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グレッグ・ルービンの問題と解答

お題テーマ:『ナルシスト』にて作成。リハビリがてらの――

 水面の影の話をしよう――と、言って、浮かんで来るものが問題である。

 纏めるならば二つに一つ――影に恋した美少年と、影に敗けたと猛る狼。

 望んだ/臨んだものを得る事も無く、水底へと沈む運命には相違無い――本体に限っての事とは言え――が、両者の隔たりは余りに大きく、時を経る毎に差異はいや増す――詰まる所に、鏡とは……だ。

 鏡とは、一体何を映し出し、我等にそれを見出させるか……

 嘘か真か、或いは両方……水面は揺らぎ、収まりが悪い。

 影である事――確かに言えるのは、それだけである。


 だから最初に焦点を定める。

 時間と場所と、そして人物――これだけ捉えれば、話が出来る。


 時間――時間は些末革命(ナノレボ)その前夜。

 第二次に至る暫しの平穏、所謂一つの洪水の前。

 地に放たれた機械達――砂粒よりも尚小さく、時計より余程精密なそれが、あらゆる類の汚濁を除去し、経年劣化を防ぐ事で、地球の環境を保全はしても、個人の手、特に貧しき個人の手までには至っていない――第一次革命の真っ只中。


 場所――場所なんてものは、どうだって良い。

 土地柄の方は言うに及ばず(散布された機械は算譜(コード)の侭に、それら全てに輝ける企章(ロゴ)、特許を誇示する宣言(メッセージ)が、余す事無く刻まれている)、英語が大半の太母(ママ)である今、何を気にする事があろうか……

 言うなればそう――何処でも在る/何処でも無い/何処だって全く構わない国。

 舞台背景にしては上等な程だ。


 人物――人物の方は、ちょっとした一大事。

 物語の主人公にして焦点の焦点、問題が浮かぶのを待ち望み、解答が掬えるのを更に望む彼の名は、グレッグ・ルービンと呼ばれていた。

 今はまぁ、違っている――理由は追々分かる事で、気に掛ける必要は特に無い。大切なのは行いであり、それは今から語られる。

 実際名付きは彼だけの故、『彼』だけで済ましても良かったけれど、それこそ折角の主要人物、語る意味と価値を持った者ならば、少々の見栄だって致し方無い。

 

 致し方無い――上、その前半生を鑑みれば、足りない位と言わざるを得ない。

 グレッグ・ルービンは不幸だった。恵まれて居らず、施しも無かった――数多の人間がそうであった様に……だとしても、彼には致命的な欠陥があった。

 肉体的造詣のお粗末さ――ふてぶてしい骨格に纏わり付いた、無駄極まりない脂肪肉、病を想起させる肌具合に、儚く散り行く頭髪の群れ、そして顔――簡潔に言う所の不細工具合は、その精神構造にも影響を与え、『人は見掛けに依る事は無い/外見と内面は別物である』と言う建前が建前に過ぎぬ事を、無辜の周辺住民へ、然と伝える羽目となる。


 そして誰も居なくなった。

 身も心もの醜悪なるが、周知の事実と化した故に――

 

 それは彼の、彼だけの所為か……断言する事は難しい。

 社会、世界、そして宇宙――環境への/環境からの影響は、相互に、多岐に与え合うものであり、此れこそが原因と指し示すのは、浜辺の砂の大地から、些末機械(ナノマシン)のみを選り分ける、見つけ出すにも等しき苦行――殆ど不可能と言って良い。


 当のグレッグ・ルービンはしかし、『俺は悪くない(環境が悪い)』と言い続けた。

 『俺は悪くない(環境が悪い)』『俺は悪くない(環境が悪い)』『俺は悪くない(環境が悪い)』――ルービンとして産まれ、グレッグとして育てられた、その遺伝的/経済的血筋こそが、そもそもの始端に違いないと。

