第1話:希望の船 3/6
ついに主人公の登場です。
〔第一層居住区画 日本領〕
慌ただしい戦闘区画とは裏腹に船内中央に位置する居住区画はとても平和。
空からはハープの安らかな音色が流れていて幻想的な雰囲気を醸し出しているし、立体映像で投影された月明かりの下。数本の高層ビルが目立つ静かながらも活気溢れる街。板東市がある。
さながら地方都市を丸ごと艦内にもってきたかのような板東市には日本から避難した3万人もの人々が穏やかに暮らしており、いま現在、船の外で激しい戦闘が起きていることなど知る由もなかった。
そんな都心を見渡せる丘の上には田園地帯で鳴くカエル達の声と、涼しい夜風を受けながら考え込む少年がいた。
彼の名は天崎 隼斗。気疲れしたような冴えない表情で芝生に座っている。
彼は特殊な能力を持つ戦闘部隊。シュヴァリエの数少ない隊員の一人であり年齢もまだ16と若い。
ふと、芝生から立ちあがった隼斗は右手をのばし、正面にかざした。その正面には自販機ほどの大岩がある。
(教官に残念がられるのはもう嫌だ)
隼斗は心の中で強く思い、意識を集中させた。かざした手のひらに黄緑に光る粒子が集まり空気の玉ができあがる。それを岩に向けて投げつけた。
不安定に飛んだ玉は岩に当たる前に小さくなり、溶けるように消えた。
隼斗は少しのあいだ、岩に向けて投げたり食べたりと、この能力の使い方をたしかめた。そして結局、指先から銃弾のように飛ばす。ということで落ち着いた。
隼斗は汗を拭って大きく息を吐く。そして仕上げとばかりに両手を脇に構え、バレーボールほどの玉を作り上げると、押し出すように発射した。
勢いよく飛んだ空気の玉は大岩に当たると、竜巻に変わって空高く舞い上がらせた。
大岩は夜空に金属音を立ててぶつかると数キロ先に落下。あまりの騒音に丘下の家に明かりが灯った。
普段の隼斗ならば慌てて物陰に隠れるところだが、今の隼斗にとっては至極どうでもいいことだった。
「これはすごいぞ……!」
どうせエアガン程度の威力だろう。たかをくくっていた隼斗は自分の手のひらを見直して内心歓喜した。
これは……必殺技に使えそうだ。この技をウインドブラストと名付けよう。うまく使えばシープにも効くかもしれない。
ただ空気を出すだけの技ではあるものの、それ故に使いやすい技をすぐに気に入り、興奮する隼斗。
シュヴァリエというものは皆何かしら変わった能力を持っており、自分の能力を活かした技を身につけることが過酷な戦いを生き残る唯一の方法とされている。
隼斗の能力はこの飛行能力の他に、暗視、通信、その他にちょっとした治癒能力を持つというとても珍しいものなのだが、種類が多いぶん、どれも中途半端。
特化した能力者より劣り、能力を長時間を使えないという欠点を抱えこんでいた。
だが、威力だけを見ればそれなりに強く、誰がみても戦車砲なみかそれ以上の破壊力があるのは明らか。並より劣っているというだけの話である。
機嫌の良くなった隼斗は、よせばいいのに夜空に向けて指先から小さな空気弾をマシンガンのように連射。
そのせいで月と重なるように飛行していた空軍の円盤型無人戦闘機AAQ-1に空気弾が当たった。AAQ-1は制御を失って住宅地に落ちた。大きな音を立てて爆発。夜空を明るく照らした。
途端、先ほどまで流れていた安らかなBGMが消えて、かわりにけたたましい警報が居住区全体に鳴り響いた。
「うわぁ最悪……」
やってしまったことは仕方がない。この場から逃げようと姿勢を低く保ちながら草むらに走り出す。
しかし、すぐ後に流れた放送を聞いて、隼斗は立ち止まった。
『シープ接近。シュヴァリエ隊員は第7格納庫に集合。陸、海、空軍の非番員は指揮官の指示のもと、各機出撃してください』
天井からそんなアナウンスが流れたからだ。別に逃げる必要はなかった。だが、走る必要はある。
「出撃か、行かなきゃ」
隼斗は取り憑かれたようにつぶやくと、森を駆け抜け、艦尾に位置する第7格納庫に向かった。
続きはまた明日。明日から本気を出します。