁ』

 クワノキさんとススノキさんはほぼ同時に砂漠の情報を伝え、アマイロさんが湖の存在を伝えて来る。

『いや、廃都市が北西に押し込まれているのはアドだよ。パーピュアの狩人の得意地形が中央に無いだけかなりマシ』

 狩人……そういや、このゲームを狩りゲーと勘違いしているプレイヤーが居るらしいから、ひょっとしてそのプレイヤーのことを指しているのか? じゃぁ、この『ヘクス争奪戦』にはトッププレイヤーに名を連ねそうな輩が居るということになる。


 ……嫌だな。初めてのチームプレイで、ボッコボコにされる未来しか見えない。


『君の場所からはなにが見える? ギルドの新人さん』

 アマイロさんから通信が来る。

「俺、まだギルドに入るとは言っていないんですけど」

『え、嘘? 一昨日くらいからファニポケさんが言いふらしているからてっきりもう入っているものだと』

「……マジですか」

『まぁ良いや。ファニポケさんへの不満はあとにして、なにが見える?』

「降りるところはマップの中央から見て南。草原……丘も見えますから、丘陵地帯ですかね? あとはそこを抜けると西側には荒野、東側には廃都市とまでは言わないまでも、廃墟が多いでしょうか」

『南東に廃墟。戦線を整えるならベストなところね』

『でもそこは無理。北上したら砂漠、しかも廃都市。避けるなら南西の荒野かな』

 ファニー・ポケットさんは明らかに、その二つのエリアを避けようとしている。

『北西になにがあるか分かんないっすよ? それで荒野を選ぶんすか?』

『だけど、ファニポケさんの言う通り、強いプレイヤー同士で潰し合ってもらえそうなエリア配置なんだから、やや遠くからプレイヤーの数が減るのを見守るのもベストな選択だと思うよ』

『荒野は一応、隠れやすいオブジェクトも幾つか散乱しているし、思わぬ奇襲を受ける丘陵地帯よりは良いと思うわ。ただ、それらから避けるように集まるってなると、南西の隅っこでしばらく息を潜める感じにはなってしまうけど』


『ギルドの方針としては長く生き残って、長く楽しむ。プレイスタイルを押し付けようとは思わないから、ある程度は自由にしてくれて良いよ』


『ま、最初の集合場所としては得策なんじゃないっすか? 追い詰められて、一気に撃墜されるリスクもあるっすけど』

『背水の陣を初っ端に敷いてみるのも意外性はあります。防衛思考を高めに持てば、迎撃しやすいんじゃないでしょうか』

『オーケー。マップに降りたらすぐに荒野に向かうわ』


『なら、集まる場所はこの辺りで』


 ファニー・ポケットさんがマップ画面に立てたピンを確認しつつ、近付く着地に合わせてスラスターからのガスを逆噴射させつつ、マニューバでの体勢維持を重視させつつ、慎重に草原に機体を降ろす。

「評価は……91か。ギリギリ……だな」

 初めての着地にしては良い方だ。そんな風に思いたいところだけど、こんなゆったりと降り立って本当に良かったんだろうか。猛者とも言うべき敵プレイヤーは既にマップに降りて待ち伏せをしている可能性だって否定できない。

 なので、ブーストを掛けずに、出来る限り音を立てない移動を開始する。ロボットなので、存在そのものが騒音みたいなところがあるから、こんなのは気持ちの問題でしかないのだが、初心者が一々、そういったことを考えるのは不毛である。初心者は初心者なりに、見聞きしたアドバイスを適切に受け入れなきゃ生き残れないだろ、このゲームって。

