激しく後悔した
ヨシュカが何も無い空中に手をかざすとそこにモニターのようなものが浮かび上がり、何処かの部屋の様子を映し出していた。余計なものは存在しない整然とした室内で、一つだけ浮いている大量の書類が積まれた机。その机に向かい手を止めることなく書類に書き込み続ける1人の男。あまり寝ていないのだろう、目の下には薄らと隈が出来ている。しかし、それでもなお目を惹くほどに整った顔立ちは、寧ろその隈さえその魅力の一端を担っているように見せている。
暫くすると、部屋に先ほどの門番が入ってきた。
『すみません、現在門のところに知らない2人組が理事長に会いたいと来ているのですが』
ヨシュカが若干ニヤニヤしながらグレイスと顔を見合わせる。そして再び部屋の様子に目を戻すと理事長の眉間に深い皺が寄せられていた。それを見て更にニヤニヤするヨシュカ。
『事前連絡もできないような奴に会っている暇などない。適当に追い返せ』
眉間に皺を寄せながらすげなく追い返そうと理事長が手を振った時、グレイスの目の前からヨシュカの上半身だけが消えた。普段から感情が表に出にくいグレイスも、流石にぎょっとしたような顔をした。もっとも、数秒と立たないうちにその表情も消えたが。
画面に目を戻すと、理事長のちょうど真後ろのあたりにヨシュカの上半身だけが浮いていた。物凄くシュールだ。
少しすると、ヨシュカの体がズルズルと穴に吸い込まれていった。画面の中ではヨシュカが上半身も下半身も揃った状態で立っている。グレイスは自分も入るべきなのかと逡巡するも、穴から再び出てきたヨシュカの手に招かれると躊躇うことなくヨシュカの真似をして穴をくぐり抜けた。
ヨシュカの隣に立ち、ローブのフードを外す。
「やぁアデル、今日はグレイスを連れて挨拶に来たよ」
ヨシュカがそう言うと、理事長ーーもといアデルの眉間の皺が一気に険しくなる。
「女のような名前で呼ぶなと何度言わせるんだ」
「だって、アーデルベルトって長いじゃないか」
グレイスはヨシュカを横目で見ると、確実にからかいたいだけなのだと悟った。が、何も言うことは無い。強いて言うならばヨシュカが楽しそうで良いな、くらいであろう。
「まぁ、そんな事は置いといて」
「欠片も納得してないが聞いてやる」
「ほら、グレイス」
ヨシュカがグレイスの方を向いて促す。
「初めまして、グレイスと申します。これから兄のヨシュカ共々お世話になります。…………兄〈にい〉、これでいい?」
予め家で考えていた挨拶を言い切り、傍目には無表情で、しかしヨシュカから見れば褒めて!と言わんばかりのキラキラした目でヨシュカを見つめるグレイス。
「完璧だったよグレイス!」
ヨシュカはニコニコと最高の笑みを浮かべながらグレイスの頭を撫でまくった。アデルの目は死んだ。
学園での用事を済ませた後、街で軽く買い物をしてから2人は破壊の森にある自宅まで戻ると寮に移るための荷造りを始めた。とはいえ、いざとなれば転移ですぐにくることが出来るためそう気負う必要も無く、すぐに終わった。
「あぁ、楽しみだねグレイス。この森の外で暮らすのなんて久しぶりだから年甲斐も無くワクワクしてくるよ」
にこにこしているヨシュカを見たグレイスは、学園への編入を決めた過去の自分を内心で褒めつつ頷いた。
「あ、でもグレイスが授業行ってる間は会えないんだよねー。1人、部屋でお留守番かー」
ヨシュカがぼそりとつぶやいたのが聞こえた瞬間、グレイスが固まった。
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