誰か、私を心配してほしい
私は、紅茶の布団を出そうと、クローゼットのしたの引き出しを開けた。
そこには確かに布団はあった。
けれど、それは普通とは言えない状態だった。
もう一度、深く瞬きをしてみた。
でもやはり目の前の事実は何も変わらなかった。
私の目の前にあるのは、血がべったりとついた布団だった。
何故、血が付いているの?
いや、落ち着け、血のわけがない。ただの絵の具…ダメだ、一度認識してしまうと別の見方が出来なくなる。
ましてや、こんな状況では、だ。
「どう、して…?」
まずい、無意識に声を出してしまった…!
「え?月見、どうかした?」
「え…っ?いやいや、独り言だよー、気にしないで、ね?」
あからさまな言い訳の様な早口なしゃべり方。
紅茶はきっと疑うだろう。
「そう、月見、疲れてるんじゃないかな?」
「え…っ?あ、うん…そうかもしれない」
何も触れない紅茶に拍子抜けして、さっきと同じような裏返った声を出してしまった。
「きっとそうだよ。今日、宿題は?早く寝た方がいいよ」
「あ、宿題まだ終わってないや…布団、上から取ってくる」
足早に階段を上がる。刑務所から脱獄する犯罪者のように、一心不乱でかけ上がった。
ドアを勢い良く開け、閉める。そこで私は息を休めた。
何故こんな逃亡するように部屋に駆け込んだのかは分からない。
言えば、今となってはそれすらも分からないくらい、切羽詰まっていた、ということ。
呼吸を整え、この部屋の押し入れにある布団を取り出す。
こっちは血が着いてない、と当たり前のことに安堵しながら、私は部屋を出る。
ここは、前まで私の部屋として使っていた。
この家は、私がくるまえ、三人家族が暮らしていたそうだ。
この部屋は、子供部屋のような可愛らしい壁紙が張られていた。
始めはこの可愛い部屋を気に入っていたが、ベッドの下から不気味なフランス人形を見つけた時から、この部屋で寝ることはなくなった。
今は、一階の質素な部屋で寝ている。
こんな決して狭くない、むしろ一人で暮らすのには広すぎる家に私が住めるのは、この町だからというのが1つ。
もう1つは、ここがいわゆる事故物件だからだった。
この町にきて、愛の死刑宣告に興味を持つ前からも私は元から怪談だとかは好きだった。
だから、私は、広い家でお姫様みたいだとか、、子供っぽい思いもあり、迷わずこの家を選んだ。
良く考えれば、もしかしてさっきの布団…いや、考えるとなんだかとても怖くなってきた。
そんなことをかんがえて歩いていた。
そのせいで、私は気がつくと、階段で足を滑らせ、下に転げ落ちていた。
「月見!?大丈夫!?」
紅茶が慌てた様子で駆け寄ってきた。
人は、絶対大丈夫じゃないときでもとりあえず大丈夫かと聞く。
いや、大丈夫じゃないよ、とか思いながら苦笑いして紅茶を見上げたけど、笑ってられなかった。
私は、紅茶に見下されるような恐怖のような憎しみのような思いを感じた。
ただ、幸い、布団にダイブする形で床に落ちたので、大ケガはしていないようだった。
「ごめんごめん、少しバランス崩したら落ちちゃって」
「心配させないでよ、でも怪我はないみたいだね。布団は自分で運ぶから、大丈夫」
私は、ゆっくり立ち上がって紅茶に「そこのソファーベッド使って」と少し離れた所で伝え、宿題をしようと思いながら歩き出した。
だが、そういえば食器を片付けて居ないことに気が付いて、机を見たが、そこは綺麗に片付けられていた。
「紅茶、食器片付けてもらっちゃって…ありがとう」
私が布団を敷いている紅茶に向かって言うと、紅茶は笑顔で答えた。
「いや、これくらいはしないと、失礼かな…ってね」
いつもの、という訳ではないが、紅茶のその声はさっきよりりも明るくなっていて、少し安心した。
紅茶が布団入ると、私は独り言のように「おやすみ」と言い、電気を消した。
静かになった部屋で私は放り投げられたままのバッグから宿題のノートを取りだし、机の上に広げた。
一息ついたあと、机の上に置いてあった小さな照明をつけて、宿題を始めた。
はぁ、今思えば、階段から落ちたとき、死にたかった。
死ぬまではいかなくても、大ケガをして包帯を巻きたかった。
私は、誰かに心配されたかった。優しくされたかった。