 彼は叫び、そして怒鳴られた――『近所迷惑を考えろ』、だが、聞き分けられるなら叫びは要らず、O.K.分かった良いだろうと、近所の方が去って行った

 去らなかったのは両親位だが、概ね貧困と縁故のお陰で、どちらも一人息子にウンザリしていた。そして勿論、各々の人生に。寿命が彼等を俗世から切り離し、今だ未知なる、彼岸への道行きが始まった時、安堵の吐息が溢れたものだ。

 それも都合、二回分。

 子は親の死を哀しまなかった――喜んでさえ居ただろう。

 狭苦しい家屋が我が物となり、苦言が遂に絶えたのだから。

 

 そして誰も居なくなった。

 グレッグ・ルービンは孤独にて、聞かれざる言い分を露骨に繰り返し、些末革命(ナノレボ)以前よりの伝統、古き良き仮想通貨の遣取から、糊口を凌いで暮らしていた。

 不幸である事は間違いない。

 具体的には、きっと議論が要る所だけれど――


 ――けれど、状況は一変する。

 彼に神のお恵みを――詳しい事情は省かせて貰う、もとい、複雑に過ぎて出来ないのだだけれど、グレッグ・ルービンは金持ちとなった。

 それも『大』の付く奴で、だ。

 端的な事情は遺産の相続、複雑なのは法律と血縁――『ルービンとして産まれ、グレッグとして育てられた』その事実が、29歳の未来無き醜男を、別の者へと変貌させた。そう、即ちは、未来自身に――


 『俺が悪かった(環境は悪くない)』――彼もきっと、そう思ったのだろう。

 相続に纏わる手続きの際は、殊勝な態度を取っていた。

 と、言うよりも――多分、思考が停止していた。

「O.K.分かった良いだろう――

 で、これ、何かのドッキリって訳じゃ無いよね……」

 意味在る台詞が挙がったのは、書類に記名をし終わってからで――


 グレッグ・ルービンは幸福となった。

 望む事すら出来なかった、あらゆる願いが叶えられる――現金(キャッシュ)で叶える事が出来る。冠する『大』とは、正にそれ程のものだったのだ。

 嗚呼、唖々グレッグ、唖々、嗚呼ルービン――

 世界で一番の大金持ち、世界で一番の幸福者――


 そんな男が、いの一番に、何を願うか……


 答えは大体予想通り――彼は己の変貌を望んだ。環境が変われば何とやら、それに相応しい身形へと――建前は概ね、そんな所だ。『建前』自体がもう要るまいに、挙げてしまう自身と、おさらばするのだ――


 その為に選んだ方法こそ、正しく『未来』に成る事だった。

 些末機械(ナノマシン)を、不要なる我が身へ――

 細胞の全取っ換え、自然には起きざる現象を自然に――

 母なる地球へ施された事を、資産を以って、子なる我へと――


 施術は易々成功する。

 グレッグ・ルービンは驚くなかれ、グレッグ・ルービンと成り果てた。

 費やした歳月は凡そ半年――三十路直前、その数日前の出来事である。


 催されたる誕生祭、人生初の産まれの祝いは、復活祭の趣が在った。

 卵を見出そうと人々が押し寄せ――

 彼が公の前に姿を現した時、公全体がどよめいた。

 美容加工等珍しくも無し、金さえ在れば(金さえ在れば)誰にだって出来る、大いなる『未来』の常識水準(スタンダード)とは言え、

「お集まり頂いた皆々様――」

 声まで変えるのは珍しい――変わるのは、と、言うべきかもだが。

 算譜術者(プログラマー)は天才であり、要望通りの仕事(コト)を成した。

 反響する言葉に反応する群衆――釣り上がる口角の角度すら完璧に、造詣と挙動へと視線が集う――吐息と共に事実が薄れ、夢見心地が大気を覆って――その少女像は、見る者全てを虜と成した。

 彼が鏡に見出した様な――

 

 ――それでもどうか、ご安心を。

 事実――『彼女』が『彼』である事実に、変わりは無かった。

 慣れこそすれ、馴染んでしまっては意味が無い。自我調整は万全である。

算譜術者(プログラマー)は天才であり、要望通りの仕事(コト)を成した。)

