素で忘れていた(二人とも)
元々薄暗かったが、少年が泣き止んだ頃には、すっかり日が暮れてしまっていた。
「ふふ、すっきりできた?」
青年が問い掛けると、少年はおずおずと頷き小さな声で「ごめんなさい」と謝った。それに頭をポンポンとすることで答えてあげると、不意にくぅ~と音がなった。少年は真っ赤になってお腹を押さえるとまた「ごめんなさい」と謝った。
「謝る必要なんてないよ?誰だってお腹は空くものだしね。ちょっと待ってて、新しいリンゴ剥いてあげるから」
そう言って少し茶色く変色してしまったリンゴを持って、青年がキッチンへと行こうとすると少年はきゅっと青年の手を握って引き留めた。
「それ、食べ……る……」
「うん?ちゃんと同じものを剥いてあげるよ?」
「違……それ、が…いい」
「色変わっちゃってるけど、いいの?」
「お兄…さんが、剥いて…くれ、たから……」
少年はこくこくと必死に頷きながら答えた。青年はどこか嬉しそうに「それなら此方においで」とベッドに腰掛け少年を手招く。膝の上に少年を乗せてリンゴを一つ摘まむと、少年の口元に近付けた。少年が恐る恐るといった体で食べると、青年は満足そうに笑い自分も一つリンゴを食べた。
「ここの果物はねー、何でかは分からないけど凄く甘くて美味しいんだよ。人間達が住んでるところで食べたものよりずっと。魔物さえ何とかできればここの森での暮らしはかなりいいと思うよ。食糧は豊富にあるし、近くに綺麗な湖もある」
青年は今までの孤独を埋めるかのように楽しげに腕の中の少年に話しかける。少年も、膝の上でリンゴをむぐむぐと頬張りながら、青年の話に聞き入る。村の人々とは違い負の感情の欠片もないよく通る青年の声は少年の心に暖かい感情をもたらした。
少年が何とかリンゴを食べ終えると、青年は「良くできました」と頭を一撫でして少年を抱き抱えたまま立ち上がった。そのままキッチンまで歩きお盆と皿を流し台に置くと、再び廊下に出てまた別の扉を開いて中に入る。
「随分汚れちゃってるからね~。お風呂、入ろうか」
青年がそう言って更にもう一枚扉を開くとお風呂場があった。浴槽の中は空っぽで何も入っていない。しかし青年が徐に浴槽に手をかざすと、直ぐ様浴槽の中はお湯で満たされた。少年は初めて間近で見た魔法に驚き、まじまじとついさっきお湯を生み出した青年の手を見つめた。
「不思議に見える?大丈夫、すぐに君も使えるようになるよ。僕と練習しよう」
少年は目をキラキラさせてこくこくと頷いた。青年は脱衣場へと戻り少年を下ろすと、ローブを脱ぎ袖とズボンの裾をしっかりと捲ってから少年の服を脱がした。あばら骨がくっきりと見え、至るところに傷跡の残る小さな身体に思わず目を剃らしたくなる。
「たくさん食べて大きくならないといけないね」
何とか取り繕いいつもの調子でそれだけ言うと、少年を風呂場へと促した。青年も中に入ると少年を風呂椅子に座らせ、洗ってあげる。粉状の石鹸を振りかけているものの1回目は全くと言っても良いほど泡立たなかった。何回か繰り返すことで漸く綺麗になった少年は青年の予想以上に愛らしい顔立ちをしていた。
「おぉ~、君ってば凄く綺麗な顔してたんだね。驚いたよ。…………あれ?そういえば僕って君の名前聞いてないよね?」
かなり今更である。だがしかし、少年も忘れていたのか、そういえばそうだったといった感じで頷いた。そして、不意に表情を曇らせると小さな声で言った。
「……でも、僕、名…前ない…」
「そっかー……。………うん、なら僕がつけてあげるよ。残念ながら比べる人が居なくてネーミングセンスが有るのかなんてさっぱり分からないけど…」
そう言うと青年は、少年を浴槽の中に浸からせ自身はその縁に腰掛けた。
「ん~、そうだねぇ……グレイス、なんてどう?この森の奥に咲く綺麗な白い花の名前なんだけど。花の名前は女の子見たいで嫌かな?」
「いやじゃ…ない。あ、りがとう…嬉しい」
少年、改めグレイスは効果音が付きそうな程に笑うと言った。
「良かった。今度君の体力が回復したらその花を見に行こう。それじゃあ次は僕の番だね。僕の名前はヨシュカ。由来は知らないけどね。呼び方は兄ちゃんでもヨシュカでも好きなように呼んで」
「ん、にぃって呼…んで……良、い?」
「勿論だよ」
二人はしばらく話した後、のぼせるといけないからと早めにお風呂から出た。
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