『湖に近いっすね。近くに敵影は無し。ピンを立てたポイントに移動しますっす』

『南東の廃墟からスタートです。途中でノスタリアを拾うことも出来ますが?』

 ススノキさんの機体に道中で出会えたなら、ありがたいことこの上ない。

「モタモタしているようだったらお願いします」

『分かったよ』

『クワノキと同じで湖近く。合流出来るっちゃ出来るけど、視界が開けているから独自のルートで移動しつつってところかな』

『じゃ、あたしだけが荒野に着地か。みんなを待ちつつ、迎撃も視野に入れておかなきゃね』

 ファニー・ポケットさんは荒野。バラつきはあっても、合流そのものが難しいというようなチームの降下位置ではなかったのではないだろうか。


《着地さえ満足に出来ねぇお子ちゃまが》

 モニター全体が暗がりに入ったかのように、急激に日差しを受けなくなった。

《ファニポケんところのArmorのエース機ってのはよぉ、ゲームを舐めているとしか思えねぇよなぁ!》


 後方、そして上空。パラシュートもまだ切り離していない機体が自機に目掛けて降下を続けている。


「降下位置はバラバラでも、タイミングはほぼ同時のは、ず」

 言いつつ即座に理解する。

 今まさにパラシュートを切り離して、自機の背後に降り立った機体は空中で敢えて留まり続けていたのだと。降下位置は近かったのだろうが、そこから俺にアタリを付けたのち、パラシュートが強く空気の力を受けるように操作し、降下タイミングをズラしたのだ。

 空で見つけ、俺のあまりにも丁寧過ぎた着地を見届けたのち、移動の拙さで確信を持って、襲撃して来た。恐らくは、そういうことだ。

「でも、そんな姿勢の整っていない着地なら」

 翻って眺めた機体から複数の武装が外れて、消える。評価の低さによるデメリットで武装がこのマップのどこかに転がった判定が出たのだ。つまり、目の前の機体はほぼ丸腰と言っても定かじゃない。

 エネルギーライフルを構える。


《当てられるか? 俺ぁ、当てられないと思うねぇ!》


 かなり狙いを定めて撃ったつもりだ。けれど放たれたビームは相手の機体に掠りもしなかった。その間に距離を詰められて、モニターが機体の装甲で埋め尽くされる。そしてその後に訪れる衝撃で、自機が体当たりを受けて吹っ飛んだのだと知った。マニューバに任せて姿勢を維持させるものの、体当たりを喰らわせて来た機体はモニターの向こう側で小刻みに左右へとブレながら、更なる追撃の構えを見せている。

「丸腰で、戦う気なのか。このプレイヤー……!」

 にしては、機体に構えを取らせていない。つまり、両腕によるパンチや両足のどちらかを用いたキックをするような予備動作、事前の構えが見えないのだ。あるのはただ、装甲を身に纏った機体が、恐怖さえ覚える速度で近付いて来るという事実のみ。そこから一体、どのようにこちらを攻撃するような動きに移るのかが想像出来ない。

「敵と遭遇して、攻撃を受けています」

『幾らなんでも速過ぎない? 機体の特徴は?』

 ファニー・ポケットさんからすぐに反応が返って来る。

 バックダッシュで距離を保つ。いつ詰められてもおかしくはないが、それでも距離というものさえあれば、詰めるという時間を消費する。それで避けられるかどうかなんて分かりゃしないが、ともかくは一つ動作を増やしてもらえる。猶予ってのはそうやって作って行くものだ。

「降下地点がほぼ同じだったのか、空で俺にアタリを付けて、その後、滞空。着地が初心者丸出しだったことから、すぐに撃墜出来ると踏んでの襲撃。特徴と言うべき特徴は、カラーリングは灰色で、でも武装はありません。丸腰で襲って来てます。あとは、俺と同じArmorです」

『灰色、丸腰……着地の評価を気にしないで、獲物を降下中に品定め……っすか』

『初心者に無茶苦茶言っているが、そいつはヤバい! 真面目に戦おうとせずに逃げ続けろ! 僕は全力でそっちに行く。ブーストの音で他の機体を引き連れてしまうかも知れないがそんなことも言っていられない』

 ススキノさんの増援は待ちたいところだけど、そういう問題だろうか。

『Armorってことはエース機。撃墜出来ればそいつのサーバーチームは敗北。そのリスクを承知の上で、しかも着地評価のリスクも全て理解した上で、君を襲って来ている。このおかしさが分かるでしょ? まともにやり合っちゃ行けないの』

 アマイロさんは俺に状況を分かりやすいように説明して来る。確かにいきなりの急襲でかなり混乱していた。言われてようやく、冷静さを少し取り戻したぐらいだ。


『ギュールズのナジア。ルールの範疇で悉く無茶苦茶を“やり遂げる”。しかもリスクを承知し、それらを背負えば背負うほど動きに磨きが掛かる。前に言った、“近接戦闘に脳のポイントを極振りしたヤバい奴”よ。ただ、そいつのヤバさは他にもあるんだけど、とにかく逃げて!!』

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