 が、故に――

 愛する肢体/愛する相貌/愛する脳髄が欲する所も、全てが全て、計算尽くのものだった――彼は彼以外の全ても愛し、より良き環境造りに取り掛かったのだ。

 美貌に相応しい善心の侭に――彼の愛する偶像の侭に――

 

 その試みが、世間の常識水準(スタンダード)を超えるのに、然程の時間は掛からなかった。

 彼は垣根を払おうとしたのだ――環境の差、詰まる所は貧富の差を、だ。

 その方法は……今更語るまでも無かろう。

 第二の方の些末革命(ナノレボ)――企章(ロゴ)特許宣言(メッセージ)を消去し、遍く全てに技術と権利を。

 老いも病も存在しない、飢えも苦痛も何も無い世界へ――


 当然の如くの反発は、持てる力で迎え撃つ――持てる現金(キャッシュ)で迎え撃つ。

 そして何より、容貌が効いた。

 グレッグ・ルービンの可憐なる姿は、対峙者こそを悪に貶める。

 建前で無い建前も在って――趨勢は程無く、呆気無く決した。


 洪水が来た――環境が変わったのだ。

 人々も変わった――人々が……どちらだって構うまい。

 誰も彼も/何もかもが、悪くない悪くない――地球は今や、その様な星である。


 ――である――と言って〆れたならば、こんな話は端からしていない。

 どんでん返しが……在るに決まっているだろう。

 

 グレッグ・ルービンの施しには、ちょっとした細工が仕込まれていた。

 蔓延する些末機械(ナノマシン)――小さきものにて『大』を加工する、あらゆる人間の想いが侭に、望むが侭に、全てを変える――

 彼がちょっとの手を加えたのは、そこで言う所の『人間』である。

 費やした歳月は凡そ半年――気付いた時には、もう手遅れだった。

 それでも人々は気付いてしまう――鏡の内に映る影――見慣れた姿は其処には無く、だが誰しもが覚えの在る、彼の偶像の相貌が、此方を然と見返している。

 驚愕に――呆然と――或いは陶酔と……何であれ何であれ、目を見開いて――


 ――百年の歳月が費やされた。


 産めよ殖えよ地に満ちよ――忠実なる些末機械(ナノマシン)は、算譜(コード)に従い星を繕い、生誕と性交の意味は別れ、麗しき乙女は地面から生える――(此れは比喩でも何でも無い)――地には平和、有り余る平和――けれど問題が、無い訳が無く。


 果たして当のグレッグ・ルービンは、何を想って行為(コト)を成したか……

 彼は影を世に放った――何の為に……

 それは美の奉仕者、虜の一人の務めだったのか……だとするならば、何故群衆の心根まで、変える必要が在ったのだろうか……

算譜術者(プログラマー)は天才であり、要望通りの仕事(コト)を成した。)

(だから彼も最早居ない。彼女は何も知っていない。)

 慣れを超えて馴染む事――それが目的であるとするならば、齎したのは劣等感か……偶像を願う/願ってしまう醜き己を、衆目の前から隠す為に……

 だとするならば、余り健全であるとは言い難い。

 鏡とは、一体何を映し出し、我等にそれを見出させるか……嘘か真か、或いは両方……当の本人は沈黙に消え、後には我等が残された。

 答える役目も、我等のものだ。


 どちらなのか/どちらで無いのか……貴方の告げる如何に拠っては、人の次なる一歩も決まろう。差異を埋める、その為に、地球の外まで乗り出すのか――銀河を洪水に沈めるのか……此れで良しと納得し、人の手に依る楽園の中で、只々美しく在り続けるのか――此の百年がそうだった様に……


 問題と解答――二つに一つ――だが実際の所に、心配は乏しい。

 我等等しく影なればこそ――貴方が私で/私こそが我等だ。

 その何もかもの美しさを、我等は誰よりも知っている。

 誰よりも、そう、身と心にて――我等は我等の、美しさを知る。

 何を恐れる事が在るのか……それさえも美しい、貴方の言葉に……

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