閑話:尽きない悩み ※アデル(理事長)視点
「胃が痛い……」
来週から俺が理事長を務めている学園に編入生が来る。別に編入生が来ることに異議はない。寧ろ優秀な人材が増えることは俺、引いては国にとっても益となるため喜ばしいくらいだ。
ただ、その編入生の保護者となっている人物に問題がある。奴とは同い年で腐れ縁といった関係だが、学生時代からかなり常識外れだった。
周りの奴等がどれほど頑張ろうと到底及ばない量の魔力を持ち、魔法を自らの手足のようにいとも簡単に操った。俺もそれなりに優秀な方ではあったが、それでも奴の足元にも届かないだろう。
当然一部の奴等から送られる妬み嫉みの視線等を浴び続けたわけだが、奴はそれを歯牙にもかけずのうのうと過ごしていた。その様子はいじめている方に同情してやりたくなるくらいには気にしてなかったな。
自分の力についての認識も甘かったせいで度々とんでもないことをやらかしていたな。学園での狩りの実習授業で竜の素材を狩ってきた時は教師共も開いた口が塞がらないようだった。まぁ無理もない。竜など凡人がどれほど集まろうと意味なく、伝説や英雄と呼ばれるくらいの人物を5人集めていっせいに向かっていったとしても勝率は5分5分だろうと言われる程の化け物だからな。
奴は擦り傷と打撲程度しか負っていなかったが。
コンコン――
「入れ」
「失礼します」
昔のろくでもない記憶を思い出しつつも手を止めることなく書類を書き続けていると、女教師が若干困惑した様子で入ってきた。
「すみません、現在門のところに知らない2人組が理事長に会いたいと来ているのですが」
そんな連絡はありませんでしたよね、と暗に問い掛けてくる女教師に頷くことで返す。嫌な予感がする。
「事前連絡もできないような奴に会っている暇などない。適当に追い返せ」
手を振りつつ追い返すように指示した。
「そんな冷たいこと言わないでよ。僕達の仲じゃないか」
「そんな仲は存在していない」
突然聞こえてきた奴の声に反射で否定の言葉を返す。不意に女教師の方を見ると、今にも泡を吹きそうな顔で俺の後ろを凝視していた。振り返ると何も無いはずの空間に穴が開きそこから奴の上半身のみが飛び出していた。
「プライバシーの侵害と不法侵入で訴えるぞ」
「も~、連れないなぁ」
ぶつくさ言いながら穴から奴が出てくると、その後ろから更にもう1人青年が出てきた。そしてそのまま奴の隣りに並び立つと被っていたフードを外した。
「やぁアデル、今日はグレイスを連れて挨拶に来たよ」
眉間に皺ができたのが自分でも分かった。奴は胡散臭い笑みを浮かべている。確実にわざとだろう。
「女のような名前で呼ぶなと何度言わせるんだ」
「だって、アーデルベルトって長いじゃないか」
もっと別な呼び方もある。単におちょくりたいだけだろう。学生時代から何度も訂正させようとするが直す気配すらない。
「まぁ、そんな事は置いといて」
「欠片も納得してないが聞いてやる」
「ほら、グレイス」
俺の返事にニヤニヤとしながらも青年の方を向き促す。
「初めまして、グレイスと申します。これから兄のヨシュカ共々お世話になります。…………兄〈にい〉、これでいい?」
奴のもとで育ったとは思えない程の礼儀正しさに感動を覚えたが最後ので台無しだ。ニコニコしながら完璧だったよ!などと青年の頭を撫でまくっている奴には俺の冷めた視線は届いていないらしい。
「あ、そうだ。ねぇアデル、何かこっちで用意しないと行けないものある?」
「……特にはない。制服や教材は寮に入った時にでも届けさせる。寮にには家具類もついてる。衣類や日用品だけはまとめて移る用意をして置け。寮の部屋が決まったら使いを遣る」
何一つ周囲に気を遣わない奴に心の底から呆れを感じつつも答える。
「りょーかい。じゃあこれからよろしくね~」
ひらひらと手を振りながら再び奴が空間に穴を開けると、先に青年が出ていった。続いて奴も出ようとするが、不意にこちらを振り返ると、
「そっちで倒れてる女の人助けてあげなくていいの? それだけ、じゃあね~」
今度こそ出ていった奴と、穴が消えるのを確認した後、いつの間にか気絶していた女教師の方に目をやる。あまりにも濃い邂逅にすっかり忘れていた。奴らのことをどう説明するべきかも考えないといけないな。
さぁ、これから奴らはどんな事をやらかしてくれるだろうか。
「あぁ……、なんと面倒な」
俺は噛み殺し切れなかった笑みを隠すように顔を覆った。
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