なかなか始まらない
昨日はお風呂の後そのまま一緒に寝た二人だが、ヨシュカの方が早くに目を覚ました。グレイスを起こさないようにそっとベッドから出ると、ほとんど音を立てずに部屋から出た。洗面所で顔を洗いさっぱりしてからキッチンへと向かい、朝食を作り始める。自分用にはパンと目玉焼き(森に住む怪鳥産・味は美味)と水をグレイス用には数種類の果物と栄養満点の牛乳(家の裏手の小屋で飼育中の牛(体調2㍍)産・味は美味)を手早く作りテーブルに並べる。
不意にリビングの扉が開いた。
「にぃ……?」
「あれ?起きちゃった?」
扉に寄りかかるようにして少しフラつきながらも立っているグレイスに慌てて駆け寄り抱き上げる。
「おはようグレイス。体調は大丈夫?」
「ん、だいょ…うぶ。おは…よ、にぃ」
「良かった。なら朝御飯食べようか」
そう言ってテーブルまで戻ると椅子に座る。グレイスは抱えたままである。ヨシュカは当然のようにそのまま下ろすことなく食事を終えた。過保護だ。
「ねぇグレイス。何かしたいことある?こんな所だと基本的に暇なんだよね~」
食事の後ヨシュカはグレイスの今後の予定を決めようと話しかけた。グレイスは暫く考えた後ヨシュカの手伝いをすると言う。
「グレイスってば良い子だね!」
ヨシュカはうりうりとグレイスの頭を撫でながらニコニコしている。グレイスは頭がぐらんぐらんして心なしか苦しそうである。数秒後、気付いたヨシュカは謝った。
「でも体力が回復するまでは、できないっていうかさせないからね~。前準備として魔法の練習でもしようか」
「ん…!」
グレイスは満面の笑みを浮かべて頷いた。それを見たヨシュカはグレイスを抱きなおし立ち上がると目を閉じるのを促すようにグレイスの顔に手を当てた。
「【転移】」
グレイスが目を開けるとそこは何もない一面の平野だった。さっきまでいた森の鬱蒼とした木々はどこにも見当たらない。
「気分は悪くなってない?転移すると時々酔うんだよね~」
「ん、平気。すごい…ね。一瞬、だった。ここ…どこ?」
「んふふ~、ここは僕が魔法とかを練習するための場所。元々はもっと木とかもあったんだけどね。僕が魔法撃ちまくって地形変えて遊んでたら草も疎らにしか生えない場所になっちゃった」
語尾に☆でも付きそうな程軽くヨシュカは言った。やったことは全く軽くない。グレイスはふぉ~、にぃ、すごい…と感心している。呑気だ。
「あ、そうそう。そんなわけで魔法使えば簡単に地形くらい変えられる訳だけど、君は復讐したいとか思ってる?」
「……………思って、ない」
グレイスは首を傾げながら暫く考えた後言った。それは間違いなくグレイスの本心であった。が、
「えー!何で?あんだけ酷い目に遭わされたのに。僕だったら絶対やり返すんだけど…」
ヨシュカはかなり不満そうだ。
「酷いこと、された…けど、あの村…の、人の…おかげで、にぃに……会えたから…いいの」
「あー、もうホントいい子だね!」
ヨシュカはグレイスをぎゅうぎゅうと抱き締めた。数分前のやりとりで学習したのか、今回はグレイスも苦しんでいない。少し照れたようにはにかんでいる。
ヨシュカの気が済むまでそうしていた後、漸く魔法の練習が始まった。
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